フリーアナウンサー・武田真一(55)※撮影/廣瀬靖士

「番組が始まってこの1か月、本当にあっという間でした。民放という新しいフィールドで、すべてが新鮮で楽しいですね。うまくいったこと、いかなかったこと、毎日いろいろあって。試行錯誤の日々で、まだ詳しくわかってはないけれど、今後は数字も強く意識していかなければと思っています(笑)」

NHKを退職した武田真一アナウンサーのキャリア

 穏やかな声でこう語るのは、武田真一アナウンサー(55)。今年2月末、NHKを早期退職。4月にスタートした日本テレビの情報番組『DayDay.』にレギュラー出演し、総合司会を務めている。

 NHK屈指の人気アナウンサーとして知られ、“好きなアナウンサーランキング”では並みいる民放の名物アナを抑え、例年上位にランクイン。2016年にはNHK紅白歌合戦の総合司会も務め、柔らかく安定感ある語り口でお茶の間に広く親しまれてきた。人気・実力共に兼ね備え、キャリアは安泰かと思えたが─。

「あと数年で定年という年齢になって、旅の終わりが見えてきた。この年代のサラリーマンはみなさんそうだと思いますが、残された数年間をどう過ごそうかと考えたとき、やっぱり新しい世界が見たいと思ったんです」

 1990年、NHKに入局。ディレクター志望での応募だったが、アナウンサー枠で採用される。『NHKニュース7』『クローズアップ現代+』と局の看板番組のメインキャスターを長年務め、エグゼクティブ・アナウンサーの地位まで上り詰めた。

 2021年からは大阪放送局に赴任し、『列島ニュース』『ニュース きん5時』に出演すると同時に、専任局長として大阪局の組織運営を手がけている。

「あのままNHKにいたとしたら選択肢はいろいろあって、引き続きアナウンサーとして番組を担当することもできたでしょうし、NHK全体の組織運営に携わっていくこともできたでしょう。でも大阪で町工場や地元の小さなお店、地域で社会貢献されている方々を取材して、みなさんこうして日々頑張っているんだ、社会を動かしているんだと心打たれた。ニュースではさんざん伝えてきたけど、自分自身は大きな組織にいて、そういう経験を一度もしないまま世間さまにモノを言うのはおかしいのではないかと考えて……」

 33年間勤めたNHKを辞め、フリーに。個人事務所の代表兼マネージャーを務める妻と共に、二人三脚で歩き始めた。

「フリーという明日はどうなるかわからない身になって、先の見えない大海原に漕ぎ出してみようと思った。妻は退職について反対は一切せず、不安もまったく口にしませんでした。人生は一度きりなんだから、やりたいならやってみたらいい、と強く背中を押してくれました。サラリーマン時代は朝、家を出てそれきりでしたけど、今は妻と24時間ずっと一緒に過ごしています」

フリーアナウンサーとして働くプレッシャー

フリーアナウンサー・武田真一(55)※撮影/廣瀬靖士

 NHK時代とは生活も意識も変わった。番組は月曜~金曜の朝9時からで、局入りは朝6時半。打ち合わせを経て、2時間強の生放送に臨む。

「実は朝の番組を担当するのはこれが初めてなんです。寝坊=番組に穴をあけることになる。月給ではなく一本いくらで仕事をしていますし、ものすごいプレッシャーですよね。朝は5時半起きで、夜は10時に寝るようにしています。お酒も平日は控えようと思っているけど……、ついつい飲んじゃいますね。といっても夕方にビールを一杯飲むくらいで、寝るころにはもう醒めている感じですけど(笑)」

『DayDay.』のキャッチコピーは“おしゃべり感覚で見られる爽快・情報エンタメトークショー”。スタジオでゲストを交え、肩のこらないトークを繰り広げていく。“報道のエース”といわれたNHK時代とは違い、扱う情報も芸能ニュースやトレンド、街ネタと硬軟幅広い。SNSには「NHKを辞めてこんなことがやりたかったの?」という声も寄せられたが、そこですかさず「そう! そのとおりだよ。これがやりたかったのですよ」と返す一幕も。

新しい番組を作ること、お喋りをすること。僕がやりたかったのはこの2つで、みなさんと自由にお喋りできる番組を作りたいという思いがありました。今の時代は何か言うとすぐ炎上するので、お喋りすることに臆病になっている人も多いはず。そうではなく、お喋りの価値を高めたい。何を言ってもいいんだという心理的安全性があり、その上で互いに言葉を重ね、新しい理解や発見、価値観を生み出していけたらと。日本は資源もないし、今後は新しいアイデアで勝負しなければいけない。その源泉になるのがお喋りだと僕は思っているんです」

報道とお笑いの作法の違いを実感

フリーアナウンサー・武田真一(55)※撮影/廣瀬靖士

 MCのパートナーは南海キャンディーズの山里亮太。芸人とのタッグも初めての経験で、「山ちゃんはもう“スゴイ!”のひと言です」と大絶賛。番組冒頭はMCのトークから始まり、そこでの気づきも多いという。

「山ちゃんは相手が言ったことに対して瞬時に違う方向から光をあてて返してみせる。単にボキャブラリーが多いだけではなく、話術の天才だと思うし、よくこんなに面白いことが次から次へ繰り出せるなと舌を巻いてしまいます」

 “相方”からのツッコミの洗礼も、「最初はどうしていいかわかりませんでした」と苦笑い。報道の作法とお笑いの作法もまた違う。

「お笑いの構造というのがあって、例えば“いやー、山ちゃんは本当にスゴイよ!”と褒め合う芸があるんですよね。最初は素直にお互いリスペクトし合っているんだなと思っていたけれど、実は“そんなにハードル上げないでよ!”というオチだった。それを僕だけわかっていなかったんです」

 一方、ここぞの有事には報道歴33年の手腕を発揮。北朝鮮が弾道ミサイルを発射した際は臨時ニュースを落ち着いた声音で伝え、“さすが!”と話題を呼んだ。番組における自身の役割をこう話す。

「いろいろなニュースを見てきたので、そこで培った自分なりの物の見方や情報を加えていけたらと思っています。ただ放送というのは実績があるからできるというわけではなくて、毎日扱う情報も違えばみなさんの価値観もアップデートされていく。そこについていくのに精いっぱいで、過去の実績に自信を持っている暇がない。常に自分をアップデートしていかなければいけない。それがこの仕事をしていて一番学んだことかもしれません」

 報道のエースから朝の情報番組の顔へ。新たなチャレンジが続くが、日々のちょっとした息抜きはというと?

「ギターです。毎日家でぽろぽろ弾いています(笑)」

 中学で音楽に目覚め、「将来の夢はロックンローラーだった」という筋金入りのロック少年。高校時代はバンドを組み、ギター歴は30年に及ぶ。

「ザ・スミスのジョニー・マーが大好きで、30年間ずっと彼の曲を弾き続けています。ギターはマーティンのアコギとギブソンのセミアコとフェンダーのジャガーの3本持っていて、ジャガーはここ最近、メルカリで購入しました。退職記念のご褒美です」

 と、この日一番の大きな笑顔。『DayDay.』がスタートして1か月あまり。「現時点の手応えは?」の質問に「まだまだ模索状態です」。理想の番組を目指し手探りの日々が続く。

「世間の評価というのはなかなか難しく、やはり誰もが面白いと思うことは一朝一夕にできるものではない、というのはわかっています。今いろいろなコーナーにチャレンジしているところで、“これは『DayDay.』ならではだよね”という企画が生まれ、育てていければと思っていて。目指すのは『DayDay.』をお喋りの価値を具現化する場にすること。そしてゆくゆくは日本テレビの朝の看板番組にしていきたい。それは僕だけではなく、山ちゃんやスタッフの思いも同じ。これまでやってきた仕事の一つの集大成として、しっかり取り組んでいこうと思っています」

<取材・文/小野寺悦子>