数々の有名人を乗せてきた名役馬・バンカーくん(撮影/齋藤周造)

 大河ドラマや映画などで活躍し続けた名役馬・バンカーが2月23日に亡くなりました。「週刊女性」が最後の取材になったとのことでした。初対面のカメラマンにも愛くるしくじゃれてくる人懐っこさに、担当記者も心を癒された記憶が鮮明です。謹んでご冥福をお祈りします。

『大奥』で大人気の“役馬”バンカーくん

バンカーに乗った俳優たち(左から坂口健太郎、菅田将暉、小栗旬、岡田准一)

 1月から始まったドラマ『大奥』。初回で、徳川吉宗(冨永愛)が駿馬で浜辺を駆けるシーンに“カッコいい”“まるで暴れん坊将軍”とSNSでは称賛の嵐。同時に“あの馬はバンカーくんだ!”と馬に注目する声も。

 バンカーは、乗馬クラブ『ラングラーランチ』(山梨県北杜市)で暮らす馬(20歳♂)。馬の種類はアメリカンクォーターホース。ドラマや映画に出演する“役馬”のスーパーエースなのだ。

 オーナーの田中光法さんはこう語る。

「バンカーが大河ドラマの主役を初めて乗せたのは、『軍師官兵衛』( '14年)の岡田准一さんですね。それ以降、岡田さんは映画『関ヶ原』( '17年)や『燃えよ剣』( '21年)でもバンカーに乗っています。大河でいうなら『おんな城主直虎』( '17年)では菅田将暉さん、『西郷どん』( '18年)では渡辺謙さん、『麒麟がくる』( '20年)では長谷川博己さん、『青天を衝け』( '21年)では草なぎ剛さん、『鎌倉殿の13人』( '22年)では小栗旬さんや坂口健太郎さんですね」

 そうそうたる顔ぶれに目がくらみそう……!

「ウチは父親の代から乗馬クラブをやっていて。父は黒澤明監督の『影武者』( '80年)などで馬術指導をしましたが、大河ドラマだと『武田信玄』( '88年)ですね。馬80頭という国内最大級の撮影のお手伝いをしました。僕自身が撮影で馬術指導に入るようになったのは『葵徳川三代』( '00年)からです」(田中さん、以下同)

 田中さんの乗馬クラブには西田敏行がひいきにする馬がいて、その馬を撮影に連れてくるように頼まれたという。

「行ってみるとグダグダで(笑)。馬20頭の撮影だったんですが、半分も走らない。もともと馬術指導は別の人が入っていましたが、その立て直しを急きょ頼まれて。本当に苦労しましたが、最終的には父と同じ規模の馬80頭のシーンを『葵徳川三代』では成功させました」

 以降、ラングラーランチの馬たちは大河ドラマを筆頭に、映画やドラマで活躍し続けるように。

バンカーの圧倒的な理解力

『麒麟がくる』ロケの際のバンカー('20年12月)

「ウチの馬だと、1日40〜50カットは普通に撮ります。ほぼ1発OKなので。演技やアクションで現場が押していても“馬で巻く”。ウチの馬でオンタイムに戻しているんですよ(笑)」

 通常、動物を用いた撮影はとても時間がかかるといわれるが、

「だから、スタッフさんたちも“もう終わったんですか!?”と驚く。たった1カットで5時間くらいかかるなんて聞きますから(笑)」

 どうして馬たちはそんなに優秀なのか?

「馬は草食動物ですから、習性としてすぐ逃げます。そもそもウチの乗馬クラブは、父親が“西部劇ごっこ”をするためにつくったもので(笑)。その実現のため手探りを続ける中で、馬もちゃんと理解させて教えていけば怖がらないということがわかって。“乗った人が鎗を振り回しても自分は痛くはない”“爆発音がしても、別に怖くはない”と、とにかく根気よく、ひとつひとつを教えていくだけ。徹底して信頼関係をつくっているだけなんです」

 よく“調教の様子を撮影したい”という依頼を受けるそうだが、

「今日やって、明日よくなるものじゃないんです。今日から張りついて撮り続けて、1年後に変化がわかるくらい。それに、10頭の馬がいても、10頭すべてが役馬になれるわけではありません。すごく早く理解する馬もいれば、何年もかかる馬もいる。理解はしても撮影は絶対に嫌がる馬もいます。そして技術者が乗る分には言うことを聞いても、役馬に乗るのは役者さんですから。役者さんたちは撮影前にはウチに練習に来ますが、大河の主役クラスでも40〜50時間くらい。少ない人だと乗馬経験10回未満。そういう方を乗せたうえで、いろんなことをするわけですから。役馬になれるのは3割くらいですよ

 そんな役馬たちの中で現在、トップに君臨しているのがバンカーなのだという。

「バンカーには圧倒的な理解力があります。撮影では、新たにやることをその場で教えていくんですね。“この速度で走る”“ここに来たら止まる”など。2回もやれば全部覚えちゃうんです。いうなら、バンカーが勝手に走って止まってくれるわけですから、役者さんは馬の操作に必死になる必要がなく、演技に集中できるんです」

バンカーの次期エース・ワラワラ・ビッグバン

本名はワラワラ・ビッグバン。馬の種類はバンカーと同じアメリカンクォーターホース。田中さんいわく「ウチの次期エース。素直な性格ですが、時に調子に乗りすぎることも。そんなときに“コラッ”と叱るとすぐにシュンとなる(笑)。とにかく可愛げがあります」(撮影/齋藤周造)

 そんなバンカーは『どうする家康』にも、もちろん登場。1月29日の放送で、北川景子演じるお市の方を乗せて野山を颯爽と駆け抜けた。

「後を追いかける徳川家康(松本潤)が乗っていたのは、ウチの次期エースのワラワラ・ビッグバン(13歳♂)です。

 みんな“ワラワラ”と呼んでいます。大河の主役を乗せるのは初めてですが、成長著しい役馬です。初回のCGがあまりに微妙で物議を醸しましたが、松本潤さんは映画『隠し砦の三悪人THELASTPRINCESS』( '08年)のときからウチの馬に乗っていますから“松潤、実は馬に乗れないのでは?”なんて勘繰りは不要ですよ(笑)。ザッと砂煙を上げて止まるカッコいいシーンもすでに撮影しているので、期待していてくださいね」

群を抜いてうまくなった俳優

 田中さんがあまた見てきた俳優の中で、乗馬の腕前がすごかったのは?

「正直に言って、ウチで練習をした俳優で群を抜いてうまくなったのは、小栗旬くんですね」

 小栗とは映画『TAJOMARU』( '09年)からの付き合いだという。

「『鎌倉殿の13人』の主演に決まると“とにかくカッコよく馬に乗りたい”とウチに来て。“地味な練習になるけど我慢できるか? その代わり世界に出しても恥ずかしくないぐらい乗れるようにはしてあげる”と僕が聞くと、“やります”と。

 どのスポーツでもそうだと思いますが、基礎の基礎の練習がずっと続くわけです。よくある“パカラッ、パカラッ”と走ることは実はそんなに難しくなくて。それよりも馬の重心を崩すことなく、お尻をぴったりつけ続ける技術のほうが大変で。

 まさに、人馬一体という言葉のとおりです。小栗くんは本当によく来ましたね。多いときで週3回。地味な練習を文句も言わず延々と続けて。そして、本物の馬乗りになりました。競技会に出られるレベルですね

 小栗が乗っていたのは名馬・バンカーだが、

「バンカーは本番になると“よし!”とスイッチが入り、頑張りすぎちゃうときもあって。基礎がしっかりできている小栗くんは、そんなバンカーを一瞬ですっと収めていました。だから、あれだけ余裕のある映像が撮れたんです。『鎌倉殿の13人』を馬関係者が見ても“彼は本当に乗れるね”と。とても評価が高かったゆえんです」

乗馬クラブ・ラングラーランチ

ラングラーランチ(山梨県北杜市小淵沢町上笹尾3332・0551-36-3269・http://www5a.biglobe.ne.jp/Wrangler/) 撮影/齋藤周造

 ウエスタンな雰囲気の乗馬クラブ。馬場内での引き馬は1人1000円(10分)、コーチ付きのレッスンは平日5000円、土日祝日6000円(45分)など。上級者向けの外乗コースももちろんあり。