日本で一番売れたアーティスト、B'z。35年もの間、トップを走り続けてこられたのはなぜでしょうか(画像はWOWOW公式サイトより)

 今年35周年を迎えるB’z。7月12日に6年ぶりのシングル『STARS』が発売され、圧倒的な強さを見せつけている。

 初動の推定売り上げ枚数が7万7648枚でオリコンデイリーシングルランキング1位を獲得(2023年07月11日付)。『STARS』は前作の『声明/Still Alive』の初動枚数(6万1381枚)を超えてくるあたり、パワー健在を感じずにはいられない。

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 これまでのCD総売り上げは約8300万枚、その中でもベストアルバムは1000万枚超を記録している(音楽情報会社オリコンによるとCDの総売り上げ日本一)。

 激しいサウンドと稲妻のようなシャウト。圧倒的なオーラ。バンド名を聞くだけで“高まる”のはもちろんなのだが、ホッと和む感覚も来る、不思議なアーティストである。

 彼らに感じるこの安堵感のもとはなんだろう。そのキーワードを手繰ると、「普通・日常」に行きつくのである。著名人の人生を紐解くYahoo! JAPANのインタビュー「RED Chair」シリーズに稲葉浩志が登場した際、彼の発言で印象的だったのが「自分=普通」という連想の言葉だった。

 6月21日に発売された稲葉浩志作品集『シアン』(KADOKAWA)では、こんな一文も。

「普通の人の視点で力強く歌う、っていうスタイルです」

稲葉浩志の持つ「リスペクト」と「コンプレックス」

 サウンドはゴリゴリに激しいのに、歌詞を読むと、主役はまさに“普通の青年”。「~しちゃいましょう」などとイキがってはいるけれど、不安や悩み、空回りも多く、そのさまがストレートに描かれる。

 新たな街で、馴染める場所を作り出す難しさと楽しさ。己のコンディションで、やさしくもなるし、けわしくもなる街の風景に一喜一憂する姿である。その暮らしの中で、自分は1人じゃないと思わせてくれるのは「君」。「君」がいる景色こそHOME、と歌う。

 街にのみ込まれないように、夢に溺れないように。大好きな人と「手をつなぐ」ことを幸せとする、ささやかさ。その世界観は、ちょっと内山田洋とクール・ファイブの『東京砂漠』(1976年)とリンクするような、昭和歌謡が持つ密と重みを感じる。それが、松本孝弘のギターと稲葉浩志の声に乗ると、新時代に馴染み、温かな居場所が見えるのである。

 愛されるより愛する。「君」に届くよう必死に手を伸ばす。稲葉浩志の歌詞に一貫する「謙虚で追いかける視線」の源泉になっているのは、パートナーである松本孝弘の存在なのだろう、と思う。

 B’z結成のきっかけは、すでにヒットを飛ばしていた、小室哲哉率いるTM NETWORK(以下、TMN)のサポートメンバーをしていた松本孝弘が、自分のバンドを作ろうと一念発起したことにある。当時のプロデューサーだった長戸大幸を介し、“お見合い結婚のように”デビュー前の稲葉浩志を紹介されたのがスタートだ。

 デビューしたのは1988年。同年デビューはエレファントカシマシ、シャ乱Qにウルフルズ、Wink、SMAP等など、非常に彩り豊か。光GENJIと長渕剛がヒットチャート首位を争い、アイドルはもちろん、瀬川瑛子やチョー・ヨンピルなど演歌、歌謡曲勢も人気だった。

 ランキングにはさまざまなジャンルが混在し、8センチCDという摩訶不思議なメディアが登場……。小室哲哉が渡英し、その後のプロデュース業への布石を打っていたのもこの年。音楽シーンの交差点ともいうべき興味深い年であった。

 稲葉浩志は、YouTube番組「MUSIC FUN! × J-WAVE」で公開された蔦谷好位置との音楽対談で、デビュー当時の心境をこう語っている。

「(松本孝弘は)TMNのスケールの大きい、華やかなサポートメンバーをしていて。自分はわりと田舎から出てきて、ロック好きというだけでメジャー感がないというか。そういう自覚があったんです。(松本の)レベルに達するよう、背伸びをする必要を感じていて」

 すでに業界でキャリアを積んでいた松本へのリスペクトと自身のコンプレックス。これらを素直に出したことで、「激しいサウンドと、謙虚で追いかける視線の歌詞」というB’z楽曲の黄金比が出来上がったのかもしれない。

「解散したいと思ったことは一度もない」

 稲葉の“背伸び”は歌詞だけでなく、歌唱面も然り。1994年まで「3人目のB’z」とも呼ばれ、B’zに深く関わっていたアレンジャー、明石昌夫は、その努力の壮絶さを「ブレスの速さだったり息の長さもどんどん成長してるっていうのが、一緒に周っててもすごく思いましたね」と回想している。

 具体的に、『BAD COMMUNICATION』で息継ぎがほとんどできない箇所について言及。

「あの曲カラオケで歌った方はみんな知ってると思うんですけども。あれ息継ぎないでしょ。(中略)最初の頃は稲葉くんはHeyHeyのところ、お客さんに歌ってもらって口だけで、HeyHeyって言いながら息吸ってたっぽいですけども、途中から全部歌えるようになってるんですよね。人間ってすごいですよね。」(Akashi masao Official「明石昌夫の語り場」)

「稲葉ってすごいですよね」ではなく、「人間ってすごいですよね」と表現するところに、規格外の成長をその目で見た人の驚きが漂っている。

 この稲葉の成長に、松本も刺激を受け、まさに切磋琢磨する関係。とはいえ、2人という構成はとても難しい。どちらかが不満を持てば、仲介役がいないため、どんどん心は離れていくだろう。

 さらには、1990年代中~後半の小室ブーム、2000年の歌姫ブーム、2010年のグループアイドルの台頭、CDからダウンロードや配信という音楽文化の移行など、大きな時代の変化の波がいくつもあった。音楽性において、さまざまな“揺れ”を感じても当然である。

 そんな中、解散危機が一度や二度あってもおかしくはないのだが、稲葉浩志は解散について考えたことが「(まったく)ないですね」ときっぱり答えている。

「お互いにリスペクトが生まれるように、切磋琢磨するように、お互いがお互いに最初に評価されたい相手であり続ける、というのは大事かなと思います」(稲葉浩志作品集『シアン』/KADOKAWA)

「最初に評価されたい相手」――。B’zの信頼感の深さが見える。

35年間、ブレない「わかりやすさ」

 こうして解散危機ゼロのまま、B’zは普遍的な表現を、極太のメロディーに乗せ、圧倒的なギターとボーカルで伝えてくる。この最強な信頼感と“わかりやすさ”に太刀打ちできるものはなかなかない。

『ギリギリchop』(1999年)や『ultra soul』(2001年)など驚くようなタイトルもあるが、その奥の意味を考える必要はないのだ、とこれまた安心させられる。難しく考えることなどしなくていい。「なんかすごい」で楽しめばいいじゃないか、と。

 いきなりカタカナ表記や英語が突っ込まれたりする。ダジャレや百人一首もでてくるし、情けない弱音も、照れるくらいのベタな表現もガンガン出てくる。だからこそ、彼らの曲からは、日常の匂いとともに、夢追いや神頼みといったぼんやりとした希望とは違う、切実な想いが伝わるのである。

 もちろん35年の活動の中には、異色作も顔を出す。1994年のアルバム『The 7th Blues』では、これまでの流行に沿ったキャッチーな曲作りとは違い、洋楽路線に振り切っていた。前作に比べ売り上げが芳しくなかったため「暗黒期」とも揶揄されているが、自分たちのやりたい方向にスパークさせたこの作品は、前向きなターニングポイントともいえる。

 2003年頃からは、『BANZAI』(2004年)や『SUPER LOVE SONG』(2007年)など、当時の社会問題を反映させた作品も増えていく。コロナ禍に配信限定で発表された『SLEEPLESS』(2022年)もそのひとつだろう。

 それでも、これらの歌にもやはり、大切にしたい「君」が出てくる。

「正解があるかどうかわからないですけれど、何かしら聞いている方の生活の中の一場面が思い浮かぶことがあったり、『あの時の自分の感情がそのまま歌われている』とか、そんなふうに一箇所でも感じてもらえるといいなというのが、僕の気持ちです」(NHKニュースウォッチ9「B’z稲葉浩志さんが信じる“言葉のチカラ”」)

ライブこそ、B'zの醍醐味とファンは口を揃えて言う(画像はWOWOW公式サイトより)

 彼らの歌はすべて日常の中にあり、共有できる。このスタンスが変わったことはない。

ファンが選んだ、意外な「神ライブ」

 そして最後にもう一つ、B’zがトップを突き進む理由――。7月3日に放送された情報番組「推しといつまでも」(MBS 毎日放送)でB'zが特集されていたのだが、これがとても印象的だった。

「神ライブランキング」では、30メートル上からダイブする稲葉浩志、20キロの速さでステージをグルグル回る稲葉浩志、豪雨落雷、ステージで爆発しまくる炎といった、エキサイティングな演出&ハプニングの映像がランクイン。

 そして、それらを抑えて1位に輝いたのは、2022年11月、横浜・ぴあアリーナMMで開催した「B’z LIVE-GYM 2022 -Highway X-」の千秋楽公演。『裸足の女神』(1993年)を歌いながら、ファンの寄せ書きを映すシーンだった。

 その中で、カメラが壁に激突し映像がブレてしまった。そこで稲葉が、「今回は大切なものを映すので」と2度目の演奏を提案。「時間取らせちゃってごめんなさいね」と観客に謝ってから、もう一度やり直したのである。

 ド派手演出ではなく、これが1位になるという結果に、ファンとの距離感が出ていてとてもよかった。ヒットチャートの先端を走る鉄人のイメージがある彼らが、ライブではまた違った魅力を見せ、それは思った以上に温かなものなのかも、と羨ましくなった。

 超越したテクニックに日常を乗せ、帰るべき場所、守るべき場所を歌い、多くの人の心に灯をともすB’z。

 現在、5年ぶりの全国ツアー「B’z LIVE-GYM Pleasure 2023」の真っただ中だ。7月15日、8月12日にはWOWOWにて、「B'z Live History」が放送される。

 どんな景色が見えるのだろう。今こそ、改めてB’zに浸る絶好のタイミングである。


田中 稲(たなか いね)Ine Tanaka
ライター
大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。個人ではアイドル、昭和歌謡・ドラマ、世代研究、紅白歌合戦を中心に執筆。著書に『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)、『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)がある。