3回目のスピード離婚を発表した遠野なぎこ。今月『アウト・デラックス』(フジテレビ系)に出演した際のやせた姿が話題に

 摂食障害は母子関係の問題によって起きる。かつてはそう言われることが多かった。精神医学が母子関係を重視することに加え、有名人の症例や騒動によるところも大きい。

摂食障害の娘に母ができること

 カレン・カーペンターが亡くなったあとには、彼女の母が息子(カレンの兄)を溺愛して、娘の自由を阻害したことが影響したのではと報じられた。

 宮沢りえの激やせが注目された際には、ステージママでもあった母との関係が取り沙汰されることに。母は娘を産むとすぐに離婚し、娘を姉(りえの伯母)に預け、ふたりは数年間、別居状態だったという。

 近年では遠野なぎこが摂食障害をめぐる葛藤を公表。2014年の著書摂食障害。食べて、吐いて、死にたくて。では、母に「吐いてやせる」ことを教えられたなどと赤裸々な告白をした。

 子役デビューから中学生時代にかけて、

「女はね、体重が50キロを超えたら終わりよ。ただのブタ」
「そんな丸くなっちゃってさ、それでテレビに出られるとでも思ってるわけ?」

 といった言葉を浴びせられ、そんな母も摂食障害だったはずと彼女は綴っている。

 遠野の葛藤が始まったころには衝撃的な事件も起きた。1991年、拒食症の当時高1の娘を母が殺し、中2の息子を道連れに入水自殺したのだ。

 報道では「母子があまりにもベッタリしていた」(近所の住民)、「むしろ母親のほうに問題があった」(医師)といった証言が紹介され、遺書のようなメモには「これ以上ボロボロになっていくのを見ていられない」とあった。母は「あの子のことは自分にしかわからない」という態度で、時々「死にたい」と漏らしていたという。

 一方で娘は前年、拒食症が始まったと思われる時期にこんな詩を書いている。「母はかわいい」「母の子だから私もかわいい」「母は、強い」「母の子だから私は、強い」「私はその手を、尊敬している 憧れている」といったフレーズがちりばめられた母へのオマージュだ。

 ただ、その中にはこんな一節もある。

「最近、長い髪に白髪が目立つ ごめんなさい 増やしたのは私 だから 気がゆるむと、心がふらふらすると 白髪の母が見ているようで しっかりしなくちゃって気をとり直す それが私がいい子な理由」

摂食障害の末に亡くなったとされるカレン・カーペンター(左)

摂食障害は母子関係と結びつけられることが多い

 母子の距離が近すぎ、一体化への願望が過剰だったことが悲劇につながったのではないかと、こんな分析もされた。

「こういう病気の子どもが出る家庭は、はた目には幸福そうに見えるが、あまりにも『家庭的』であることに執着しすぎるところがある。母親は、子どもの気持ちを理解できなければ親ではない、などと真正直に考えてしまう」(精神科医)

 このように摂食障害は母子関係と結びつけられることが多く、それは今も続いている。この連載の第4回で触れたドラマ『リエゾン―こどものこころ診療所―』(テレビ朝日系)でも、拒食症の娘を持つ母が主治医の前でこう嘆いていた。

今年1月から3月に放送されていた『リエゾン』(テレビ朝日系)。さまざまな症状の患者を優しく見守る先生(山崎育三郎)が好評だった

「ネットで調べたら、摂食障害は親の責任だ、なんて記事もあって。でも私、何もできなくて……」

 また、一昨年『スッキリ』(日本テレビ系)でコロナ禍による摂食障害の増加が取り上げられた際、ダイエットで約20キロ(54キロ→30キロ台半ば)やせた娘の変化に気づけなくて後悔しているという母が登場。これに対しSNSでは「私の母は5キロ減った時点で気づいた。会話をしていないか、子どもを見ていないか、それだけだと思う」といった批判が視聴者からも飛び出した。

 では実際、“摂食障害は母親のせい”なのか。いや、原因は複合的だ。

 きれいになりたい、褒められたい、誰かに勝ちたい、自分をコントロールしたい、ストレスを紛らわしたい、心の傷を癒したい、大人になることや生きることから逃げたい、などなど。そこには大なり小なり、この世から消えてしまいたいという衝動も潜んでいる。

 すなわち、摂食障害における「やせたい」には「消えたい」や「死にたい」の感情が含まれるところもあり、それが言葉として発せられることが多い。そこがいっそう周囲を不安にさせ、原因追及へと焦らせるのだ。

 その焦りは時に、犯人捜しをエスカレートさせる。が、犯人捜しだけでは解決しないので、そこにこだわりすぎるのは逆効果。それよりはもっと未来につながることを考えたほうがいい。そこで役立つのが、実は母子関係なのである。

 というのも、人間が生まれて初めて出会う他者は母。いや、それ以前から母の中で育ち、生まれてからも母によって育てられる部分が大きい。乳やミルク、離乳食などを与えるのももっぱら母であり、育児においては父よりもはるかに重要な立場にある。

 また、摂食障害は女性がかかりやすい病気でもあり、根底には女性性をめぐるもつれも隠されていたりする。母は娘にとって女性的成熟の見本にも反面教師にもなるわけで、最も身近な女性同士が協力し合うことが好転をもたらしやすいのだ。

 そこに着目した治療法に、再養育療法というものがある。摂食障害のやせ願望に「幼児期への退行」的な衝動が働いているとして、母に子の「育て直し」をさせるというやり方だ。

 幼子にするようにして食べさせたり、添い寝をしたり、一緒に風呂に入ったり。成長過程のどこかで傷ついたり、つらい目に遭ったりしたことが病因になっているケースも多いので、そうなる前に戻り、成長をやり直すという発想でもある。

 ただ、前出の母子無理心中事件や遠野なぎこのケースのように、母親が不安定すぎると、なかなか難しい。心中事件の母もそうだが、遠野の母も昨年自殺した。「やせたい」の裏に隠された「消えたい」という願望を母も同様に、あるいは娘以上に抱えてしまったわけで、こうなると共倒れにもなりかねない。

摂食障害を持つ人との付き合い方は?

 自殺といえば、興味深い話がある。『完全自殺マニュアル』の著者・鶴見済はこの事件が起きた当時、雑誌のデータマン的な仕事をしていた。そして、家族でただ一人遺された父親のコメントを取るように言われ、その際にいろいろと考えたことが本を書く動機にもなったという。

 本のあとがきには、こう記されている。

「『強く生きろ』なんてことが平然と言われている世の中は、閉塞していて息苦しい。(略)だからこういう本を流通させて『イザとなったら死んじゃえばいい』っていう選択肢をつくって、閉塞してどん詰まりの世の中に風穴をあけて風通しを良くして、ちょっとは生きやすくしよう、というのが本当の狙いだ」

 実は摂食障害の人にはこの本の愛読者も多い。「イザとなったら死んじゃえばいい」というところが、彼女たちのやせ願望と通じるからだろう。緩慢なる自殺とも呼ばれる病気だが、死に少し近づくことで「消えたい」気持ちをいくらか紛らわせるのだ。

 周囲はそこを躍起になって「生きたい」という方向に引き戻そうとしがちだ。ただ「北風と太陽」の北風方式ではなかなかうまくいかない。「消えたい」気持ちに寄り添い、自らは流されずに、「生きるのもまんざらでもないな」といった気持ちになるのを待つような太陽方式のほうが効果的だろう。

 ネットにあふれる、摂食障害の子を持つ母親のブログを見ても、「上から」ではなく、おたがいの個性を認め合うような関係性を築けているケースのほうが好転しやすい印象だ。また、この病気を通して母と子の絆が強くなるケースも多く見かける。

 やはり母と子にしかできないことが世の中にはあるのだ。人間という生き物を未来へとつなぐ根幹は、母子関係なのだから。

加藤秀樹(かとう・ひでき)●中2で拒食症の存在を知り、以来、ダイエットと摂食障害についての考察、その当事者との交流をライフワークとしてきた。著書に『ドキュメント摂食障害―明日の私を見つめて』(時事通信社)がある