4月から、NHK受信料を払わない人への割増金が受信料の2倍になるというが…

 この4月からNHKの受信料を払わない人への割増金が受信料の2倍になることについて、「罰金2倍」とタイトルづけしたさまざまな記事が出ている。そうなるのは間違いないが、少々あおりすぎ、脅しすぎに思える。4月になった途端あちこちで次々に割増金の“犠牲者”が出る、なんてことはないだろう。

 料金に限らずNHKの施策については総務省が主催する有識者会議で議論され大筋が決まることが多い。今実施されていることは、2020年4月から2021年1月まで開催された「公共放送の在り方に関する検討分科会」で議論されたことが、2022年10月に施行された改正放送法で具体化されることになった。

受信料未払い者は「2倍の割増金」に?

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 この「検討分科会」は「放送を巡る諸課題に関する検討会」を親会とする分科会で、親会のほうも名称は「諸課題」だが事実上はNHKによるネットでの同時配信がテーマだった。こちらは2015年から2020年まで長々と議論が続いた。

 その分科会なので、NHKがネット展開するのはいいが、その分やるべきことをやりなさいという趣旨にみえた。具体的には、三位一体改革(NHKの業務・受信料・ガバナンスの3つをセットにした改革)を進めよ、という内容だ。業務の見直しの中で、受信料を徴収する営業経費が増えていることが課題とされ、また受信料について未払いの人からも徴収しないと不公平になることも解決が求められた。

 そこでまず出てきたのが、訪問要員による料金徴収をやめることだ。NHKの受信料徴収は、外部企業や訪問要員に委託もしていたが、それをやめることで305億円も経費が削減できるという。訪問の要らない効率的営業活動にするために「受信設備の届出義務」を制度化し、「受信設備設置の翌々月末」を届出の期限とする。それを守れない対象者には「2倍の割増金」が請求される可能性があるのだ。

 そう聞くと、やはり恐ろしいと感じる人もいるだろうが、早合点しないでほしい。翌々月末までに届出がないと「割増金を請求することができる」のであって、届出がないと即請求とはならない。「個別事情を総合勘案しながら適用していく」そうなので、遅れている理由を釈明することはできるだろう。またそもそものNHKの基本姿勢を「受信料の意義をご理解いただき納得してお手続きやお支払いをいただくという、これまでのNHKの方針に変わりはありません」とあらためて打ち出している(こうした考え方は2022年10月11日付の「『日本放送協会放送受信規約』の一部変更について」が整理されていてわかりやすい)。

 これだけ言っておいて「はい、期限過ぎました。即、割増金です! 2倍です!」とはならないだろう。検討分科会でも、有識者の皆さんが「公共放送としての基本姿勢」を守るようにと確認しながら進めているので、「いきなり2倍」とはならないはずだ。

訪問に頼らず「公共放送の受信料徴収」は可能?

 さらにここからは私見だが、訪問に頼らずに「公共放送の受信料」のような概念的な料金を徴収できるのか、大いに疑問を感じている。305億円もかかっていたというが、7000億円の売り上げを稼ぐ民間企業の場合、営業部門はかなりの人員数になるはずだし、広告宣伝費や販売促進費は300億円では済まないだろう。7000億円の受信料収入を得るのに、1割程度の営業経費がかかるのは仕方ないのではないか。

 先述の料金徴収についての基本姿勢を保ちながら受信料を契約してもらうには、訪問要員が一軒一軒のお宅を回ってテレビのアンテナがあることなどを確認して「ごめんくださーい」と訪問することが必須だったのではないか。「そもそも公共放送というのは」とか「受信料はNHKを見る対価ではなく」などわかりにくい理屈を説明する“人間”が介在する必要があると私は思う。

 実は私は数年前になぜかNHKのある地方局の依頼で、訪問要員(会社として請け負うところもあった)の皆さんの前でNHKの置かれている状況を講演したことがある。正直私も、NHKの訪問要員トラブルの例も聞いていたので、荒っぽい人もいるのではと懸念したが、みなさん真面目そうな人たちばかりで熱心に話を聞いてくれた。何人かは残って質問に来たりもした。訪問先で説明する題材にしたかったのだと思う。なるほどなと思った。NHKの受信料というわかりにくいお金を払ってもらうには誠実さ、真面目さが必要なんだなと納得したのだ。トラブルも一部にはあるが、大半は真面目な人たちなのだろうと感じた。

 それをポスティングや郵送で設置届を促すことで代替できるのか。「誠実な説得」が必要な契約を、書面を送ることで果たして応じてくれるのか。「放送等を活用した周知」も行うというが、未契約者は一人暮らしを始めたり結婚して新居を持ったりした若者世帯が中心だろうから、放送をほとんど見ていなくて周知にはならない。放送と書面でのアプローチに「割増金2倍」が加わることで紙の上で安心しているだけに思えて仕方ない。実際に「お金を払ってもらう」のは、大変なことなのだ。

 外注営業費の削減は、この1月で任期を終えたNHKの前会長、前田晃伸氏が自分の功績の一つとして語っていたが、私には逆に大きな負の遺産に思えてならない。

NHKの目指す「公共メディア」とは

 ただ今回の「2倍騒動」も、過渡期の1ステップにすぎない。実はまた2021年11月から総務省の有識者会議「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」がスタートしており、その分科会として「公共放送ワーキンググループ」という会議体も2022年9月から始まっている。ここではNHKの同時配信の次のステップとしての「インターネット活用業務」が議論されており、まだまだ途中だが、いずれ受信料の新たな形についても議論されるだろう。ただ傍聴していても見えてこないのは、NHKはインターネットで同時配信以上に何がやりたいのかだ。もちろんネットでもNHKのニュースサイトはあるし、「NHK政治マガジン」や「NHK取材note」などはストレートニュースをさらに深く理解できていい。ただ、現状はやはり放送がメインで同じ内容をネットで流し、あとは補足コンテンツとしているように思える。

「公共メディア」を目指すというが、実際には「公共放送+ネットで補足」にしか見えないし、だったら放送に対する受信料のままでいいじゃないかと言いたくなる。だがもちろん、それではいずれ誰も見なくなってしまう。NHKはネットで何をしたいのか、公共メディアとはどんな姿なのか。それが示されて初めて「だったらこういう料金体系だ」と議論ができるのではないだろうか。

 そしてそれは結局、NHKだけでは示せないとも思う。走りながら、人々と共に作るしかないからだ。誰も放送の次の形は知らないし、みんなで考えるものだと私は思う。今すべきは、国民を柔らかく巻き込んだ議論ではないだろうか。


境 治(さかい おさむ)Osamu Sakai
メディアコンサルタント
1962年福岡市生まれ。東京大学文学部卒。I&S、フリーランス、ロボット、ビデオプロモーションなどを経て、2013年から再びフリーランス。エム・データ顧問研究員。有料マガジン「MediaBorder」発行人。著書に『拡張するテレビ』(宣伝会議)、『爆発的ヒットは“想い”から生まれる』(大和書房)など。Twitter:@sakaiosamu