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 がんになりたくないと思うのは誰しも同じだろう。では最新の医療では、確実にがんを予防できる方法がどこまでわかっているのだろうか?

確実な予防法は存在しない

「残念ながら、すべてのがんに対して“確実な”予防法はありません」と、大場大医師はきっぱり言う。

「がんは遺伝子に傷がつき、それが修復されないまま蓄積されて起こる病気です。

 私たちが生きていること自体が遺伝子にさまざまな異常を与える要因になっているので、がんはいわば長生きできるようになった現代人の宿命といえるのです」(大場先生、以下同)

 生きている以上、がんになることは避けられないということ?

「必ず防げる方法がないとはいえ、今できることはあります。がんの発生自体を防ぐ一次予防と、できるだけ早期にがんを発見できることを目指す二次予防、つまり検診です」

 日本人におけるがんの原因リスクとして確実視されている要因がいくつかあるので、それに注意することが一次予防になる。

「がんの危険因子」出典:国立がん研究センターがん対策研究所ホームページより

勘違いしている人が多い「がん予防」

 大場先生は大学病院やがん専門病院で消化器領域がんの豊富な治療経験を積んだのちに都内で開業し、外科医と腫瘍内科医として臨床の最前線に立っている。

 日々、多くのがん患者さんと接してきた大場先生が痛感するのは、がん予防に関する誤解や妙な思い込みをしている患者さんが多いことだそうだ。

「残念ながら、今の日本では、がんに関する情報を発信する側にも大きな問題があります。そうした状況を頭に置きながらも、個人の側でも情報を正しく見抜くリテラシーを鍛えてください。それは自分の命を守ることにもつながります」

 人はついつい甘い言葉、楽な方法にすがりがちだ。「○○だけでがんが消える」などとキャッチーな文句もあふれている。

 がんになりたくない一心で集めた情報や行動が、実はぜんぜん見当違いのものだったり、下手をすればむしろ命を縮めかねないかもしれない。どんな迷信や誤解が巷にあるのか、そのいくつかを大場先生による解説で紹介していきたい。

親ががんだからうちはがん家系

 自分が「がん家系」かを気にする人は少なくありません。当クリニックで内視鏡検査を受ける人のなかにも、がん家系だから検査を希望するという理由はとても多いです。

 実はこの「がん家系」は遺伝性がん、あるいは家族性がんを指すのですが、そのようながんは全体の10%未満にすぎません。

「親ががんだからうちはがん家系」はホント?

 親が○○がんになったとか、母方の親類にがんで亡くなった人が多いからといってすぐにがん家系ということではないのです。

 一般的にがんという病気は、遺伝子の病気です。家族を一つの単位として見れば、生活環境や食生活は当然似てくるでしょうし、血縁者であれば遺伝子も類似しています。

 そのため同じ原因ストレスによって遺伝子が傷つくことが度重なり、そのことが見かけ上、がん家系っぽくなっている場合がほとんどだといえます。

 がんは「遺伝子の病気」ですが、それは決して「遺伝する病気」という意味ではないのです。

 ただし、割合は小さいものの「がん家系」を疑ったほうがいい場合はあります。例えば、血縁者の中に非常に若くして進行がんを患った人がいたり、ひとりで複数のがんに続けてなる人がいたりする場合です。

「自分は遺伝性のがん家系かもしれない」と不安に思う人は、各地のセンター病院や大学病院などにある「遺伝カウンセリング(相談)外来」でご相談を。

焦げはがんになるから食べない

 焼き物の焦げを食べるとがんになる、と聞いたことがある人は多いのではないでしょうか?

 確かに、肉や魚のようなタンパク質を多く含む食材を高温で調理すると、特に焦げた部分を中心に「ヘテロサイクリックアミン」と呼ばれる発がん性の化学物質ができることはわかっています。

焦げはがんになるから食べない(イラスト/小島サエキチ)

 だから、焦げを食べるとがんになるという説が広まったのでしょう。

 ただし、どの程度ヒトのがんの原因になっているのかは科学的には明らかになっていません。米国のある研究では、かなり高温で調理した牛肉を食べている人に胃がんのリスクが高いとする報告があります。

 英国でも、過剰な高温調理や直火焼きの肉は避けるようにという指針もあります。

 かたや日本国内にも、サンマ、イワシ、アジ、サバ、ウナギなど7種類の焼き魚、焼き鳥、焼き肉などを分析した研究があります。

 それによると、高温調理すればやはり高濃度のヘテロサイクリックアミンが検出され、特に焦げが目立つ焼き魚の皮には身よりも2~20倍多く含まれているそうです。

 とはいえ現実的に考えれば、私たちは毎日焦げばかりを食べているわけではありません。なるべく減らすよう心がけるくらいでよく、がんのリスクに過剰におびえる必要はないと思います。

免疫力でがんを防げる

「免疫力」という言葉はとても魅力的で、よく使われます。

「免疫力でがんを予防しよう」といったフレーズを聞いたことがある人もいることでしょう。

 体内では実は一日数千個もの「がん細胞」が生まれているのですが、免疫力で排除しているおかげで私たちはがんにならずに済んでいます。そういった仕組みは確かにありますが、免疫力でがんを確実に防げるのかというと、難しいというのが結論です。

 というのも、がん細胞はかなりの厄介者で、免疫の「監視」をくぐり抜けることが非常に得意です。

 自分ががん細胞だということを免疫に悟られないよう、鳴りを潜めて生き延び、無限に増殖できるチャンスを虎視眈々と狙っているのです。そこへ何らかの発がんリスクが後押しすることで、がん細胞がまんまと生存競争に勝利してしまうのです。

 免疫力だけではがんは防げません。だからこそ、がんになりにくくするための予防や早期発見が重要になってくるわけです。

医療機関の遺伝子検査キットなら安心

「遺伝子」という言葉に引き寄せられる人も多いようです。いまや、がんに関する遺伝子研究は飛躍的に進歩しています。実際の臨床現場でも「がんゲノム診療」が日常的に行われています。

 ただし、こうした本当の遺伝子研究と、がん予防やがんリスクの早期発見をうたった市販の「遺伝子検査キット」はしっかり区別してください。たとえ医療機関で扱っているものでも、信用性は乏しいといえます。

クリニックなどの遺伝子検査だからといって信頼できるわけではない ※画像はイメージです

 なかには、詐欺的クリニックなどが行う「がん関連の遺伝子検査」もあるので要注意です。高額なエセ治療に誘導するための道具として信ぴょう性のない遺伝子検査を受けさせる悪質なクリニックもみられます。

 残念ながら日本では、遺伝子情報の保護に関する法律の整備が不十分なこともあり、インチキ遺伝子検査が平気で見過ごされているのが現状です。うさんくさい「遺伝子ビジネス」にはくれぐれも用心してください。

人間ドックでがん予防

 自治体などで行われる住民検診だけでなく、個人が全額自己負担で受ける人間ドックでがんを予防したいと思っている人もいると思います。

 自分の健康リスクを回避するために人間ドックを受けることは、とてもよいことだと思いますが、その場合は費用対効果のよい、質の高いドックを選んでください。

 というのも、国内の人間ドック専門業界は魑魅魍魎と化しているからです。テキトーに値付けされた高い金額を払ったとしても、診断・診療のレベルが低いところが少なくありません。

人間ドックでがん予防(イラスト/小島サエキチ)

 大きな理由として、金儲けしか考えない経営者が運営している施設が数多あり、そこで雇われている医師や看護師らの質に大きな問題があることが多いからです。

 こうしたドック専門店は、まっとうな現場で機能しない医師や看護師らにとって格好の就職先と化しています。

 高額な会員制ドックの中には、ホスピタリティーや空間にお金をかけて本来力を入れるべき医療の質をごまかしている医療法人もみられます。

「がんの心配なし」というお墨付きが欲しくて人間ドックを受ける人は、金儲け最優先の経営者にとっていいカモになってしまうのです。

 院長や担当の医師がコロコロ変わる施設などは要注意、人間ドックを受ける際は慎重に医療機関を選びましょう。

線虫でがんの早期発見が可能

 がんのにおいを高い精度で嗅ぎ分ける「線虫検査」が画期的だとして、テレビでも大々的に宣伝されていますが、個人的には、未熟な眉唾的検査だと思っています。

「〇〇大学と共同研究」「感度86.3%」を強調しているので、性能が高く認められた検査だと錯覚してしまいそうですが、薬事承認も得ておらず、本当に検査として成り立っているのかも不明です。

 実際、これまで当クリニックにも10人近くの人が線虫検査でリスク陽性の判定が出てしまい不安にかられ、全身検査を希望して来院されました。ところが、精密検査の結果、誰一人としてがんは発見されませんでした。

 経験上、ニセの陽性率が100%で、がんではない人を「がんではないと正しく判断できる割合(特異度)」は0%です。線虫検査企業の宣伝では、がんと判定できる感度のことばかりが強調されていて、特異度の数字を明確に出していないようです。

 さらにいえば、線虫検査でリスク陽性と判定された人がその後の精密検査に費やす時間やお金、何より精神的ストレスといった不利益や負担も決して無視できません。

 未承認の線虫検査でリスク陽性と判定された場合に、保険診療で精密検査を行うことにも現状では反対です。医療費の無駄な損失につながる可能性が否定できないからです。

 簡便ながん検診というアイデアは高く評価しますが、がんの検査と称する以上は誰もが納得できる科学的検証データをしっかり示すべきでしょう。

医療機関のHPに載っている情報は正しい

 日常で知りたいこと、わからないことがあれば、すぐにインターネットで検索する人が多いと思いますが、医学に関しては注意が必要です。というのも、ネットやSNSは、医学情報に関するデマやインチキが広まりやすい空間だからです。

 ましてがんの場合、情報によっては人の生死を左右しかねません。くれぐれも慎重な判断が求められます。

 ある研究報告によると、日本語版のヤフーやグーグルで「肺がん」を検索すると、正しい情報にたどりつける確率は50%にも満たなかったのです。

 特にクリニック、医療関係の民間業者、個人ブログなどが発信した情報は、上位にヒットしてくる情報の信頼度が0%という無残な結果でした。かたや米国の同じ検索エンジンでは、80%前後の確率で正しい情報にたどりつけました。

 これは少し古いデータで、現在は多少改善されているかもしれませんが、まだまだ規制が甘いのが現状です。くれぐれも、検索結果の上位にあるから、また医療機関のホームページに載っているからといって情報を鵜呑みにしないようにしてください。

ネット情報には怪しいものも多いので要注意 ※画像はイメージです

実例コラム:「30歳女性、会社員のAさん」

 検査を受けたら予想外の負担が……。

 線虫検査を受けたきっかけは会社の健診。会社が契約している検査のため受けたら、なんと、がんリスクが高いという判定が。

 健診医に「なんのがんかは特定できないがリスクが高いからすぐに病院へ」と言われて、慌ててがん専門のクリニックに駆け込んだ。

「とにかく不安なので全身を調べてほしいと先生に訴えました。ところが、線虫検査は未承認なので今後の検査もすべて自費診療になると知らされてぼうぜん……」

 納得がいかずいったんは帰宅したが、後日、人間ドックを受けにクリニックを再訪。胃カメラ、大腸内視鏡検査、腫瘍マーカーを含む血液検査、腹部エコー、乳腺エコー、甲状腺エコーなどをやってもらい、結果はすべて異常なし。

「本当にホッとしました。一度は全身を診てほしかったのでいい機会になったとはいえ、線虫検査で悪い結果が出てからの約1か月は不安でいっぱいでした。

 会社が契約している検査なので疑っていませんでしたが、今では線虫検査ってうさんくさいなと思っています」

便検査さえやっていれば大腸がんは心配なし

 便潜血検査は住民検診や職域健診でも広く行われていて、簡単で科学的根拠がきちんと示された検査法です。

 ただし、この検査には短所もあります。同じ検査を1週あけて繰り返すと、1回目は陽性だった結果が1週間後には陰性になってしまう場合がいくらでもあるのです。

 また、便潜血検査を受けていれば「大腸がんは大丈夫」とも言いきれません。

 この検査は、進行がんによる死亡率を下げる効果は期待できますが、「大腸がんになりたくない」「見つかっても早期のうちに解決したい」という希望には応えていません。

2つの大腸がん検査のメリット・デメリット

 そのためにもやはり、大腸の内部を直接、くまなく観察できる大腸内視鏡検査をぜひ一度は受けてください。大腸がんになる前段階のポリープ(腺腫)を早めに発見して切除できれば、将来的な大腸がん発症のリスクをかなり大きく減らすことができます。

 ただし、医師による検査の上手下手があります。

 下手な医師による検査では患者さんは苦痛を感じるうえ、リスク病変を見逃される可能性すらあります。検査機関を選ぶ際は慎重に。なかには法外な検査料をとる「ぼったくり」同然のクリニックもあるようですから要注意です。

胃がんはバリウムをやっていればOK

 胃がん検診には胃X線検査(バリウム検査)と胃内視鏡検査(胃カメラ)の2つの方法がありますが、バリウム検査のほうは「百害あって一利なし」です。その理由をいくつか挙げておきましょう。

 まず1つは、バリウム自体の不快感が強いことです。人によってはバリウムが大腸に張りついてしまい、便秘や腹痛、最悪の場合は腸閉塞を起こすケースすらあります。

 さらには、検査によるX線の無駄な被ばくです。バリウム検査による放射線被ばく量は、胸のX線写真の50倍以上にもなるといわれています。

 こうしたリスクがあるにもかかわらず、診断できる範囲は何枚かの写真判定で行われるため非常に狭いのです。

 もっと言えば、バリウム検査で仮に要精密検査と判定された場合、結局は胃カメラを受けることになります。身体への負担を総合的に考えれば、バリウム検査を毎年受けるくらいなら、2〜3年に1度でもいいので胃カメラに切り替えたほうが身のためです。

 もちろん、胃カメラでも医師によって上手下手があるのは言わずもがなですが。

胃がんはバリウムをやっていればOK(イラスト/小島サエキチ)

たばこを吸わないから肺がんは大丈夫

 喫煙は「確実」ながんの危険因子です。しかも、肺がんだけではなく、乳がん、大腸がん、胃がんをはじめ、他のすべてのがんのリスクになります。

 何よりも問題なのは、たばこをまったく吸わない人でさえも肺がんのリスクにさらされてしまう「受動喫煙」です。

 こうした状況を受けて、2020年4月からは改正健康増進法が施行され、受動喫煙が全面禁止になりました。

たばこはがんの明らかなリスクに ※画像はイメージです

 これは科学的な根拠に基づいた決定策であるにもかかわらず、嗜好としての「たばこを吸う権利を奪うな!」と主張するスモーカーの政治家や著名人もいるようです。

 その人たちが周囲の人に肺がん発症リスクを与えていい権利まではありません。

お酒は少ししか飲まないから肝臓がんは平気

 飲酒が人生の楽しみだという人もいるでしょう。けれども喫煙と同じく飲酒も、すべてのがんについて危険因子になっています。

 とりわけ、お酒を飲むと顔がすぐに赤くなりやすい「フラッシャー」の人は要注意です。というのも、日本人の4割を占めるフラッシャーの人にとっての飲酒は、食道がんや頭頸部がん、そして肝臓がんの発がん物質を飲んでいることと同じだからです。

 アルコールが体内で分解されていく途中で、アセトアルデヒドという有害物質が生まれます。二日酔いによる頭痛や吐き気、動悸はこの有害物質が原因で、発がんの危険因子でもあります。

 ところが「フラッシャー」の人の多くは、アセトアルデヒドを無害な酢酸に分解するために必要な酵素がよく働きません。

 そのため血液中にアセトアルデヒドがたまりやすく、発がんのリスクが高まるのです。そんなに量を飲んでいない人でも要注意なのです。

 また、フラッシャーではなくても、女性は男性よりもアセトアルデヒドが血液中にたまりやすく、アルコール依存や肝臓の障害を起こしやすいとも言われています。くれぐれも、節度ある飲酒を心がけてください。

お酒は少ししか飲まないから肝臓がんは平気(イラスト/小島サエキチ)

運動にがん予防効果はない

 仕事や運動などで身体活動量が高い人ほど、確実に大腸がんの発症リスクを減らすことが国際的な研究評価で報告されています。ほかにも、乳がんや子宮体がんでも、運動による予防効果の可能性が高いといわれています。

 日本人の研究では、男性では大腸がん、肝臓がん、膵臓がん、女性では胃がんの発症リスクが日々の運動によって低下することが報告されています。

 運動は、がんだけでなく心疾患のリスクも下げるので、日常生活の中で無理のない範囲で身体を動かす時間を増やしていくことはとてもいいことです。

 具体的な運動の目安は、65歳までの人は、毎日60分のウォーキング、ほかに息がはずみ、汗をかく程度の運動を1週間に60分は行うことが推奨されています。

 65歳以上の人は、無理のない範囲で歩行レベルの運動を毎日40分ほど行うことがすすめられていますので、ぜひ、がん予防のためにも習慣にしてみてください。

実例コラム:「45歳男性、会社員のBさん」

 検診に選択肢があるなんて……。

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 毎年、会社の健診で胃のバリウム検査をやっているBさん。バリウムを飲んで台の上でぐるぐる回されるのが苦手だったが、胃がん予防のために仕方ないと思っていた。ところが……、

「友人と健康診断の話になったときにバリウムを飲んでると言ったら、『まだバリウムなんてやってるの?』と笑われてしまったんです。よく調べてみたら、自治体で受ける検診は胃カメラも選べるとわかって、驚きました」

 Bさんの会社の健診の場合はバリウムと胃カメラのどちらかを選ぶことができないため、来年からは人間ドックを受けるつもりだという。

「てっきりバリウムを飲むのが当然だと誤解していましたよ。よく調べないとダメですね」

大場大先生●東京目白クリニック院長。外科医・腫瘍内科医。がん研有明病院、東大病院勤務を経て開業。順天堂大学病院の講師も兼任。
教えてくれた人……大場 大先生●東京目白クリニック院長。外科医・腫瘍内科医。がん研有明病院、東大病院勤務を経て開業。順天堂大学病院の講師も兼任。

(原稿協力/冨田ひろみ)