「この春に新型コロナを『新型インフルエンザ等』から外し、5類感染症とする方向で議論を進めます」と述べた岸田文雄首相

 岸田文雄首相は1月23日、通常国会で行われた施政方針演説で「この春に新型コロナを『新型インフルエンザ等』から外し、5類感染症とする方向で議論を進めます」と述べた。新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)上の位置づけを、「2類相当」から季節性インフルエンザが属する「5類」に引き下げる。

 今後、国内の治療はどう変わるのか、5類になれば医療逼迫は改善するのか、マスクはもうしなくていいのか……? 感染症の専門医として新型コロナと闘う最前線の医療現場を取り仕切ってきた埼玉医科大学総合医療センター教授の岡秀昭氏に、私たちは新型コロナとどのように向き合っていけばいいか聞いた。

──岸田首相も述べていた「5類感染症」への変更、岡さんはどう思いますか。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

岡:まず誤解してほしくないのは、現在、新型コロナの死亡率は減っていますが、それはオミクロン株の病原性が下がったからだけではない、ということです。肺炎を起こす確率が高かったデルタ株に比べれば重症化のリスクは下がっていますが、実は病原性はそれほど変わっていません。

それにもかかわらず、死亡率が減っているのはなぜかというと、ワクチンです。さらに治療薬の登場や、皆さんの感染予防意識という複合要因によって、ようやくここまで死亡率を下げることができました。

5類の議論が出てきたからといって、新型コロナは大した病気ではないといった誤った解釈や、5類になったから病原性が低くなったなどと誤解しないことが大切です。

──新型コロナは季節性インフルエンザと同等、あるいはそれ以下だと言う人もいます。

岡:死亡率は同等かもしれませんが、新型コロナは感染力が非常に強いので、決してインフルエンザと同等ではありません。実際、死亡率は低いにもかかわらず、全体として死亡者が増えているのは、感染者が増えたためです。どうしても体力が落ちているお年寄りを中心として、コロナによって持病が悪化して亡くなってしまっています。

5類で隔離が不要になるわけではない

──そもそも感染症法上の5類とはどんな分類ですか。

岡:感染症法上の分類は、感染力や、罹患した場合の重篤性、頻度などを総合的に評価して決められている公衆衛生上の分類です。一方、私たちは分類ではなく、その病原体の特性により対策を行います。5類になったからといって、新型コロナの患者さんは病院で隔離しなくてよくなるということはありません。これまでと変わらず飛沫感染対策をしますし、マスクも付けてもらいます。

感染症法は公衆衛生上の分類であり、感染対策はウイルスの性質によって決まるので、「5類になったらマスクをしなくていい」という話をしている政治家やメディアの方たちは一部で誤解したり、国民に誤解を促す情報を流してしまったりしていると思います。

──5類にすれば、どの医療機関でも対応でき、医療逼迫が改善されるという声も聞かれます。

岡:2類相当では、入院患者の受け入れは感染症指定医療機関に原則限られているのですが、実は現状はかなり緩和しており、指定医療機関以外でもすでに感染者を受け入れています。もちろん、その縛りがない5類にすれば、建前上はどこでも対応可能となっています。しかし、私はそれに懐疑的です。

 5類には季節性インフルエンザのほかに、HIV感染症・エイズ (後天性免疫不全症候群)、破傷風、急性脳炎などが属しますが、これらの感染症が今までどの医療機関でも診られていたでしょうか。専門医がいないなどの理由で診療されないことがあった現実からすると、新型コロナも同様に受け入れを拒む医療機関は多いと思います。

 そもそも、感染症法は「緊急その他やむを得ない理由があるときは知事が適当と認める医療機関に入院させることができる」としており、実際、今は指定医療機関以外の病院でも新型コロナの患者を診療しているのは前述の通りです。

 一方で、専門医の不足やクラスター発生の恐れから新型コロナ患者を受け入れない医療機関も多く、二分化しています。5類になったら新型コロナの特性が変わるというわけではないですから、これまで対応してこなかった医療機関が診療を速やかに行うようになるとは考えられません。

5類で患者側に生じることとは

──どんな弊害が予想されますか。

岡:まず患者さん側から見た場合ですが、5類になると行政による病床確保や入院調整がなくなるため、自分で受診先を見つけなければならなくなり、今まで以上に受診の際には混乱が生じる可能性があります。

 また、治療費が公費から1割~3割負担になるため、感染者が検査や治療を控えて受診が遅れ、重症化につながる恐れもあります。現在、無料で行われているワクチン接種も、有料になれば接種率が低下するでしょう。

 感染者の自宅待機期間がなくなるという話も出ていますよね。これまでは医師として、感染したら周囲にうつさないためにも「7~10日間休みましょう」と言ってきましたが、これからは強制力がなくなりますから、翌日出歩いてもとがめられません。だから、隠れた感染者が増えて感染する機会が増えてしまうでしょう。自分は感染したくないという人は、自分で自分を守るしかありません。

 そして病院側から見た場合、これまで新型コロナ病床を確保していた医療機関には政府からの補助金が給付されていましたが、5類になることで給付が打ち切りになれば、民間病院を中心にほかの病気を診るために病床を埋めてしまい、積極的に新型コロナの診療を行う医療機関は減るでしょう。もともと病院の黒字経営には、100%近い病床稼働が要求されているのです。

──弊害を防ぐにはどうしたらいいですか。

岡:岸田首相も「段階的な移行を検討する」と言っていますが、“ワクチンを打ち、罹患したときは速やかに病院で診療を受けられ、いざというときは入院治療が受けられる”という体制を保つためには、医療費、ワクチン接種の補助や空床確保費を一気にやめるのではなく、できるだけソフトランディングさせることが重要です。

 また、患者を受け入れられないという内科や小児科などに対しては、発熱をしっかり診る医療機関は診療報酬が有利になるようにしたり、感染対策をサポートしたりしたうえで、発熱患者に対応するよう政府から求めてほしい。

 無症状でも感染力があるコロナでは、積極的に受け入れれば受け入れるほど、院内感染をゼロにすることは困難です。感染対策を取っていながら院内感染が起きてしまった場合、医療機関に責任を問うことはしないと政府が明言することも必要です。そうすれば少しずつ受け入れる医療機関が増えて、混乱や被害を少なくすることができると思います。

──それでも5類にするメリットは何でしょう。

岡:“気分”ですね。開放感。長いコロナ禍が終わった、と。でも、その開放感や安心感が過剰にとらえられてしまうと、とても危険です。感染しても会社に行っていいんだ、学校に行っていいんだ、マスクもしなくていいんだ、となれば、コロナはあっという間に広がります。

5類になっても気をつけることとは

──我々国民が気をつけることは?

岡:まずはワクチンを打ってください。とくにオミクロン対応のワクチン1回を含めて最低3回は打ってほしいです。そうすれば、確実に重症化リスクが下がり、重症者が増えないので医療逼迫も防げます。

 今、重症化して入院する人を見ると、その半数は未接種か接種3回未満です。シンガポールは新型コロナ感染者の治療費を公費負担していますが、2021年12月からはワクチン未接種者が新型コロナに感染して治療を受けた場合、自己負担としています。そのくらいワクチンは重症化を防ぐ効果があります。シンガポールほど強い措置は難しいかもしれませんが、アレルギーなどのために接種できない人以外には、接種率を上げる取り組みが大切です。

 マスクは、今までのようにどこでもずっと付けている必要はないですが、感染状況によっては人混みの中や、家庭内でも感染症状がある人がいる中では付けたほうがいいでしょう。

 5類になるということは自己責任になるということですから、政府が「マスクを付けなくてもいい」と言っても、どういうときにマスクを付けるべきなのか、自分で考えられるようにならなければいけません。

 5類になっても、今後、新型コロナの感染者は増えたり減ったりを繰り返すでしょう。新たな変異株が出現する可能性もあります。これまで以上に個々人の感染対策が求められます。

埼玉医科大学総合医療センター 岡秀昭教授
2000年日本大学医学部卒。日本大学第一内科(現血液膠原病内科)にて初期研修し感染症診断治療の重要性を認識する。横浜市立大学院で博士号取得後、神戸大学病院感染症内科、東京高輪病院感染症内科部長などを経て2017年埼玉医科大学総合医療センター総合診療内科・感染症科に着任、2020年7月より現職。9月より病院長補佐として感染症診療の指揮をとる。感染症患者を現場で診察する臨床感染症の第一人者。著書「感染症プラチナマニュアル」、「感染予防、そしてコントロールのマニュアル」(メディカル・サイエンス・インターナショナル)ほか多数。


井上 志津(いのうえ しづ)Shizu Inoue
ライター
東京都生まれ。国際基督教大卒。1992年から2020年まで毎日新聞記者。現在、夕刊フジ、週刊エコノミストなどに執筆。福祉送迎バスの添乗員も務める。WOWOWシナリオ大賞優秀賞受賞。著書に『仕事もしたい 赤ちゃんもほしい 新聞記者の出産と育児の日記』(草思社)。