ラジオ番組としてスタートし、今年3月にテレビ放送70年を迎える『NHKのど自慢』。誰もが知る名物音楽番組だが、プロデューサーに話を聞くと「こんなに恐ろしい番組はないと思ってます(笑)」と言う。はたして、現場で何が起きているのか?その舞台裏に迫った。

現在、司会を務めている小田切アナと、鐘を担当する秋山気清さん

 国民的音楽番組──。そういっても過言ではないだろう『NHKのど自慢』(最初の番組名は『のど自慢素人音楽会』)がスタートしたのは、終戦からわずか5か月後(!!)の1946年1月19日。

 当初は、ラジオ番組として始まったが、1953年3月からはテレビでの放送も開始され、今年は“テレビ放送開始70周年”という節目の年を迎える。

 折しも、2013年4月から約10年間にわたって司会を務めてきた小田切千アナウンサーから、廣瀬智美アナウンサーと二宮直輝アナウンサーにバトンタッチが発表されたばかり。

 同番組で司会を女性が務めることも、司会が2人体制になることも初めてのこと。日曜お昼の長寿番組として親しまれてきた『NHKのど自慢』(以下、のど自慢)が、装いも新たに生まれ変わろうとしている。

「メディアが多様化している中で、10年というのは1つの区切りとしてふさわしいタイミングなのではないかと。現在、NHKアナウンサーが、音楽系コンテンツの司会を担当することはとても少なくなってきています。

 エンターテインメント系番組の司会スキルの伝承は、NHKの課題でもある。世代をグッと若返らせ、廣瀬アナと二宮アナにのど自慢の新しい顔になってほしいと思っています」

4月から二宮アナ、廣瀬アナが司会を担当

 そう語るのは、同番組のチーフ・プロデューサーを務める中村雅郎さん。メディアが多様化し、YouTubeやSNSなどで一般人が歌を発信できる時代に変わったからこそ、「『のど自慢』の希少性を問い直すタイミングにある」と語る。

『のど自慢』で出会ってカップルに!

 70年以上の歴史を誇る『のど自慢』だが、実は過去にもリニューアルを図ったことがある。その最たる例が、1970年の大改革だ。

 それまでののど自慢は、歌唱力の高い出場者しか選ばれない“ガチ”のコンペティションという雰囲気が強く(実際、美空ひばりさんや北島三郎など後にプロに転向する人も参加していた)、歌自慢の登竜門のような番組だった。

 だが、'70年から「今週のチャンピオン」に加え、番組を盛り上げた功労者に贈られる「熱演賞」(現在の「特別賞」に相当)を導入したことで、歌唱力の高低だけで評価しない、バラエティーに富んだ『のど自慢』へと生まれ変わった。

美空ひばりさんはのど自慢出場者だった

「大先輩が残した『のど自慢』最大の功績です。この改革があったからこそ、出場者の門戸が広がり、人間ドラマとしての側面を持つようになりました」と、中村プロデューサーが説明するように、

「おじいちゃん、おばあちゃんのために歌いたい!」「お世話になった人に感謝を歌で伝えたい!」──、出場者が胸に秘めた思いを吐露して熱唱する光景は、日曜お昼の風物詩となっていく。

 現在、『のど自慢』は18人(組)が出場者として登場するが、そのプロセスは一筋縄ではいかないという。

「出場希望者は、エントリーの段階で“どうして『のど自慢』に出たいのか”、その出場動機を詳しく書けば書くほど、私たちの目に留まりやすいです。“この歌が好きだからです”だけでは、一次書類で落ちます(笑)。

 みなさんの熱量が、のど自慢には欠かせません。今でも多いときは、1つの大会で1000件以上の出場申し込みが届きますが、担当ディレクターは嘘偽りなくすべて目を通します」(中村プロデューサー、以下同)

こんなに恐ろしい番組はない

 約200人ほどに絞られると、出場候補者たちを集めて放送前日に予選会が行われる。本番と同じ会場で、1人1分ほど生バンドの演奏に合わせ、歌を披露する。

 その後、中村プロデューサーをはじめとしたスタッフ陣が、あらためて出場動機などについて取材をするそうだ。

「こんなに面白い人がいる、こんなに歌がうまい人がいる、こんなにすてきなエピソードをお持ちの人がいる……、制作者として明日の本番で全国に届けたいと思えるかどうかがポイントです」

『のど自慢』を見ていると、時々クセが強めな参加者が登場するが、熱量が高いか否かも重要なジャッジの要素になると中村プロデューサーは明かす。

「ゲストとオープニング、街の紹介こそフォーマットとして決まっているものの、主役である参加者18人が決定するのは前日の夜。

 予選会は本番以上に体力を使うし、目まぐるしいです。器こそ決まっていますが、中身はわからない。毎回、制作しながら“こんなに恐ろしい番組はない”と思っています(笑)」

 出場者が決まると、歌唱順を決めていくそうだ。実は、ここにものど自慢の哲学があるといい、中村プロデューサーは「NHKマンにとって学ぶことがたくさんある番組」と話す。

「毎回、会場となるNHKの地域局の若手ディレクターが中心になって歌唱順を考えます。出場者の皆さんは一生に一度の経験になる可能性が高い。そうした思いに加え、地方局と実施自治体との共同開催ですから、地元のPRという側面もあります。どんな歌唱順がもっとも盛り上がるか、演出や美術面も考慮しながら作り上げていきます」

 後に、音楽番組だけではなく、報道やドキュメンタリーを手がけるようになるディレクターたちでさえ、「若いころに『のど自慢』を経験したことが基礎になった」と振り返ることが多いそうだ。

 参加者だけではなく、番組にかかわるスタッフにとっても大きな財産になる。お祭りのような『のど自慢』ならではの“ハレ感”は、こうした一体感があるからこそだという。

「本選に出た皆さんは、収録が終わると連絡先を交換し、2か月に1度くらい同窓会を開くことが珍しくありません。熱狂の45分を過ごすことで、皆さん、仲間になってしまう。中には、『のど自慢』で出会って結婚された方もいるくらいです」

 個性あふれるさまざまな参加者が歌を披露し、仲間になる。まさにヒューマンドラマだろう。

 一方で、審査に関しては「純粋に歌のうまさだけで鐘(チューブラーベル)を鳴らしています」と付言する。ということは、音楽の専門家のような方がいるのだろうか? そう尋ねると、予想外の答えが返ってきた。

「私を含め、NHKの管理職の人間が4人で審査しています。私は音楽番組一筋30年なので、毎回譜面を読みながら、“いまフラットしたな”という具合に判断しています」

 まさかプロデューサー自ら譜面を見ながら審査していたとは!余談だが、『のど自慢』のプロデューサーには音楽的な素養が求められるということでもある。

「歌唱力のスキルを重視しつつ、なるべく皆さんの感覚とズレないようにしています。それでも、視聴者の方から“今のは鐘3つでしょ!?”といったお叱りを受けることもあります(苦笑)。

 デジタルではなく人間の判断で審査していくことに対しては、こだわりを持って続けていきたい」

 サッカーのVARよろしく、デジタルなジャッジは、時に“余白”の醍醐味(だいごみ)を埋めてしまう。参加者が真剣に歌うからこそ、審査する側も真剣に聴かなければいけないというわけだ。のど自慢は、われわれが想像していた以上にアナログかつ人力なコンテンツだった。

本番の舞台は異常な緊張と興奮状態

 まだまだ気になることはある。そのひとつが、「なぜ合格した人だけが名前を言うことができるのか?」である。そのことを質(ただ)すと、「ご褒美です」と中村プロデューサーは笑顔で答える。

「中島みゆきさんの『地上の星』ではないですが、アノニマスだからこその輝きがあると思っています。そうした参加者をテレビで見るからこそ、視聴者の皆さんも気持ちがシンクロしやすくなる。

 ですが、鐘が3つの方に関しては、例外としてお名前をお伝えいただくようにしています」

 また、合格を意味する鐘3つの前の「ドシラソドシラソ(の後にドーミーレーが鳴り、この部分が鐘3つに該当)」の部分はあくまで装飾音だといい、これにも理由があるという。

「もともと『のど自慢』はラジオ番組です。現在も、ラジオで聴かれている方が多いため、聴き取りやすいように、合格のときだけは派手な演出になりました。

 番組で皆さんに年齢を言っていただくことも、聴かれている方が“どんな人が歌っているのかな”と想像できるように──という意味があってのことなんです」

 予選会では、出場動機などをあらためて聞くと前述したが、この場には司会を務めるアナウンサーも同席するという。

『のど自慢』の本番は、1人当たり1分程度の歌パートと、歌唱後のトークパート、合わせて最大約2分の中で、参加者の個性や思いを可能な限り伝えきる。

 ラジオを聴いている人であっても、それが伝わるように。「NHKマンにとって学ぶことがたくさんある番組」とは伊達(だて)ではない。

「『のど自慢』の実施は、年間46本程度です。北海道は広大なので、年に2回ほど開催しますが、基本は各都道府県で年に1度の開催になります。たくさんの自治体があるわけですから、同じ市町村で開催するのは、10年後くらいになってしまいます」

 現在、『のど自慢』出場への応募の間口は狭くはない。だが、自分が生まれ育った場所で開催されるとなれば、ハレを通り越して“まれ”となる。中村プロデューサーが「本番は異常な緊張と興奮状態です。熱狂の45分」と評するのは、こうした理由もあるからだ。

「予選会ではとても上手だった方が、本番では失速してしまったり、その逆で本番で神がかったりする方もいます。いろいろな思いを持った方がのど自慢に出場し、その模様を視聴者の皆さんが見る。のど自慢って、平和でなければ成立しないコンテンツなんですね」

生放送の本番はまさに熱狂の45分だそう

 もしも物騒な世の中になってしまったら……生放送の公開収録はおろか、あの牧歌的な空間も失われてしまう。

「『のど自慢』は、よほどの事情がない限り、開催し続けています。それは、平和な日曜日が続いているからでもあります。今後も途絶えることなく、続いていることに安心できる──そういう番組であり続けたいですね」

 アマチュアが歌い、チューブラーベルが鳴り響く。『NHKのど自慢』から聴こえるキンコンカンの音色は、平穏な日曜日を告げる調べなのだ。

【出場後にプロになった主な有名人】

美空ひばりさん 1946年に9歳で出場。鐘1つ

若原一郎さん 1948年に出場し合格

坂上二郎さん 1953年に出場し合格

北島三郎 高校時代に出場し鐘2つ

田中星児 1968年に出場し合格

石澤智幸(テツandトモ) 1996年に出場し合格

荒牧陽子 1997年に出場し合格

長谷川俊輔(クマムシ) 2002年に友人と出場し鐘2つ

ジェロ 2003年に出場し合格

三山ひろし 2004年に出場し合格

徳永ゆうき 2011年に出場し合格

〈取材・文/我妻弘崇〉