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 今年で創業158年となる老舗旅館の温泉から基準値の3700倍となるレジオネラ菌が検出された。旅館では大浴場の湯の入れ替えを年2回しか行っていなかったというのだから、開いた口が塞がらない。もしかしたらホテルにも似たような事例があるのかも……。取材を進めると、おぞましい実態が明らかになり―。

「これからどう再建していくのか……旅館運営会社の前社長も亡くなってしまい、ニュースを見て胸が締めつけられる思いでした」

湧出量の関係から“浴槽の湯をすべて抜けない”ところも

 2月に福岡県の老舗旅館『大丸別荘』の大浴場のお湯から、基準値の3700倍となるレジオネラ菌が発見された。湯の入れ替えは年2回しか行っておらず、塩素による消毒も怠っていた。冒頭で話すのは『温泉教授』の愛称で知られる松田忠徳さんだ。話を続ける。

前社長が会見で“レジオネラ菌は大した菌ではないと思っていた”と話したのを聞き、衝撃でした。とんでもなく甘い認識ですよ

 松田さんは20年以上にわたり温泉施設などで基準値を超えるレジオネラ菌が検出されたニュースを追ってきたという。

レジオネラ菌に関するニュースは、1週間に1回は報道されている印象です。その報道の頻度が長年にわたって変化がないことから、私はほかにも適切な清掃を行っていない施設はたくさんあると思っています。何人もの命が失われた事例もあるだけに、徹底した清掃を心がけてもらいたい」(松田さん)

 レジオネラ菌は土壌や河川など自然界の至るところに存在する細菌で、20℃から50℃の水温で繁殖する。菌を含む細かな水滴を吸い込むと感染し、肺炎などの症状を引き起こす。最悪の場合は死に至ることも。

 菌の繁殖を防ぐため、自治体によって異なるが、源泉かけ流しの温泉なら毎日、循環ろ過をしている温泉なら週1回以上、お湯を交換するよう条例で定められているところが多い。しかし、温泉事情に詳しい旅行業界関係者は、

「まじめに清掃を行い、清潔な温泉を提供している温泉施設が圧倒的に多数ではあるんです」

 と前置きしたうえで、こんな話を明かす。

「循環ろ過しているお湯を完全に抜いて入れ替えるのが年2回というのを、家庭のお風呂に置き換えたら恐怖でしかありません。でも、そういった旅館が少なからずあるのが実情です。とある源泉かけ流し温泉の旅館は、お湯を完全に抜いて清掃するのは“月1回”と話していました。湧出量の関係から“浴槽の湯をすべて抜けない”と話すところもありました

源泉かけ流し=絶対に清潔という認識は捨てるべき

 源泉かけ流しなら新鮮なお湯が次々と流れて入ってくるから湯船はキレイなのでは?

それは大きな間違いです。浴槽の上部から湯が注がれる風呂では、結局は新鮮な湯が浴槽の上面を滑ってあふれるだけで、浴槽の底にあるお湯は滞留しがちです。つまり古いお湯がずっと残り続けていくことになる。浴槽の隅には髪の毛などのゴミや人の垢がたまりやすく、湯を抜いて清掃を行わなければ汚れはたまり沈殿していく。源泉かけ流しだから“絶対に清潔だ”という認識は捨てるべきです」(同・旅行業界関係者)

 さらには、温泉成分が結晶化した“湯の花(=スケール)”も危険だという。

温泉の湯口まわりなどに付着している白や茶色の塊がスケールなのですが、これがレジオネラ菌の温床になる。浴槽の中にある場合は特に危険です。取り除かないと、細菌の“巣”を完全に退治することはできません。スケールを“風情だから”と、あえて残す旅館もあるようですが……」(同・旅行業界関係者)

 ある清掃会社の社長から、こんな話を聞いたとも続ける。

《温泉成分で足元が滑りやすくなっております》と書かれている風呂場がありますが、これは“たんに清掃が不十分なだけ。強アルカリ性のぬるぬるした泉質の温泉でも、キッチリ清掃すれば滑らない”と言っていました。ただ、清掃は重労働で人件費もかかります。仕事が忙しく、家族経営の旅館では、なかなか手が回らないこともある。そういった現状も知っておいてほしいとは思います」

 人の命に関わる事態に発展する危険性もあるだけに、適切な清掃を心がけてもらいたい。さらに気になるのは、ビジネスやレジャーで利用するホテルの衛生面について。

信用できない……というのが正直なところです。私がホテルを利用するときは、使い捨てのものしか使用しません

 こう話すのは、都内のホテルで働く現役女性従業員だ。

コロナ禍の影響で経験のある清掃員が解雇され、今はまったく人手が足りていないんです。そのため、多くのホテルが使用済みの部屋を清掃しきれず、全室稼働できない苦しい状況に置かれています。過酷なのに薄給な仕事ですから、働いているのは外国の人ばかり。文化が違いますから、日本的な規範意識のもと清掃が行われているかというと疑問が残ります」(同・女性従業員、以下同)

 そして、衝撃の事実について明かしていく。

一番イヤだなと思ったのは浴室です。簡単に清掃したあと、お客様が使ったシーツで水滴を拭きあげることになっています。誰が、どんな状態で使ったかわからないシーツで拭かれた浴槽って気持ち悪いですよね。なのでシャワーを使うときでも、必ず浴槽を洗ってから使っています。お湯をためて湯船につかることは絶対にしません」

掛け布団をクリーニングに出すのを見たことがないホテルも

 問題点はほかにも。

「今の勤め先は半年に1回、掛け布団をクリーニングに出していますが、以前勤めていたビジネスホテルではクリーニングに出すのを見たことがありません。費用がかさむからなのでしょうけど、干すこともしなければ、布団乾燥機を使うこともない。シーツをかけるとはいえ、洗わないのは不衛生だと思います」

 厚生労働省は、布団は6か月おきに洗うことが望ましいとする指針を示している。

挙げればキリがありませんけど、客室にある電気ケトルも要注意。以前、韓国人のお客様が電気ケトルにラーメンを入れて食べていたことがありました。臭いがとれなかったので捨てましたけど、実際どんな使われ方をしているかわかりません。使った形跡があっても、水を切って拭くだけです。コップなんかも、清掃員がちゃんと洗っているのかわかりませんし……

 ラブホテルで清掃員をする男性は、こんなことを言う。

浴室と部屋にあるコップを、客が使ったタオルで拭くことはあります。そして消毒もせず“消毒済み”と書かれた袋をかぶせるんです。1部屋30分で片づけないと仕事が終わりませんから、消毒なんてしてる余裕はありませんよ

 数年前に静岡県内のリゾートホテルで働いていた女性は、

「最近は使い捨てが多いですけど、使い回しているスリッパは拭きもしないし消毒もしていません。そろえて“消毒済み”と書かれた紙をつけるだけ。もちろん私は使わないようにしています。だって、水虫がうつりそうだし」

 と笑顔で話すが、ウソの表示までしているというのだから笑えない……。

「これらがすべてのホテルで行われているわけではありません。キッチリ清掃している宿泊施設も、ちゃんとありますよ。ただ、結局は人間のやることなので過信しないことが大事なのだと思います」(前出・女性従業員)

 GWも間近だが、あなたが泊まるホテルは大丈夫?

松田忠徳 旅行作家。“温泉教授”の愛称で知られ、温泉学の第一人者。著書に『おとなの温泉旅行術』(PHP新書)、『温泉力』(集英社インターナショナル)などがある