（左から）桂菊丸さんと泉アキさん夫妻

　病は突然訪れる。それは芸能人も同じこと。励まし合い、助け合いながら病気を乗り越えたとき夫婦にはさらに強い絆が生まれる。「つらく苦しい闘病生活はお互いがいたからこそ頑張れた」そう語る桂菊丸・泉アキ夫妻に当時を振り返ってもらった。

　47歳のある日、アキさんは乳がんになった夢を見た。

まさかの“正夢”に茫然自失

桂菊丸さん31歳、泉アキさん22歳のときに結婚。歌謡ショーの共演がきっかけで仲良くなった２人

「がんになるなんて考えたこともありませんでした。がんになった夢を見て、自分で胸をまさぐりながら目が覚めたんです。それで急いでかかりつけの病院に検査を受けに行ったら……がんの宣告を受けました」

　真っ先に頭に浮かんだのは“死”。がんになったら、助かる確率は低いというのがまだ常識だった時代。いったいどうしたらいいのか。

　夫にどう話そうかと思い悩みながら、ぼんやりと外の松の木を眺めていると、目に入ったのが、上へ上へと向かっていく尺取り虫だった。

「いつもは、パシッと駆除してしまう尺取り虫なんだけど、ふっと思ったんです。もしかしたら、すぐに殺されてしまうかもしれないのに、今は上に向かっているんだなって。

　私も同じこと。先のことはわからないけれど、今は生きているんだから、くよくよ考えずに、頑張ればいいんだって」

がんになったのが夫でなく、私でよかったと思う

　心が決まったアキさんは、庭で日なたぼっこしながらコーヒーを飲んでいた菊丸さんに、自分が乳がんであることを告げた。

「まるで時間が止まってしまったように、茫然とした様子で私を見ていました」

　菊丸さんのショックの深さに、アキさんのほうが驚いたそう。

　すぐに受けた手術が成功し回復したアキさんに、菊丸さんは「がんになったのがアキでよかった。アキなら頑張れる、自分だったら負けてしまっただろう」と言った。

「“自分でなくてよかった”なんて、ひどい言葉だけれど、本当に私でよかったと思うのよ」と笑うアキさんの声は、底抜けに明るい。

「家を売って海外旅行に行こう」と言う菊丸さん

　病気と向き合う妻に自分は何ができるのか。菊丸さんはアキさんに「家を売って、2人で贅沢ざんまいの海外旅行をしよう」と提案したという。

「だから私はこう言ったの。旅から帰ってきて家がなかったら困るじゃないってね」

昨年11月に『徹子の部屋』で共演した桂菊丸さんと泉アキさん夫妻。結婚から半世紀たっても仲むつまじい様子

　2人で築いた財産は2人の思い出に使ってしまおうという菊丸さんに対して、これからも2人で生きていこうと前向きなアキさん。

　そこで菊丸さんは決心する。アキさんが望んでいた田舎暮らしをさせてあげようと、がん判明から6年後、熱海に移住し、夫婦の新しい生活をスタートさせた。

3度の乳がんを乗り越えられたのは夫のおかげ

移住した熱海で畑仕事にも精が出る泉アキさん。身体を動かして忙しくしていると病気のことも忘れたという

　熱海に土地を探し、家を建て、畑を作った。夫婦での作業が、がんに負けてなるものかと病への不安を吹き飛ばした。

「56歳と69歳のときにも乳がんが見つかり手術をしました。でも、いつも近くに菊丸さんがいてくれる。そう思えば、気持ちはいつも幸せだった。3度の乳がんを乗り越えられたのは医学の進歩のおかげもあるけれど、彼がそばにいてくれたから」

　夫婦して定期検診を受けて、互いに身体をいたわるようになった。アキさんをいつも笑いで支えてくれた菊丸さんはリウマチの症状があり、今も持病に悩まされているという。

「“痛い、痛い”と言っている菊丸さんがかわいそうで。がんのように切ってしまえばいいってわけにはいかないですもんね。

　あと何年一緒にいられるかわからないけれど、大事にいたわってあげたい。そして、今日も楽しかったと2人で笑いながら暮らしていきたいと思うのね」

お話を伺ったのは……

泉アキさん○『恋はハートで』でアイドル歌手としてデビュー。さらにテレビ朝日系『独占！女の60分』で脚光を浴び、タレントとして活躍。菊丸の母との「嫁姑問題」が注目され本を出版。嫁姑問題の評論家としても知られる。現在は、静岡県で夫とともに田舎暮らしを楽しみ、また「乳がん」「介護」「環境問題」などの講演活動を行っている。

取材・文／水口陽子