ドラマ『大奥』で際どい場面を演じた冨永愛(40)、中島裕翔(29)

「やらない」のではなく「やるためにどうするか?」を考える

《大奥で原作の過激なシーンがドラマで苛立ちなく見られたのはインティマシー・コーディネーターさんのお陰なんだなぁ》

ドラマ『大奥』の過激な性表現

 現在放送中のドラマ『大奥』(火曜22時〜、NHK)が、性表現に過激な部分があり、ツイッターでも冒頭の投稿のように話題になっている。

 女人禁制の世界で、中島裕翔(29)演じる新入りの旗本が同僚に襲われるシーンや、冨永愛(40)演じる将軍・吉宗との夜伽の場面など1話目から表現が頻出。これらの際どい場面には、NHKが制作するドラマとしては初めて、インティマシー・コーディネーターが関わっている。

「公共放送であるNHKが起用したことは意義深いことだと思います」

 と、語ってくれたのは、インティマシー・コーディネーターの資格を持ち、『大奥』に携わっている浅田智穂さん。日本ではこの資格を取得した人はこれまでに2人しかいない。

 映画やドラマの中で“インティマシー・シーン”と呼ばれる、肌を露出するヌードシーンや共演相手と密接な接触をする性的シーンを撮影する際に、俳優の安心と安全を守り、監督が意図する表現をサポートする役目を担う。ここ数年、欧米の映画界やドラマ界で俳優たちによる性的被害の告発が続いたことを受けて、状況を改善するべく誕生したばかりの職業だ。

「以前は通訳という立場で作品作りに携わっていました。2021年に配信されたNetflixのオリジナル作品『彼女』で、日本で初めてインティマシー・コーディネーターが導入されることに。当時はまだ資格を持っている人が日本にいなかったので、私にやってみないかという声がかかりました。そこで撮影に間に合うように、オンラインで講習を受け、資格を取ることになったんです」(浅田さん、以下同)

 浅田さんはアメリカの専門機関Intimacy Professionals Associationにて資格を取り、コーディネーターとしての活動をスタート。わずか3年弱の間に、'22年『金魚妻』(Netflix)、『エルピス─希望、あるいは災い』(フジテレビ系)、『サワコ 〜それは、果てなき復讐』(TBS系)など、すでに20本近い作品に関わってきた。

「資格を取得したアメリカは俳優組合の力が強く、インティマシー・シーンの定義もはっきりしています。けれど日本ではルールがない状態です。例えばヌードの定義をとっても、アメリカでは男性の上半身裸はインティマシーにはなりません。ですが、日本では上半身裸になることに抵抗感を抱く方もいるので、俳優がインティマシー・シーンとして扱ってほしいということであれば、それを制作側に提案したり。そのあたりは柔軟性を持ってやっていますね

プロデューサーとの3つの約束

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 仕事の依頼が入ると、浅田さんは必ず事前にプロデューサーに3つの約束をしてもらい、それを現場に遵守する意思があるかどうかを確認する。

「ひとつはインティマシー・シーンでは俳優側の同意を得たことしかしない(強要しない)。

 2つ目はいかなる場合においても前貼りをつけるということ。過去には性器を露出したまま撮影をしたケースがあったそうです。お芝居に没頭できないという理由だったそうですが、コーディネーターが入る現場では、それは認められません。

 3つ目はインティマシー・シーンの撮影は、立ち会うスタッフやモニターの数を最小限に絞ってもらうこと。いわゆるクローズドセットと呼ばれる空間をきちんとつくれるかどうか。

 これらをきちんと守ってもらう確約を得たうえで仕事に入るようにしています」

 その後、入念な下準備に取りかかる。事前に脚本をもらい、書かれていることを正確に読み取る作業が始まる。

「シーンの説明について、台本には曖昧にしか書かれていないケースもあります。『○○と○○がそっと顔を寄せる』とか、『一夜を共にする』とか。それを映像化するためにはどのような描写が必要になるのか、ひとつひとつ明確にしていくんです。例えばキスは、突然のキスなのか、どのくらい時間をかけるのか、舌は入れるのか、積極的なのか、少し嫌がるのか、などを具体的に監督に確認します」

 ベッドシーンは確認事項がさらに細やかに。

「布団の上で寝るのか、その際に布団は掛けるのかそれともはいでいるのか。下着はつけたままか全裸か。体位はどうなるのか。どこまで映像に映るのか……。ひとつひとつ確認して、今度は俳優のみなさんに、こういった撮影が行われるが大丈夫かという確認をします。俳優から、ここまではできないという戻しがあった際には、監督と相談しながら別案を提案することもありますね」

すべて確認して同意を得たことしかさせない

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 過去には、俳優がお互いにどんなベッドシーンになるのかわからないまま当日を迎えるといった現場も。

「一夜を共にする場面とは聞いていたけれども、ここまで脱ぐとは聞いていない、などもあったようです。そういったトラブルが起きないよう、すべてを確認して同意を得たことしか行わない、させないというのが、まず大きな仕事のひとつです。インティマシー・シーンにおいて、何が起こるかを俳優もスタッフも監督もきちんと共有できていること。不快なサプライズがないというのが、本当にすごく大切なんです」

 撮影当日も現場に立ち会いながら、クローズドセット以外にもさまざまな工夫を凝らす。

「あまり具体的にお伝えしてしまうと、作品を壊してしまうところもあるのですが、俳優の身体が密着する箇所に、画面に映らないようにパッドのようなものを当てたりも。騎乗位は長時間撮影していると非常に脚が痛くなるので、工夫してあげたりもします」

 第三者的な立ち位置で撮影に臨む浅田さんを歓迎する俳優は多いという。

「ベッドシーンはとりわけ俳優の素が求められがち。客観的な立場で不安や懸念を具体化して取り除くスタッフが入ることで、お芝居に集中できて良かったと言ってもらえることもあります」

 配信作品が増え、テレビで放送されるドラマに比べると、過激なシーンが増えてきたこともあり、インティマシー・コーディネーターの需要も高まっていると浅田さん。

「仕事を始めたばかりのころは、表現の邪魔をする仕事と受け取られてしまうこともありました。できたばかりの職業だけに理解されず、新参スタッフが入る難しさを感じましたね」

 ただ、今そういった状況は少しずつ変化しているという。

「最初はコーディネーターが参加することに100%賛成じゃなかった方から、入ってもらってよかったと言ってもらえることが増えました。また、以前に現場をご一緒したことがある方とのお仕事の際には、私が提案する前にすでにクローズドセットのつもりでいてくださっていたり、少しずつですが意識が変わってきているなと感じます」

 ここ数年、日本でも映像業界のセクハラやパワハラ、性被害の報道が相次いでいる。インティマシー・コーディネーターの存在意義はさらに大きくなりつつある。『大奥』でも浅田さんはスタッフと出演俳優たちの調整役として1話目から携わっている。

「私もエンターテインメントが好きで、良いものを作りたいという思いからやっている仕事。その気持ちを分かち合えるスタッフと作品を作っていけるのはとてもうれしいですね。『大奥』のように本当に面白い作品に参加できると、喜びもひとしおです」

 制約が多い時代、面白い作品を作るには浅田さんの仕事がますます必要不可欠となりそうだ。

インティマシー・コーディネーター・浅田智穂さん

取材に対応してくれた浅田智穂さん。日本ではまだ2人しかいないインティマシー・コーディネーターのひとり。

<取材・文/諸橋久美子>

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