※画像はイメージです

「もはや、がんは特別な病気ではなく、誰もがかかる可能性のある身近な病気といえるでしょう」と語るのは、がん研究会有明病院副院長・乳腺センター長の大野真司先生。

ヨガはがんの心のケアに欠かせない

「国立がん研究センターが行った調査では、がんの5年生存率は年々、上昇していることが判明しています。つまり、がんは特別な病気ではなく、治せる可能性が高い病気になっているということです」(大野先生、以下同)

 医学の進歩によってがんの生存率が向上している一方、変わらない側面も。

「がんと診断された患者さんは、強い恐怖心や絶望感に襲われ、その精神的なショックにより、がん患者さんの20~50%が不眠に悩んでいるともいわれています。また、3人に1人がうつ状態に陥っているという報告もあります」

がん告知後の心の変化グラフ(出典:一般社団法人日本サイコオンコロジー学会HPより)

 がんと心の状態は深く結びついているということ。

「医学に“サイコオンコロジー(精神腫瘍学)”という分野があります。私自身、20年ほど前からがん患者さんの心のケアに取り組んでいます。そのためのひとつの方法として着目したのがヨガです。

 実際、アメリカなどで行われた調査では、がん患者さんがヨガを行うことで心が元気になることが証明されています」

 がん患者と接する中で、ヨガを行うことは心のケアに有効であると実感していると話す大野先生。

「体験者の多くはヨガをすることで『スッキリした』、『気持ちが前向きになった』と話しており、がん治療の手助けになっているようです」

ヨガによる意識改善ががん予防につながる

 ヨガはがんの“予防”にも役立つのだろうか。

「がん細胞を封じ込める、といったような直接的な影響はありません。しかし、ヨガをすることで食生活や運動への意識が変わり、生活をよりよいものにすることががんの予防につながるのです」

 では、ヨガを行うときに、気をつけるべきこととは?

「難しいポーズや動きをする必要はありません。大切なのは無理をせずに、呼吸を意識することです」

 やりたくないと思う日はやらなくてもいいし、できる日はポーズを増やしてもいい。

「自分が心地いいと思える動きを自分のペースで行うことで呼吸も心も整っていきます。5分程度のヨガでも効果はあります。

 病気以外でも、悩みやストレスを抱えている方も、健康に役立てるため、ぜひ試してみてください」

※画像はイメージです

がんヨガの基本「鼻呼吸で心を整える」

 がん患者向けのヨガは、身体への負担が軽く、体力が落ちている人でも無理なくできるポーズで構成されています。

 それでも、「いきなり身体を動かすのはちょっと……」と感じる人は、まずは呼吸法から試すのがおすすめ。

 鼻から大きく息を吸って鼻から吐くのが、がんヨガの呼吸の基本。ただし、口から吐くほうが楽な場合は、それでも問題はありません。がんヨガは、自分が気持ちよく感じるように行うのがいちばん大切です。

 例えば、自分ががんであることを告げられたときや痛みがあるときなど、不安や苦痛を感じると呼吸が自然と速く、浅くなってしまう。そうしたときには、両手を胸にあててゆっくりと呼吸をするだけで心が落ち着くのを感じるはず。

 呼吸は人が生きるうえで欠かせないもの。まずはがんヨガの呼吸から始め、慣れてきたら実際のポーズに挑戦してみましょう。

 ここでは8つのポーズを紹介していきますが、すべてを行う必要はない。治療中の人はかかりつけ医に相談しながら、やりやすいポーズから呼吸を意識して取り組んで。

 決して無理をせず、自分のペースで気持ちよく行うようにしましょう。

片鼻呼吸で整える

1. 楽に座り、目を閉じて右手の親指で右の鼻の穴を閉じる。開いている左の鼻からゆっくりと息を吸う。10呼吸ほど行う。

2. 今度は左手の親指で左の鼻の穴を閉じて、右の鼻からゆっくりと息を吐く。これを10呼吸ほど行う。

片鼻呼吸で整える(イラスト/赤松かおり)

心も身体も休まる寝たままヨガ

 人が安心するといわれているうつぶせの姿勢でできるものや、身体を動かしたくないときでも簡単にできるものなど、寝たままでできるがんヨガのポーズをご紹介。

 朝起きたときや寝る前に行ってみましょう。

前面伸ばしのポーズ

・猫背を解消

前面伸ばしのポーズ(イラスト/赤松かおり)

1. 両手を前に、両足は腰幅よりやや広げて伸ばしうつぶせになる。

2. 鼻から息を吸いながら両手、両足をゆっくり上げて浮かせたまま5秒キープ。

3. 息を吐きながらゆっくりと下ろす。手足を下ろしてからも自然に呼吸を続ける。2、3を2回行う。難しい場合は片手と反対側の足を浮かせるだけでもOK。

おなかを意識して腹式呼吸

・呼吸が深くなる

おなかを意識して腹式呼吸(イラスト/赤松かおり)

1. おなかの下に枕を置いてうつぶせになり、重ねた両手におでこをのせる。

2. 鼻からゆっくり息を吸い込み、おなかを膨らませる。次におなかをへこませながらゆっくりと息を吐く。吐く息の長さを少しずつ延ばして1~2分行う。

腹部・側面伸ばしのポーズ

・リンパの流れをスムーズに

腹部・側面伸ばしのポーズ(イラスト/赤松かおり)

1. 重ねた枕の上に腰をのせてあおむけになり、足を腰幅に開いてひざを立てる。ひじを軽く曲げて伸ばし、両腕を枕の上に置く。手のひらは上向きに。

2. 鼻で息を吸い込んで胸を膨らませたらゆっくり吐き出す。これを5回行う。乳がんでリンパ浮腫の不安がある人は心臓より腕を高いところに置いて行う。

うつぶせ姿勢でお尻トントン

・太ももの筋肉を刺激する

うつぶせ姿勢でお尻トントン(イラスト/赤松かおり)

1. おなかの下に枕を置き、重ねた両手に顔をのせてうつぶせになる。

2. 左右のひざを交互に曲げて、自然な呼吸をしながら、かかとでお尻を4回たたく。このとき、かかとがお尻に届かなくてもOK。4回を1セットとして5セット行う。

いつでも気軽に座ってできるヨガ

 仕事中に、家事の合間に、テレビを見ているときに。イスに座ってできるポーズは気が向いたときに手軽にできるものばかり。

 身体を動かしたり伸ばしたりしたときの心地よさで気分もスッキリ。

指先集中のポーズ

・ふさぎがちな気持ちを改善

指先集中のポーズ(イラスト/赤松かおり)

1. 顔の正面に人さし指を立て、ゆっくりと右に移動させる。このとき、顔は固定したままで指先を目だけで追う。

2. 指が視界から消えたら、次は左にゆっくりと移動させ同様に目で追い、正面に戻る。自然な呼吸で、これを5往復行う。反対側の手の指でも同様に行う。

上半身を回転

・体幹に刺激を与える

上半身を回転(イラスト/赤松かおり)

1. イスに座り、太ももの上に手を置く。

2. 鼻で呼吸をしながら胸で円を描くように上半身を左方向へ、次に右方向へ回す。1呼吸(吸って、吐く)に1回のペースで左右に10回回す。

上半身ひねりのポーズ

・おなかまわりの筋肉を刺激

上半身ひねりのポーズ(イラスト/赤松かおり)

1. イスの背もたれが横にくるように座る。

2. 背もたれを両手で持ち、鼻から息を吸って背すじを伸ばす。息を吐きながらできる範囲で上体をひねる。

3. 息を吐ききったら鼻から息を吸いながら上体を戻す。これを5回繰り返す。同様に逆向きも行う。

両腕回し

・胸を開いて深い呼吸に

両腕回し(イラスト/赤松かおり)

1. 両ひじを曲げて指先を鎖骨に軽くあてる。

2. 鼻から息を吸って、ひじを前に持ち上げ、息を吐きながら前から後ろに肩を大きく回して1に戻る。1呼吸(吸って、吐く)に1回のペースで5回回す。逆回しも同様に行う。

出典:『がん研病院副院長・医大教授など名医7人が推奨! がんとたたかう 最高のヨガ大全』文響社
がんヨガ指導:岡部朋子(日本ヨガメディカル協会代表理事)

体験者の声

1. K・Nさん(53歳)「張りつめていた気持ちが楽に」

 ヨガに出合い「頑張らずに、今できるところまででいい」と言ってもらい、告知からずっと気を張りつめて頑張っていたことに気づきました。

 抱えていたものがスッと軽くなったことを覚えています。ヨガは今のままの自分でいいと教えてくれる大切な時間になっています。

2. S・Yさん(47歳)「がんになった自分を許せる気持ちに」

「病院に頼りきりにならず、自分でも何かしよう」と始めたのがヨガです。ヨガをすると、張りつめていた気持ちが解きほぐされていくのを感じました。

 しだいに、がんになった自分を許せるようになり、心にあった重りも徐々に消えていきました。

がんヨガの心得
心得1 できる範囲で気持ちよく
心得2 静かな環境で照明を暗く
心得3 毎日やらなくてもOK
心得4 偏らずいろいろなポーズをやってみよう

大野真司先生●米国テキサス大学研究員、国立病院九州がんセンター乳腺科部長、同センター臨床センター長などを経て2015年より現職。日本乳癌学会認定医・専門医・指導医。日本乳癌学会理事など役職多数。著書『がん研病院副院長・医大教授など名医7人が推奨!がんとたたかう最高のヨガ大全』(文響社)にて解説。
教えてくれたのは……がん研究会有明病院 副院長・乳腺センター長 大野真司先生●米国テキサス大学研究員、国立病院九州がんセンター乳腺科部長、同センター臨床センター長などを経て2015年より現職。日本乳癌学会認定医・専門医・指導医。日本乳癌学会理事など役職多数。著書『がん研病院副院長・医大教授など名医7人が推奨! がんとたたかう 最高のヨガ大全』(文響社)にて解説。

(取材・文/熊谷あづさ イラスト/赤松かおり)