お尻あげ筋トレ

 もし自分や身近な人ががんになったら、「できるだけ安静に過ごしたい」と考える人が多いのでは。

13種のがんにおいて発症率が下がる

 それに対し、「がんになったからといって、安静にしているメリットは1つもありません。できるだけ今までどおりの生活を続け、運動も積極的に行ったほうがいい」と話すのは、産業医科大学第1外科講師の佐藤典宏先生。

「医学研究の進展により、がん治療への考え方は変わりつつあります。近年、筋トレの重要性が広く認められるようになってきており、海外では、がん患者に筋トレをすすめる動きが広がっています」(佐藤先生、以下同)

 こうした変化が生まれたのは、がん治療における筋トレのエビデンス(科学的根拠)が蓄積されてきたことによる。

 2014年、アメリカで実施した調査では、週1回以上の筋トレを行っているがん患者は、筋トレを行っていない患者に比べて死亡リスクが33%も減少していることがわかった。

2014年にアメリカで実施された研究結果。2863人のがんと診断されたサバイバー(生還者)にアンケートを取り、運動について調査したところ、週1回以上の筋トレでがん患者の死亡リスクが減少していることがわかった

「さらに注目したいのは、筋トレ運動は、がん患者の生存率アップに貢献するだけでなく、予防にも役立つことです」

 2016年にアメリカで発表された、約144万人を対象にした研究で、活発に運動をする人は、ほとんどしない人に比べて、がん全体の発症リスクが7%低下することが示された。

 26種のがんのうち、食道がんでは42%、肝臓がんでは27%、肺がんでは26%、子宮体がんでは21%など、13種類のがんの発症率の低下が認められた。

「こうしたエビデンスを踏まえ、私はがん発症前でも、さらにどのステージのがん患者さんにも、筋トレを含めた運動をおすすめしたいのです」

筋肉量が減るとがん治療に悪影響

 がん患者になってしまってからも筋トレが必要な理由の第一に、筋肉量が著しく減少することが挙げられる。

「がんになると筋肉量が減少する理由は主に3つ。(1)入院などによる運動不足。(2)抗がん剤治療による食欲低下などの影響で、タンパク質の摂取が不足すること。(3)がんに伴う炎症・代謝の異常です。

 炎症反応が慢性化することで、タンパク質の合成が阻害されたり、筋肉中のアミノ酸の分解が促進され、結果的に筋肉量が減ってしまうのです」

 健康な人でも、筋肉は加齢により少しずつ自然に減少。下肢の筋肉量は、20歳のときと比べると80歳では30%も減少するとされている。

 そこに運動不足や栄養障害などの要因が加わると、筋肉量がより早く、より多く減少。その結果陥るのが、「サルコペニア」という、筋肉がやせた状態だ。

「サルコペニアは、以前は老化現象の一部と考えられていました。しかし、病気が原因となることもあり、年齢に関係なく、がんを患ったことでサルコペニアに陥る方が多いことがわかってきました」

 厄介なことに、サルコペニアに陥ったがん患者は、手術、抗がん剤、放射線などの治療を受けても、いい結果が得にくいことが、多くの研究で判明している。

「サルコペニアががん治療に与える悪影響として、まず手術後の合併症リスクが高まること。また、抗がん剤治療でも、副作用に苦しむ頻度が高まり、治療が続けられなかったり、効果が低くなるリスクが高まります。サルコペニアはがん患者の大敵なのです」

 予防の意味でも、がん回復力を高める意味でも大切な筋肉量。現状で、サルコペニアに陥っていないか、チェックリストで確認してみよう。

がんの大敵!サルコペニア度チェック
□握力が男性で28kg未満、女性で18kg未満
□イスに座った状態から立ち上がる動作を5回繰り返したとき、12秒以上かかった
□両手の親指と人さし指で輪を作り、利き足ではないほうのふくらはぎのいちばん太い部分を囲んだときに、すき間ができる
□ペットボトルのふたが開けにくい
□片足立ちのまま靴下をはけない
□横断歩道を青信号の間に渡りきれない

シンプルな3メニューを週2日からでOK

 筋トレや運動は、がん患者の生存率アップだけでなく、がん予防にも役立つことがわかっている。

 そして、これらのメリットを得るために、佐藤先生が提案しているのは、シンプルで簡単に行える、3つの筋トレ。

「自宅で行いやすい自重トレーニング(自分の体重を使った運動法)がおすすめです。

 具体的には、1)上半身を強化する「腕立て伏せ」を1セット10回×2~3セット、2)腹筋や体幹を強化する「プランク」を1セット1分×2~3セット、3)下半身を強化する「スクワット」1セット10回×2~3セット。

 この3つを、週2日ほど行えばOKです」

腰を浮かせた体勢で体幹をまっすぐキープ。インナーマッスル、外・内腹斜筋を鍛える。腹部に違和感がある人はさけて

 回数はあくまで目安。「少しきつい」と感じる程度の負荷をかけることが重要だ。

「1日1分からでも、集中して筋肉を刺激することが、がんに打ち勝つ力になります」

すぐ始められる!カンタン筋トレ

 基本の3つの筋トレが少し難しいと感じた人や、筋トレにまとまった時間がとれない人には、こちらのカンタン筋トレがおすすめ。すべて行わなくてもOK。スキマ時間を使って、できることから早速トライ!※運動中は息継ぎをして、息を止めずに行おう。

(1)座って太もも上げ

(1)座って太もも上げ(イラスト/赤松かおり)

 両足を肩幅程度に広げ、背筋を伸ばしてイスに浅く座る。左足を高く上げて5秒キープし、ゆっくり下ろす。右足も同様に行い、10回繰り返す。これを1セットとして、2~3セット行う。

(2)かかとの上げ下げ

(2)かかとの上げ下げ(イラスト/赤松かおり)

 両足を肩幅程度に広げ、背筋を伸ばしてまっすぐ立つ。ゆっくりと両足のかかとを上げて5秒キープし、ゆっくり下ろす。10回繰り返す。これを1セットとして、2~3セット行う。

(3)寝ながら足上げ

(3)寝ながら足上げ(イラスト/赤松かおり)

 身体の左側が床につくように、両足を伸ばして横になり、左手で頭を支える。両足を伸ばしたまま、右足をゆっくり上げて5秒キープし、ゆっくり戻す。左足も同様に、10回繰り返す。これを1セットとして、2~3セット行う。

(4)寝ながらお尻上げ

(4)寝ながらお尻上げ(イラスト/赤松かおり)

 両足を伸ばしてあおむけになる。ひざから肩が一直線になるまで、ゆっくりとお尻を持ち上げて5秒キープし、ゆっくりお尻を床につける。10回繰り返す。これを1セットとして、2~3セット行う。

筋トレがもたらす、がん予防&克服4つのメリット

1. 筋肉からの分泌物質ががんを抑制

 筋トレを行うと、筋肉から「マイオカイン」と呼ばれる生理活性物質が分泌される。近年、一部のマイオカインに抗がん作用や、免疫細胞の攻撃力を高める作用があることが判明。

2. がんの一因となる慢性炎症を抑制

 全身や特定の臓器で、軽度の炎症が長期にわたり続く慢性炎症。これががんの一因となり、がんを進行させる。筋トレなどの運動には、炎症を抑える効果が確認されている。

3. がんを誘発する高血糖を抑制

 糖尿病の人はがん発症率が1.2倍高いという調査結果が。筋トレを行うと、インスリン抵抗性が改善し、血糖値が下がる。血糖値を調整すれば、がんの予防にもつながる。

4. 免疫細胞が活性化しがんが治りやすく

 筋トレを行った直後から血液中に免疫細胞が増加。なかでも、リンパ球の一種「NK(ナチュラルキラー)細胞」は、腫瘍に集まり、がんを一斉に攻撃してくれる。

佐藤典宏先生●産業医科大学第1外科講師、外来医長。膵臓がんを中心に1000例以上の外科手術を経験。YouTube「がん情報チャンネル、外科医佐藤のりひろ」は登録者8万人を突破。『がんに負けないたった3つの筋トレ』(マキノ出版)など、著書多数。
教えてくれたのは……佐藤典宏先生●産業医科大学第1外科講師、外来医長。膵臓がんを中心に1000例以上の外科手術を経験。YouTube「がん情報チャンネル、外科医 佐藤のりひろ」は登録者8万人を突破。『がんに負けないたった3つの筋トレ』(マキノ出版)など、著書多数。

(取材・文/當間優子)