2100組以上を妊娠に導いた内科医が語る不妊治療の違和感「高度生殖医療だけがすべてではない」

 日々、新しい技術が開発され、日進月歩の不妊治療。しかし、「高度生殖医療だけがすべてではない」と、放生先生は警鐘を鳴らす。自身が本来持っている妊娠する力を信じ、高めれば自然妊娠も夢ではない。不妊治療が身近になった今だからこそ、伝えておきたい妊活の“真実”──。

 2022年4月から不妊治療の保険適用が拡大され、人工授精、体外受精(顕微授精を含む)が3割負担で受けられるようになった。

 高額な費用がかかるといわれてきた不妊治療のハードルが下がったといえるだろう。

「今まで経済的な面から不妊治療をためらっていた人たちの負担が減り、不妊治療を受けられる人が増えたことは、素直に喜ばしいと思います。一方で、このことがかえって自然妊娠の機会を奪い、妊娠を遠ざけてしまう可能性を危惧しています」

 こう話すのは、内科医の放生勲先生。内科診療とともに、クリニックに「不妊ルーム」を設け、多くの妊活・不妊に悩むカップルの相談に応じ、これまで2100組以上のカップルを妊娠に導いてきた。なぜ、内科医という立場で不妊の相談に乗ってきたのか。

「私自身が4年あまりの間、夫婦で不妊治療を受けた経験があるからです。もう20年以上も前の話で、今とは不妊治療への抵抗感も技術も大きく違いますが、ひとつだけ変わらないものがあります。

 それが、不妊治療が大きな精神的ストレスを生むということです。不妊治療に1度エントリーしてしまうと、妊娠は不妊治療の延長線上にしかないという思い込みが生じ、後戻りできなくなってしまうのです」(放生先生、以下同)

不妊治療以外にもできることはある

 不妊治療にはストレスが伴うことは、経験者なら痛感するところだろう。治療を続ける中で、ストレスとどう向き合うかが、妊娠において極めて重要だと放生先生は言う。

「これほど心身共にストレスという負担になるにもかかわらず、軽視されがちなのは、数値化できないからでしょう。ストレスをコントロールしているのは脳の視床下部です。視床下部は、卵巣や子宮とネットワークでつながっています。視床下部からの命令によってホルモンが分泌され、生理周期はコントロールされています。

 不妊治療の身体への負担、時間的、経済的な負担がストレスとなり“妊娠力”を弱めてしまうのは当然のことなのです。実際、不妊治療をお休みしてストレスから解放された途端、妊娠するケースは、数多くあります」

基礎体温を記録する表

 妊娠力とは、心や身体、環境によって左右される、本来持っている妊娠に到達する“力”のこと。とはいえ不妊に悩むカップルのなかには、悠長に妊活をしている場合ではないというケースも多いだろう。

もちろん不妊治療を否定するつもりはまったくありません。たしかに女性の年齢が上がるにつれて卵子の数は減っていき、その質も低下していきます。年を重ねるほど妊娠しにくくなるのは事実ですし、早く妊娠したいと思う気持ちもわかります。でも私が言いたいのは、“不妊治療以外にもできることはたくさんある”ということです

ストレスを減らし“卵巣ケア”を

 実際に放生先生がすすめているのが、“卵巣ケア”だ。年齢にかかわらず、妊娠を目指すすべての女性にまず大切にしてほしいことだという。具体的にどういうものなのか。

「わかりやすく卵巣を“水槽”に、その中に存在する卵子を“金魚”にたとえて説明しましょう。金魚が元気に泳ぐためには、水槽の水を循環させ、水温を管理するなど、水槽の中のコンディションを整える必要があります。これと同じように、卵巣のコンディションが整い、健やかであれば、いい卵子が育ちます。自然妊娠にしろ、不妊治療による妊娠にしろ、妊娠が成立するためには質のいい卵子が存在している必要があります。

 卵巣は女性ホルモンが分泌される場所。卵巣が疲れていたら、いい卵子は育たず、妊娠にも影響を来すのは当然です。不妊治療というとどうしても金魚(=卵子)にばかり目を向けがちですが、もっと水槽(=卵巣)にも目を向ける必要があるのです

尿を使った排卵日検査薬。今はスマホアプリと連動した体温計もあるので、記録もラクに

 放生先生のクリニックでは、カウンセリングや各種検査を行い、漢方薬やサプリメントなどを処方して身体を整え、なるべくストレスを減らし、卵巣をケアしている。

 卵巣をいい状態に保つことで、妊娠しやすい身体に近づけていくのだ。卵巣ケアをせぬままに、いきなり不妊治療の扉を開くことは、近道のようで遠回りだと放生先生は話す。

不妊治療をされている人も、ぜひ卵巣をケアしながら治療を続けてほしいのです。卵巣は、わずか親指の第一関節程度の大きさしかない、とてもデリケートな臓器。体外受精では、その小さな臓器を刺激して採卵を行います。

 多くの場合、一度に多くの成熟した卵子が採取できるように排卵誘発剤を使います。成熟した卵子を数多く採取するために、貴重な卵子をたくさん覚醒させ、消費してしまうことになるのです。当然、女性ホルモンのバランスが崩れ、身体には強いストレスがかかります。私は年齢が高くなればなるほど、刺激の強い排卵誘発は行わないでいただきたいと思っています

 最近では「自然周期排卵」「低刺激周期採卵」で“卵巣にやさしい”体外受精を行うクリニックも増えてきた。

体外受精の技術が優れている医療機関ほど、卵巣の中の卵子の扱いは丁寧です。体外受精を受けるなら、このように女性の心と身体にかかる負担を最小限にする努力をしているクリニックを選ぶことも大切です」

不妊治療と“共存”するべき自然妊娠

 不妊治療は自然妊娠を否定しない、というのが放生先生の信条だ。つまり、不妊治療を受けているからといって、自然妊娠の可能性がなくなったわけではないということだ。

明らかに不妊の原因を指摘されている場合を除いて、私は、どのカップルにも自然妊娠の可能性はあると考えています。妊娠の機能に問題のないカップルが、1回の排卵周期で妊娠する確率は15~30%。不妊治療を続けながら、自然妊娠の可能性も捨てずにいることは、妊娠の確率アップにつながります」

人工授精で卵子を受精卵にするために採卵するときに使用する排卵誘発剤も、決して身体に優しいものではない

 カップルが力を合わせて妊娠力を高め、自然妊娠に結びつけるためには、3つの法則がある。

1つは基礎体温表をつけること、2つ目は排卵日検査薬を併用すること、そして3つ目は夫婦生活を増やすことです。基礎体温は婦人体温計で測ります。その結果となる基礎体温表は、卵巣のコンディションを知るための重要なデータであり、まさに家庭でできる不妊検査。最近では基礎体温を測ると自動的にグラフ化してくれるスマホアプリなどもあるので、ぜひ活用してください。

 排卵日検査薬は、スティックに尿をかけることで、排卵日が近いことを知らせてくれるもの。薬剤師のいるドラッグストアなどで購入できます。基礎体温表と排卵日検査薬があれば、おおよその排卵日は予測できます。そのうえで、基礎体温の最低体温日の前日からの5日間、夫婦生活を増やすのです。

 昔からよく行われてきた方法ですが、この当たり前のことをしないで、不妊治療を開始し、そのストレスから夫婦生活もほとんど持たず、不妊に悩んでいるカップルが多いのです」

43歳を過ぎたら検討すべきこと

 放生先生は、いまこそ原点回帰が大事なのだというが、不妊治療における高度生殖医療の技術の進歩は目を見張るものがある。ストレスを感じることなく不妊治療を続けるには、どうすればいいのだろうか。

「不妊治療をなるべく上手に日常生活のなかに取り入れることです。私はよく、“妊娠は忘れたころにやってくる” “妊娠は追いかけると逃げていく”とお伝えしています。不妊治療を始めると、どうしても意識が不妊治療だけに向きがちになります。そうではなくて、メインに仕事や家事など自分の生活があり、不妊治療は脇に置くくらいのスタンスがちょうどいいのです。

 私のクリニックにも、毎回スーパーの袋をさげて来る女性がいました。時には袋から大根がのぞいていたことも。それくらい生活の一部になっていたのでしょう。“今月も生理が来た”と憂鬱(ゆううつ)になるくらいなら、ふたりでおいしいものを食べたり、旅行でリフレッシュしたりするほうが、よほど妊娠に近づくこともあるのです」

何かとお金のかかる不妊治療。やめ時を決断する“勇気”も必要、と先生は語る

 冒頭で紹介した、体外受精の保険適用範囲の拡大には年齢と回数に条件がある。女性の治療開始が、「40歳未満は一子につき6回まで」「40歳以上43歳未満は一子につき3回まで」、そして、43歳以上は保険適用外なのだ。これは、43歳を過ぎると体外受精で出産に至るのは5%以下というデータを反映したものであろう。

「保険適用外になってしまったからといって、決して43歳以上の女性に妊娠を諦めなさいと言っているわけではありません。このことがかえって、43歳以上の女性たちを自費診療による不妊治療に走らせているのだとすれば、とても残念です」

 不妊治療はやめ時が難しいという。そろそろ卒業しようと思っても、いざとなるとなかなか踏ん切りがつかず、ずるずる続けてしまうケースも多い。

「酷な言い方に聞こえるかもしれませんが、私は43歳を過ぎたら不妊治療からリタイアすることも考えてほしいと思っています。体外受精での妊娠・出産の可能性が低くなるからこそ、原点回帰して、卵巣を大切にしながら自然妊娠の可能性を探ってほしいということです。それが、これから更年期を迎える女性の卵巣を、本当の意味でケアすることにもつながるのではないでしょうか」

実例(1)不妊治療だけが妊娠への“近道”ではない!

 Aさんは39歳。総合病院でタイミング法(排卵日を予測し、それに合わせて夫婦生活を持つ方法)を数回試みたものの妊娠に至らず、人工授精をすすめられ、気持ちがついてゆかず、「不妊ルーム」に相談に来ました。

 何度か通ううちに気持ちがリラックスしてきたAさんに、「人工授精そのものの妊娠率は5~8%と非常に低い。妊娠率を上げるには、その前後に夫婦生活を持つことですよ」

 とアドバイスしました。なぜなら、人工授精は、排卵に合わせて精液を濃度調整して子宮の中に入れること。つまり、人工授精を行うのは、タイミング的に妊娠しやすい時期なので、ここでさらに夫婦生活を持つことで、妊娠の確率を上げることができるのです。そこで人工授精できる病院を紹介したところ、1回の人工授精で見事に妊娠。

 いちばん理想的なのは、人工授精で妊娠したのか、夫婦生活で妊娠したのかわからないことです。Aさんはこの典型的なケースでした。不妊治療を開始しても、夫婦生活と妊娠を切り離さないことが大切なのです。(放生先生)

実例(2)不妊治療だけが妊娠への“近道”ではない! 

 2年半もの間、不妊治療を続けていたBさん(39歳)。タイミング法3回、人工授精3回、顕微授精9回を行ったものの、1度も妊娠に至らず、「不妊ルーム」に相談にみえました。Bさんが不妊治療に投じた金額は、総額400万円。膨大な時間とエネルギーを注ぎ込み、疲れ切っている様子でした。

 AMH(抗ミュラー管ホルモン)とは、卵巣にどれくらいの卵子が残っているのかを示すもので、わかりやすく言えば「卵巣年齢」を意味します。BさんのAMHの値は閉経している数値と同等でした。AMHはあくまでも指標のひとつであり、数字で一喜一憂する必要はないのですが、一刻も早く体外受精を、と焦るBさんに卵巣ケアの話をし、サプリメントや漢方薬そして亜鉛製剤を処方してケアを続けました。

 血液検査によりホルモンの値も改善してきたので、信頼できる医療機関を紹介し、体外受精をしたところ、1回で妊娠(現在、妊娠7か月)。AMHが低いと落ち込む女性も多いのですがBさんの場合、AMHが低くても卵巣が元気になれば妊娠できることを示してくれたよいケースでした。(放生先生)

 もっと知りたい人は──『令和版ポジティブ妊娠レッスン』(主婦と生活社)赤ちゃんが欲しいすべての人へ、妊娠への向き合い方を放生先生が指南。

教えてくれたのは……

こまえクリニック院長 放生勲先生 ●ほうじょう・いさお
1987年、弘前大学医学部卒業。1999年、東京都狛江市にこまえクリニック開院、院長に。自ら経験した不妊治療に対する疑問から、内科診療のかたわら「不妊ルーム」を開設。内科的なアプローチで、これまで2100組以上のカップルを妊娠に導く。HP:不妊ルーム(https://humansofplovdiv.com/)

〈取材・文/樋口由夏〉