コロナ禍の2020年から本格的に商品開発に乗り出した「医療用ウィッグ」。自らの、つらかったころの経験を商品やサービスに生かしている

 姉が乳がんにかかったのをきっかけに、自身も遺伝の確率が高いことを知った、会社経営者の野中美紀さん。「毎年検査を受け、心の準備をしていたつもりでしたが、実際に発症したショックは大きく、治療の壮絶さにも打ちのめされました」注目を集める“遺伝性のがん”。当事者の声をお届けする。

自分は高い確率で乳がんになると知った

 女性にとって、非常に罹患率の高い乳がん。野中美紀さんが、乳がんに直面したのは、今から約17年前、4歳年上の姉が罹患したときだった。

姉に乳がんが見つかったとき、とまどうばかりで、どう励ましていいかわかりませんでした。片胸が全摘となりましたが命に別条はないとわかり、胸をなでおろしたんです

 ところがそれから8年ほどたった2014年。野中さんの胸にも異変が起きた。乳房に、前兆ともいえる石炭化が見つかったのだ。

がんと確定されず経過観察になったのですが、このころ姉の乳がんが再発し“遺伝性乳がん卵巣がん症候群”であることがわかりました。姉妹ですから、もしかしたら私も……そんな予感がしました

4歳年上の姉と、13歳のころの野中さん(右)。いつもしっかり者の姉ががんになったときに、その憔悴ぶりに心を痛めた

 現在は一定の要件を満たすと保険適用となっているがんの遺伝学的検査も、当時は、倫理的に問題視され、実施している病院も少なく、また保険扱いでもなかった。遺伝カウンセリングも受けねばならず、ハードルは高かったが、それでも検査を受けることに。

 結果、自身にも特定の遺伝子変化があることが判明した。ただ、元来ロジカルな考え方を好む野中さんは、エビデンスのある情報のみを集め、病に向き合う準備を始めた。そして翌年、乳がんと確定診断される。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群であるとわかってからは、定期的に検査を受けていたので、早期発見ができましたし、遺伝子情報を提供してくれた姉に感謝する気持ちでした

 知らなければ、気づいたときにはもう手遅れになっていたかもしれない。

そのときに思ったんです。がんになる可能性が高いことを早くに知ったことは決してマイナスではなかった、と。姉も私も娘がいますが、“遺伝”と悲観してばかりいるのではなく、知ることで闘えることもあるのだと

野中美紀さん

 ただ、がん罹患への心構えはできていた野中さんでも、乳房の切除にはなかなか踏ん切りがつかなかった。

姉のときも全摘で“でも命が助かったんだからよかった”と。そう思えていたのにいざ自分事で直面すると、全摘なんて絶対嫌だという気持ちが強く、葛藤がありました

未来を向くため罹患前に予防切除を

 その気持ちを、切り替えてくれたのはパートナーのひと言だった。

“生きることにブレないで。僕には、君が未来にいることがいちばん大事だ”と言い切ってくれました。この人のために、子どものために、未来を手放してはいけない。そのために乳房の切除は必要なのだ、と自分に言い聞かせました

 穏やかだけれど、野中さんの言葉に力がこもる。

姉はそうでもなかったらしいのですが、乳房がなくなるってことが本当に悲しかった。手術台に上がってからも“逃げられないかな”と考えたぐらいです(笑)

 麻酔が効いてきたころ“胸は再建すればいい”と、やっと踏ん切りがついたという。

 左乳房を全摘した翌年、野中さんは大きな決断をする。まだがんに罹患していない、右乳房と卵管・卵巣、子宮の全摘を決めたのだ。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群だと、乳がんになる確率が高いと80%、卵巣がんになる確率が70%くらいなんです。特に卵巣がんは、定期的に検査を受けていても発見されにくい。私はまだ生きていたいから、リスクをなくすための予防的措置として全摘を行いました

 仕事をバリバリこなしていた野中さんは、あまり休んでばかりもいられないと全摘手術を一気に受けた。そして、退院の翌日には出勤したという。

戻れる場所がある、すべきことがある、私は動ける、と仕事が心の支えになっていたかもしれません

 子宮や卵巣の摘出も乗り越えた野中さんを悩ます問題が起きた。ホルモン療法を受け、生殖系の器官も摘出したために、その副作用で髪の毛がじわじわと抜け落ちだしたのだ。

 早期発見のため、放射線治療は行わなかったが、ホルモン治療でも毛は抜けてしまう。

エスカレーターだと、上から頭を見られるでしょ。電車でも椅子に座っていれば見下ろされて頭頂部が人目にさらされる。それが苦痛でした

3年前、成人式を迎えた娘さんと。これから多くの経験をしていく若い人たちに向けて、少しでも自身の経験が役に立てばと「遺伝性乳がん卵巣がん当事者会」に加入し活動している

 自分と同じような悩みを抱える人を応援するために、コロナ禍で仕事が待機になったとき、以前の仕事のつてをたどって医療用のウィッグ開発に乗り出した。

“正しく知って、正しく恐れる”ことの手助けができれば

 そして半年で商品化にまでたどり着く。こだわったのは人毛であること、長時間つけていても疲れないこと、その人らしい髪形であること、リーズナブルであることだ。

私が遺伝性のがん患者だということは、娘にも遺伝していく可能性があります。知ることを恐れず、彼女にも向き合ってもらいたいと願っています。そして、万が一にも髪を失うようなことがあっても、そのつらさや不安を少しでも軽減してあげたい。娘の未来のためにも、いいウィッグを作っていこうと思ったんです

 野中さんのもとには、ウィッグの相談だけでなく、同じような病気、悩みを抱えている人たちからの相談が寄せられている。

「中には“遺伝”といったことで悩まれている方もいます。“遺伝”となると抗えないですよね。悩むというより“背負う”といった感覚に近い。私の娘もまだ結婚前。女性として思い悩むことは、これからたくさんあると思います。親子だと、なかなか正面切って病気について語り合うって難しいんですよ(笑)。

 でも、遺伝性がん患者の会に参加させたり、大学病院の教授に講師をお願いして子どもたち向けの勉強会をしてもらったり。“正しく知って、正しく恐れる”ことの手助けができればと思います

 自分の経験が少しでも娘や、病気で悩んでいる人の役に立てば、と野中さん。決してウィッグを売るだけではない、購入者の気持ちに寄り添うメールや電話のやりとりがライフワークとなっている。

このウィッグを必要とされている方たちのためにも、娘のためにも、責任を持っていいものを作り続けていきたいと思います

遺伝性乳がん卵巣がん症候群とは

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC: Hereditary Breast and Ovarian Cancer)とはBRCA1またはBRCA2という遺伝子に生まれつき遺伝子が正常に働かない変異(病的バリアント)があるため、一般の人より乳がんや卵巣がんが発症しやすくなっている状態のこと。(一般社団法人日本遺伝性腫瘍学会HPより)

取材・文/水口陽子

野中美紀(のなか・みき) 株式会社SUMIKIL(スミキル)代表取締役/自身の体験から人毛100%の医療用ウィッグを考案し販売。利用者がウィッグを着用した状態で、美容師が希望どおりの髪形に切るというサービスで人気。