複数のネットメディアが記事化するほど話題になった本田圭佑氏のラーメンに関するツイート(画像:Twitter)

 元サッカー日本代表の本田圭佑氏がTwitterに1月9日に投稿したツイートが話題になった。

<ラーメン屋。あの美味さで730円は安すぎる。もうちょっと値上げするべき。ってか色んな業界がもう少し値上げするべき。高すぎるか安すぎるかの両極になり過ぎ。次ラーメン食うときは2000円支払います。必ず。>

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 1月18日20時の時点で 8万件の「いいね」がついており、1920万回以上も表示されている。このツイートが発端となり、ラーメンの適正価格についての論争が勃発し、本田氏のツイートに対しても賛成と反対の声で真っ二つに分かれている。

「庶民の食べ物」も
今やミシュランガイドに登場

 ラーメンは長年「庶民の食べ物」として愛されてきた。しかし、平成から令和にかけてラーメンの進化はめざましく、とくにここ20年間は毎年のように新しいラーメンが誕生し、食材や製法にこだわるお店が増えてきた。『ミシュランガイド』にも2014年からラーメン部門が新設され、その動きに拍車がかかるようになってきた。

 和食や洋食の高級店にも引けを取らないクオリティーのラーメンが生まれていく中で、本田氏の「ラーメンは安すぎる」という意見はある意味自然な感想ともいえるだろう。

 ここで必ず出てくるのが「1000円の壁」の話である。どんなに美味しくても、どんなに高級食材を使っていても、ラーメン1杯の価格が1000円を超えるとお客さんが心理的に「さすがに高い」と感じてしまうという問題だ。多くのラーメン店は原価や人件費などと戦いながら1000円以内の価格を長年守ってきた。

 その動きの中で、ここ3~4年で1000円を超えるラーメンが少しずつ現れ、ラーメン界にも動きが出てきた。とくに昨年からは、小麦や肉類など原材料の価格の高騰を受けて、今までの価格では維持できないお店が激増している。

 東京商工リサーチが2022年11月に発表した調査によると、昨年11月現在、値上げしたチェーンが最も多かった業態は「中華・ラーメン」だった。大手外食チェーン122社のうち、2022年に値上げを公表したのは82社105ブランドで、その中で「中華・ラーメン」は18ブランドで最多となっている。

 ラーメンの価格はこれからも上がっていくのか? 本田氏の言うように2000円のラーメンは現れるのか? ラーメン店主やラーメン関係者に話を聞いてみた。

サラリーマンのランチとしての「1000円の壁」

 大塚にある人気店「Nii」の店主・刈屋幸太さんは、現在ラーメンの価格を900円に抑えている。

「『Nii』が1000円を取らないのは、まだギリギリ努力すれば1000円以内で収められるからです。

 サラリーマンのランチを考えると、定食屋で600円台で味噌汁やご飯おかわり自由のようなサービスがあるお店がまだまだたくさんあります。

 平日のランチで2000円だと今の日本の収入では食べに来ないと思います。逆にギリギリ1000円までなら気にしない人が増えてきていると思います。1000円超えたらランチはラーメンではなく、ほかのものを食べに行くでしょう」

東京都豊島区南大塚のラーメン店「Nii」(筆者撮影/東洋経済オンライン)

 サラリーマンのランチという視点で考えると、「1000円」というのはラーメンに限らず1つの基準になってくるだろう。安くて美味しいチェーン店との横並びで考えると、1000円が限界と考える店主の気持ちを理解できるという人は少なくないだろう。

 つけ麺の名店「六厘舎」では現在つけ麺を880円で提供。同じグループの別ブランド「舎鈴」はラーメンが690円と安い価格をキープしている。店主・三田遼斉さんには価格についての並々ならぬ思いがある。

東京駅一番街など東京都内に5店舗を構える六厘舎、人気メニューのつけ麺(右)/東洋経済オンライン

「食べる側のことを考えたら、今は値上げをしてはダメだと思っています。

 賃金が上がらず、物の価格だけが上がって苦しんでいる状況の中で、極力値上げはしたくない。値上げすればそれだけコストアップを吸収できて利益を減らさなくて済むとは思いますが、これは売る側の勝手な論理であって、お客さん目線ではありません。

 本当に価値のあるものを提供できていればお客さんは増え、その結果お客さんがあふれて新しいお店が必要になる。そして店の数が増えれば、結果的に利益も出ます。うまくて安いもの、価値のあるものを提供できれば、きっと多くの人が喜ぶし幸せになれるというのが『六厘舎』の考えです」

「庶民の食べ物」というもともとのラーメンのあり方をキープし、多くの人に喜んでもらうための努力をし続ける「六厘舎」の決心が見て取れる。

880円から1100円に上げたお店の本音

 一方で、「1000円の壁」を越え、次のステージで戦うことを決心したラーメン店も出てきている。昨年10月にラーメンの価格を880円から1100円に上げた「カネキッチンヌードル」の店主・金田広伸さんに話を聞いた。

「原材料の価格が上がっているとはいえ、今まで880円で提供していたものをそのまま1100円に上げるのは厳しいので、うちはラーメンをしっかりリニューアルして、かつ値上げすることにしました。

 外国産の豚の価格が輸入の関係でかなり上がり、国産とそれほど差がなくなってきていたので、国産に切り替えてさらに美味しくし、器や見せ方もすべて変えています」

東京都豊島区南長崎にあるミシュランビブグルマン掲載のラーメン店「カネキッチンヌードル」(筆者撮影/東洋経済オンライン)

 ただ単に値上げをするのではお客さんは納得しない。1100円払っても満足できるクオリティーのラーメンを目指してブラッシュアップした。金田さんは以前に「ミシュランガイド東京」のビブグルマンを獲得した経験もあり、クオリティーに対するプライドもある。

「これ以上880円を続けると味のブラッシュアップができません。1100円にすることでブラッシュアップできるための余地を作れます。遠くから来てくださる方もたくさんいるので、きちんと満足させないとダメだなと強く思っています。そういう経緯もあり、うちは『ご褒美ラーメン』的な立ち位置でやっていこうと決心しました」

 1000円前と1000円後ではお客さんの層が変わったという。「1000円の壁」は食べる側にも当然あり、1000円以上なら来ないという人は必ず現れる。しかし、今までは来なかった客層が増え、結果としては客数が増えて、売り上げも上がっているという。金田さんは言う。

「大手チェーンで体力があれば安いままでも耐えられるかもしれませんが、個人店は値上げせざるをえない状況です。ですが、結果最後に値上げするのが個人店になると思います。それは上げるのが怖いから。

やると決めてしまえばやれるのですが、踏ん切りをつけるのが難しいところだと思います。ただ、店を長く続けるためには無理はできない。潰れないことがいちばんお客さんのためですから」

ラーメンの価格は“三極化”?

 ラーメン評論家の大崎裕史さんは、今後のラーメンの価格は“三極化”していくだろうと予測する。

「手間と原価をかけているところはどんどん価格を上げていいと思いますし、1000円以下が望ましいと考えている店主の意見も尊重します。今後は500円前後、1000円前後(700-800円代含む)、1500円オーバーの三極化の流れになるかなと思います」

 原材料の高騰の打撃をそのままラーメンの価格に反映していくわけではなく、上げるからにはその値段に見合ったクオリティーを追求していく。高価格のラーメンがだんだんと許容されていくことによって、ラーメンの味の進化も期待できる。一方で、庶民派価格を追求し続けるお店がどう戦っていき、生き残っていけるかも大事な視点だ。

 これらのことは「ラーメン」というメニューが、「庶民の食べ物」として、ひとくくりにできなくなったということを意味する。

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井手隊長(いでたいちょう)Idetaicho
ラーメンライター/ミュージシャン
全国47都道府県のラーメンを食べ歩くラーメンライター。るるぶNEWSへの連載のほか、コンテスト審査員、番組・イベントMCなどで活躍中。 自身のインターネット番組、ブログ、Twitter、Facebookなどでも定期的にラーメン情報を発信。 その他、ミュージシャンとして、サザンオールスターズのトリビュートバンド「井手隊長バンド」や、昭和歌謡・オールディーズユニット「フカイデカフェ」でも活動。