写真はイメージです

 3月8日は国連の定める国際女性デー。女性の権利や、性差をなくすジェンダーレスなどについて考えるための記念日だが、「医療に『ジェンダーレス』はいりません。むしろ、もっと性差が必要です」と言うのは、金沢医科大学病院の赤澤純代医師だ。

 一見すると、時代に逆行しているような印象だが、いったいどういうことなのか。

アメリカより遅れている日本の「性差医療」

 赤澤純代医師の所属は金沢医大の「女性総合医療センター」。“女性の病気”を専門に診るところだ。

女性には女性ならではの生理的、身体的な特性があり、その特性の影響で、男性と比べて発症率が非常に高かったり、男性と異なる経過をたどったりする病気があります。そういった性差を考慮した医療のことを『性差医療』、または『女性医療』と呼びます。生物学的な性差と社会学的な性差をしっかり分けて考えることが医療においては大切なのです」(赤澤医師、以下同)

 女性ならではの特性が影響する病気と聞くと、更年期障害などを思い浮かべる人も多いだろうが、男性と女性で異なる病気はそれだけではない。

 例えば、足の親指などの関節が腫れて激痛におそわれる痛風は圧倒的に男性に多いのに対して、リウマチなどの膠原病は女性に多い。また、心筋梗塞というひとつの病気をとっても、男性は若くして心筋梗塞で死亡することが珍しくないが、女性は閉経前に心筋梗塞になることはまれだ。ところが、閉経後は急増し、最終的には心筋梗塞による死亡者数に男女の差はほぼなくなる。同じ病気なのに、男性と女性で経過がまったく異なるのだ。

 このような性差のある病気は決して珍しくないという。

「医療は男性と女性、それぞれの性差に基づく必要があり、今からおよそ20年前の2001年に日本で初めて『女性外来』が設立されましたが、日本の性差医療はまだまだ十分とは言えません」

 アメリカでは早くも1990年に、国立衛生研究所という国の医学研究の拠点に女性の健康に特化した研究所が開設されたが、日本では国をあげて性差医療に取り組んではいないのが現状だ。

「がんという病気には国立がん研究センターが、循環器の病気には国立循環器病研究センターという国の研究機関があります。そういった『ナショナルセンター』と呼ばれる研究機関が性差医療の分野にまだないのが残念です。スポーツの分野では、東京オリンピックを科学することで多くの成果を上げたといいます。次は生物学的性差をより深く研究して、ライフステージごとの治療に反映できる研究機関が必要だと思います」

いま必要なのは、診療科のボーダーレス

 遅れているという日本の性差医療。実際にどういう弊害があるのだろうか。

 例えば、女性に特有の更年期障害。かかりつけの内科に行って男性の医師に症状やつらさを説明しても、教科書通りの一辺倒な対応しかしてもらえなかったりする。では、女性医師のいる産婦人科に行けばいいかというと、その医師の専門が女性のヘルスケアではなく、婦人科がんやお産の場合は、同じような目に遭う可能性もある。

「ひと口に更年期障害といっても症状や治療法は人それぞれなのですが、一見、専門の医師がいそうな医療機関に行っても、きめ細かい対応をしてもらえないことがあります」

 女性に多い更年期障害ですらそうなのだから、「微小血管狭心症」という更年期の女性に見られる特殊な狭心症の場合、何年にもわたって診断されずに“原因不明の胸痛”で苦しんでいる患者も少なくないという。

まずは医学部の教育に性差の視点を学ぶ場が必要です。そして大事なのは、特に更年期診療では産婦人科と内科の医師で連携をとり、一人の女性の生涯を診ていくという考えを持つことです。診療科の垣根を越えて患者さんを“共有”することは簡単ではありませんが、病気を理解されずに苦しんでいる女性が多くいる現実を直視すべきですし、更年期のケアが社会全体の活力になるはずです。性差医療にいま必要なのは、ジェンダーレスではなく、診療科のボーダーレスではないかと思います

また、女性医療という点から考えれば、女性の医師の存在が大事なことは言うまでもない。出産や子育てで現場を離れるケースが多いという理由から、医学部の女性受験者の点数を一律に減点させた医学部のことは記憶に新しいが、女性医師の産前産後のケアも充実させる必要がある。

女性の社会参加や晩婚化に伴い、今後ますます病気の形態や経過が変わっていくだろう。日本の性差医療が進むことを期待したい。

赤澤純代
金沢医科大学病院女性総合医療センター長。金沢医科大学総合内科学教授。日本性差医学・医療学会評議員。天野恵子先生、対馬ルリ子先生、秋下雅弘先生を師とあおいでいる。