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 10月から最低賃金がアップして、例えば東京都では41円引き上げとなり時給1113円に。日経平均株価は5月中旬以来、3万円台をキープしている。日本の経済状況を示す国内総生産(GDP)は4月〜6月期の速報値が年率6%増と、3四半期連続のプラス成長に。……と、数字上は景気がよくなっているように見える。なのに、私たちの生活が楽になっている実感がまったくない。一体どういうこと!? ワイドショーなどに引っ張りだこの経済評論家、加谷珪一さんに話を聞いた。

「端的に言うと、円安で輸入品の物価が上がり、そのせいで実際の景気は悪くなっているのです。特にガソリン代や電気代が上がっているのが厳しい。これらが上がった分、消費者はどこかの支出を削るしかありません。外食に行かなくなったり遊びに行かなくなったり……。

 そのせいでほかの業界にお金が回らなくなり、消費や設備投資が落ち込んでいるのです。GDPの数字は一見よさそうに見えますが、それは円安で輸入が減少し、GDPの数字を押し上げているからにすぎません」

 賃金も金額自体は上がっているが、物価の上昇に追いつかず、実質的な賃金はマイナスに。生活は苦しくなっている。

 そこで注目されているのが外国人旅行客によるインバウンド需要だ。昨年10月にコロナの水際対策が終了し、多くの外国人が来日するようになった。さらにこの8月は中国が団体での日本旅行を解禁したことで、「中国から旅行客がたくさんやって来て、コロナ禍前のように爆買いしてもらえるのでは」と期待されている。

インバウンドの恩恵、わが家にも来る?

 中国からの団体観光旅行が解禁されたことで、私たちの暮らしはどのくらい恩恵を受けられるのだろうか。

 日本政府観光局によると、コロナ前の2019年、外国人によるインバウンド消費は4・6兆円だった。外国人1人当たりの消費額は約16万円、その約半分が宿泊や飲食に使われていた。

 国別でみると、中国人による消費が36.8%で約1兆7700億円。そして台湾11.5%、韓国が8.8%、香港7.3%と続いている。

 訪日外国人の数は順調に回復していて、今年7月は232万600人となり、コロナ前の'19年同月と比べても8割くらいまで戻っている。これで中国からどっと観光客がやって来れば、以前のようなインバウンド需要が戻りそうだけれど……。

「残念ながら、観光業界が期待するほどインバウンド消費は戻らないと思いますよ。というのも、中国全体が豊かになったことでモノにあふれ、“有名観光地で爆買いする”というような観光スタイルがすたれてきているからです。今後は、観光地ではない穴場に行って地元の店で楽しむ、1か所でのんびり滞在してそこでの暮らしを満喫する、というような成熟した旅行スタイルが主流になっていくでしょう」(加谷さん、以下同)

 つまりは、以前の4.6兆円を大きく超えるようなインバウンド効果は期待できないということ。では、私たちの生活に大きな影響はなさそう?

「仮に以前のように4兆から5兆円のインバウンド消費が戻ってきたとして、私たちの収入が上がるのは1%程度。年に数万円増えるくらいです。実は日本はなんだかんだ言ってGDPが550兆円ある大国なので、インバウンド消費がちょっと増えたくらいで大した影響はないんです」

処理水問題や不動産、バブル崩壊の影響は

 中国人旅行客の来日に水を差すような動きもある。

 ひとつは中国の不動産バブルの崩壊だ。今、中国では大きな不動産会社が2社、経営危機に陥っている。

「中国の景気は低迷するでしょう。30年間ゼロ成長に悩んだ日本のバブル崩壊ほどではありませんが、2~3%程度の低成長が5~7年続くのではないかと私はみています。これは、従来6~7%の成長を遂げていた中国からすると相当な経済の減速になります。

 不動産投資をした儲けで海外で爆買いをしていた人も痛手を受けますから、日本での爆買いをやめる人も数多く出てくるでしょう」

 もうひとつ、頭が痛いのが福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出を巡る中国政府の強い反発だ。中国政府は海洋放出を「無責任」と激しく批判し、日本産水産物の輸入停止にまで踏み切った。こうした動きを受けて、一部で訪日旅行をキャンセルする動きもあると現地メディアは報じている。

「旅行客減よりも怖いのが、中国政府が次なる輸出入制限を打ってくることです。例えば日本の製造業に欠かせないレアメタルを輸出禁止にする。あるいは、日本からの工作機器などの輸入を禁止する。そうした策に出てくると、日本の製造業はかなりの打撃を受けてしまいます」

 そうならないために、どうすればいいのだろうか。

「日本が製造業に依存した昭和的な経済運営を続けている限り、中国の動きに右往左往させられる経済になってしまいます。そうならないよう、国内で日々のエンタメや生活をもっと活性化して経済を回していく“内需主導型”の経済に転換していきたいところです」

 と加谷さんは大胆な提案をする。

「国内でのビジネスをいかに活性化するか。そういう意味では、インバウンド需要はチャンスかもしれません。単に外国人のためのものと考えるのではなく、旅行に付随するサービスやエンタメを拡大、充実させるひとつのきっかけとして考えてみてはどうでしょうか」

 一般の消費者にできることはあるだろうか。

「円安の影響で、海外の工場に委託して製造していたものを、国内製造に切り替える動きが出てきています。そうした国産品を可能な範囲でいいので買うようにしたり、国産の海産物を応援買いしたり……。そういったところから日本経済を活性化していけば、巡り巡って皆さんの収入も上がっていきます」

 外国人旅行客と関わる機会が増える業界で働いているのなら、商売のあり方を柔軟に変えていくのもよさそう。

「外国の人は夜中まで飲み歩くことを楽しみにしています。観光地の飲食店などは、営業時間を見直してもいいかもしれません。

 また、“200万円払うから、貸し切りにして、私たちのファミリーのために特別な料理を作ってほしい”というような海外の富裕層からの注文に臆せず対応していけば、どんどん稼ぐチャンスが増えると思いますよ。多様な人との交流を積極的に楽しんでください」

 そうやって積極的な気持ちでやっていけば、みんなの暮らしもよくなる?

「悲観する必要などありません。日本は、食やエンタメの文化が豊かであるという長所を持っています。これをうまく活用していけば、国内の需要で十分成長できる国だと思いますよ。日本人みんなが日々の暮らし、そして人生を楽しむようにする、それが大事なんです」

加谷珪一●『ニューズウィーク』など数多くの媒体で連載を持つほか、『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)、『ひるおび』(TBS系)など、テレビ番組で解説者やコメンテーターを務める。著書に『スタグフレーション』(祥伝社新書)など

(取材・文/鷺島鈴香)

 

『年別訪日外国人数の推移』2023年は1〜7月までの累計人数(出典:日本政府観光局《JNTO》)

 

浅草などの観光地には多くの外国人旅行者が ※写真はイメージです

 

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