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 日本人の死因1位のがん。ひと昔前とは違い、「がんイコール死の病」でなくなったとはいえ、いまだに多くの日本人の命を奪っていることは間違いない。そのがんの治癒率アップのカギを握っているのが「がんゲノム医療」だ。

すでに4万人以上が参加している「ゲノム医療」

 がんを増殖させる源である遺伝子(ゲノム)の変化を見つけ出し、一人ひとりのがんの特徴に合わせた最適な治療を選択する方法だ。

 患者さんのがんの遺伝子変化の有無を調べ、そのがん細胞の“アキレス腱”をピンポイントで攻撃する薬を投与できれば劇的な効果が出る可能性がある。

 2019年6月に、一般的な治療が効かなかった場合やそもそも治療法がないなど、特定の条件を満たすがん患者に限って、複数の遺伝子を同時に調べる検査が保険適用され、現在までにおよそ4万人がその検査を受けた。

 日本のがんゲノム医療は世界からも注目されているという。そこで、国立がん研究センターがんゲノム情報管理センターの河野隆志さんに日本のがんゲノム医療の最新事情を聞いた。

日本はデータが集まるペースがとても速い

「全国の236の病院と連携して、現時点で4万6794人の情報が私たちがんゲノム情報管理センターに集められています。遺伝子の変化を調べる『がん遺伝子パネル検査』が保険適用になって以降、順調に件数が増えています」(河野さん、以下同)

 アメリカなども自国民のがん遺伝子情報を集積しているが、集まるペースが日本はかなり速いという。

「すべての国民が何らかの公的医療保険に加入している『国民皆保険制度』のおかげです。国をあげてのプロジェクトになっているので、全国の多くの病院の先生方が協力して検査結果を入力してくれています。そのため、データが蓄積していくペースが諸外国と比べて速いのです

 すでに4万人以上が検査を受けたというが、その人たちは遺伝子の変化が見つかって治療をしているのだろうか。

例えば進行した卵巣がんの患者で、『もう使える治療薬がない』と言われた人が、遺伝子パネル検査で特定の遺伝子の変化がわかり、それに合った薬を投与したところ、劇的に効いたというケースもたしかにあります。ただ、そのように治療に結びつくのは、検査を受けた患者さんの10%程度です」

 検査を受けても、遺伝子に変化が見つからない場合や、変化が見つかったとしてもそれに合った薬がない場合もある。また、たとえ薬があったとしても日本国内では未承認で使えないケースもあるのだ。そのため、まだ10%程度しか治療に結びつかないのだという。

新薬開発のための貴重なデータ

 では、ほとんどの人は検査を受けても意味がなかったということなのか。

「いいえ、実は検査を受けた方々の遺伝子変化の情報をデータベース化することこそが、日本のがん医療にとってとても大事なことなのです」

 もちろん、検査を受けた人を治療に結びつけることも大切だが、たとえ治療法がなかったとしても、個人を特定できないようにデータベース化して、大学などの研究機関や製薬会社などにその情報を利用してもらい、いち早く新薬などを開発してもらうことが今後において重要なのだ。

全がんの5年相対生存率は現在、約60%。亡くなっている40%の約半分は、早期発見・早期治療ができれば治せる可能性が大きい

「薬の開発のためには遺伝子の情報だけではなく、その患者さんにはこれまでどういう薬が投与されて、それは効いたのか、あるいは効かなかったのかといった詳しい治療歴も必要不可欠です。

 もちろん、患者さんの同意のうえでの話ですが、そういった細かい情報まで全国236の病院の先生方がデータベースに入力してくださり、製薬会社などと共有できているところが日本のがんゲノム医療が世界に類を見ない点だと考えています」

 例えば、女性にとってのサイレントキラーともいわれている卵巣がんを見てみると、特定の遺伝性の変異がある患者さんの遺伝子情報は現在、275人分あるという。

 ここまでは外国のデータベースでも同じだが、日本のデータには、その275人がどんな治療を受けたのかという情報まで細かく入っているのだ。

日本のデータベースには詳細な情報が入っている!

 日本のがんゲノム医療の拠点であるがんゲノム情報管理センター(C-CAT)に集積されているデータには、個人が特定されないよう十分に配慮しつつも、一人ひとりの詳しい治療歴が含まれている。新薬開発には欠かせない情報で、それが日本のデータベースの最大の特徴。

新薬開発には欠かせない情報が詰まっているのが日本のデータベースの最大の特徴

【日本のデータ(イメージ)】

病院名、性別、年齢
遺伝子パネル検査の結果
病名、状態、転移など

治療歴
 ・薬の名前
 ・投与開始日、終了日
 ・治療効果
 ・有害事象など

【外国のデータ(イメージ)】

病院名、性別、年齢
遺伝子パネル検査の結果
病名、状態、転移など

「2022年からこの詳細なデータを厳正な審査を通った製薬会社などにも活用してもらっています。研究に生かして治験を増やし、今後、使える薬を開発していけば、治療に結びつく人がきっと現状の10%を超えていくと信じています」

 今まさに、がんの新薬を開発しようと研究者たちが日夜努力している。日本のがん医療に明るい未来が待っていることを期待したい。

教えてくれたのは……

河野隆志さん○国立研究開発法人国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター 情報利活用戦略室長

取材・文/富永福子