最近、ネット上で補助金や助成金などの公金を不正に享受する行為が “公金チューチュー”と称されている。

補助金トラブルとお金の持ち逃げ騒動

 主に舞台の企画制作を行う会社のAさんも、公金を巡るトラブルに巻き込まれた一人。

「私が携わったミュージカル舞台で、補助金トラブルとお金の持ち逃げ騒動が起こったんです……」

 ことの発端は、'22 年の春ごろ、数多くの映像作品や舞台を手掛けてきたプロデューサ―・神田裕司氏がとある舞台を企画したことから始まる。

私は神田さんとは 10 年来の付き合いになります。以前から一緒に舞台やイベントの立ち上げを行ってきました。彼が“新しい演劇プロジェクトを始めたから手伝ってほしい”と声をかけてくれたのですが、その立ち上げメンバーにいたのが経営者・T氏でした」(Aさん、以下同)

 T氏は会社経営の傍ら、震災の復興支援や障害者支援の団体を複数立ち上げた経歴の持ち主。T氏と神田氏は異業種交流の場で、数回挨拶した程度の関係だったようだ。

「Tさんは神田さんに“自分は助成金や補助金に詳しい。この制度を活用してミュージカル舞台を作ろう。同時にスポンサーを募って協賛金も集めよう”と持ちかけ、神田さんは了承。

 助成金を貰うには申請者の過去の実績なども国からチェックされるため、Tさんは助成金を申請する代表者として、ミュージカル女優のKさんを連れて来たのです。彼女は音大出身で、大手テーマパークのキャストを務めた経験の持ち主。今年3月から『劇団四季』が上演している『ノートルダムの鐘』にも出演しています

 こうして演劇プロジェクトは、文化庁がコロナ期間を乗り越えるための文化芸術活動を支援する制度AFF(ARTS for the future!)を活用しながら動き出したのだが――。

本来は'23 年の実現を目指していましたが、Tさんが“補助金の申請には期限があるから'22 年のうちに形にしなくてはいけない”と急かしたり、“申請額の上限である600万円を受給してもらおう”と主張したために経費が膨れ上がったりと、当初から“補助金を受領するための舞台”という流れになっていったのです

 不安を残したままプロジェクトは進み、'22 年 10 月にはミュージカルコンサート『Amazing Musical Concert』と題して、1日だけ公演を行い、チケットやグッズの売り上げは300万円を計上した。

 一方の舞台制作費は、音響や照明など制作に携わったAさんの会社を含め、劇場やキャストの手配に関わった全4社で約710万円かかったという。

補助金の事業報告を申請するのはKさんが代表を務める団体なので、制作費を負担した我々は公演後すぐに、彼女に請求書を送りました。彼女は予定どおりに申請してくれたため、今年3月に文化庁から補助金として、満額の600万円が認められたんです

 あとはKさんがAさんを始めとする制作側に補助金を分配するだけだったが、彼女は支払いを拒絶したという。

公演直前から、Kさんは“私はこの舞台の主催ではないし、責任は負わない”と主張したり、公演後は我々と直接の連絡を拒否し、彼女が雇った顧問弁護士を挟むことになるなど不可解なことばかり。しかし、まさか支払いを拒否するとまでは思い至りませんでした

 当初、体調不良を理由に支払いの対応ができないと語っていたKさんだが、トラブルのまっただ中である今年の4月末。千葉県内の都市部で、ミュージカルをテーマにしたカフェバーを期間限定でオープンしたことをSNSで発表。

「支払いに応じない一方で、別の事業を始める姿勢に心底呆れ果てました。結局、Kさんは “契約書がないから払わない”と主張して、現在に至るまで我々の要求に応じていません。舞台業界の悪しき慣習かもしれませんが、この世界は信頼で成り立っていますから、契約に関する書面等がないことも多いんですよ」

TのSNSに上げられたSの打ち合わせ中の写真。会議に”悪だくみ”中

 Kさんの元にあるはずの600万円は、どうなったのか。

彼女サイドからは “手元にある補助金は文化庁の指示に従って対応する”と返事がありましたが、文化庁に問い合わせたところ“Kさんからそのような報告は一切聞いていない”とのことでした。以前、彼女は “私は夢のために400万円必要だ”と漏らしていました。4月にオープンしたカフェバーの資金に使ったのかもしれません

“訴えたければ訴えてくれ”

 追い打ちをかけるように、T氏もAさん側に不義理を働いたようだ。

「Tさんはチケットの売り上げ代である300万円のうち200万円を管理していたのですが、 “主催のKさんからチケット代を請求されていないので支払うわけにはいかない”と主張。チケット代を管理するのは主催のKさんなので、彼女の指示がなければ我々サイドに支払うことはできないという理屈のようです。Tさんは200万円をすでに使い切ったようで “訴えたければ訴えてくれ”と開き直っています

 T氏は現在、全国でライブパフォーマンスをしながら寄付を募るというプロジェクトに着手。

「彼はKさん以外にも歌手や声優に“補助金制度を活用してイベントを開こう”と持ちかけていましたからね。第二、第三の被害者が出ないか不安です

 一連のトラブルは、KとT氏が結託して行われたことなのだろうか。

「のちにTさんから打ち明けられたのですが、Tさんの目的は神田さんプロデュースの舞台公演で、補助金と売上金と協賛金を集めることだったそうです。補助金申請の窓口として協力したKさんに見返りとして400万円を渡す約束も交わしていたようですが、Tさんは舞台興行の経験がない素人。

 スポンサーを集めることができず、協賛金はゼロ、チケットなどの売上も期待したほどに至らずでした。KさんはTさんから約束されていた報酬が受け取れないとわかったので、手元にある補助金を手放したくないんです。Tさんも“せめてチケット代だけでも”と懐に入れたのだと思います

 Aさんがこのトラブルを法律に詳しい知人に相談したところ、Kさんの行動は“詐欺ではなく債務不履行と考えられる”と言われたという。

 時間と労力を費やして、負債だけを背負ったAさんたち。現在は訴訟の準備中だという。神田氏もこの金銭トラブルに心を痛めている。

私がTさんとKさんを連れてきたばっかりに申し訳ないです。このような人間が文化芸術に携わってはいけないと思います

 と、沈痛な面持ちで後悔の弁を述べた。

 Aさんたちの苦しみを両者はどのように受け止めているのか。T氏に一連のトラブルについて問い合わせるも、期日までに返答はなし。

 続けて、Kにも補助金の現状や今後の対応について問い合わせると、彼女の顧問弁護士を通して、

貴殿のご質問は、A氏サイドの主張する事実関係を前提としてなされているものと推察しますが、当方の認識する事実関係はそれと異なっており、当然法的評価も異なっております。したがって、貴殿のご質問の前提となっている事実関係が、誤りを含む(少なくともその可能性がある)ものであることを申し上げておきます。

 他方、当方は、前記A氏サイドより、”訴訟提起を予定している”旨を聞いております。そのため当方としては、提起された訴訟の手続内で必要な主張をする予定です。したがって、現段階で貴殿からのご質問にお答えすることは差し控えます」

 との回答に留まった。舞台外で起こった金銭トラブルはどんな結末を迎えるのか――。

 

AさんからSさんへの、制作費に関するメッセージ

 

SさんからAさんへの、支払いを渋るメッセージ

 

SのSNS。5月オープンのカフェバーについても書かれている

 

問題となった舞台のチラシ。Sもキャストとして出演

 

TのSNSに上げられたSの打ち合わせ中の写真。会議に”悪だくみ”中

 

Sの代理人からAさん側へのメッセージ