(c)2023 Studio Ghibli

『君たちはどう生きるか』が、北米で首位デビューを果たした。現地時間日曜日午前中の推定で、3日間の売り上げは1200万ドル。最終的に売り上げが確定するのは月曜まで待たなければならないものの、この通りであれば、先週末の『ゴジラ-1.0』を抜いて、外国語映画で今年最高の北米デビュー記録を築いたことになる。

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 ちなみに『ゴジラ』もあいかわらず好調で、先週に続き、3位をキープした。北米でトップ5のうち首位と3位が日本映画というのは、初めてではないだろうか。

 完全な外国映画が北米首位デビューを飾ったのも、今年初めてのこと。スクリーン数は2250で、トップ7の作品の中で最も少ない。つまり、1スクリーンあたりの売り上げでもトップということだ(ちなみに『ゴジラ-1.0』は先週よりややスクリーン数を増やし、2540となった)。

観客と批評家も高評価

 この北米オープニング成績は、宮崎駿作品で最高記録でもある。この映画の北米配給会社GKIDSにとっても過去最高だ。アカデミー映画博物館のオープニング特別展にも選ばれた宮崎駿は、ハリウッドの業界人から大きな尊敬を集め、一般人にもファンが多い。

 2021年にロサンゼルスにオープンしたアカデミー映画博物館の最初の特別展に宮崎駿が選ばれ、大好評だったこともそれを示している。この巨匠がまた新作を作ったこと、その映画が日本でヒットしたことは伝わっていたし、早々と北米公開日がアカデミー賞狙いに最適な12月上旬に設定されたことも、ファンの期待を高めていた。

 そんな待ち侘びていた人たちを、この作品は、ちゃんと満足させてあげたようだ。シネマスコア社の調査によれば、観客の評価は「A -」。5つ星評価では4つ星半で、65%が「断然、おすすめする」と答えている。RottenTomatoes.comでも、観客の91%が褒めている。批評家も96%の高評価だ。これは『千と千尋の神隠し』と同じで、『風立ちぬ』の88%、『崖の上のポニョ』の91%を上回る。

 なかでも4つ星満点中の4つ星を与え、大絶賛するのは、映画批評サイトRodgerEbert.comのトップ批評家ブライアン・タレリコだ。

「史上最も偉大なアーティストのひとりによる新たな映画が今週公開される。予想しなかったファンタジーだ。2013年の『風立ちぬ』が最後の作品かと思われたが、彼にはまだ言いたいことがあった。そんな彼は、自らの人生、芸術、関心を、大傑作『君たちはどう生きるか』に織り込んだのだ。それはすばらしい寓話でもあり、彼のキャリアの総決算のようでもある」とタレリコ。さらに「美しく、深く、魅惑的なこの映画は、2023年の最高作のひとつだ」とも述べる。

半自伝的なタッチが感動的

宮崎駿氏とジブリ最新作の映画『君たちはどう生きるか』(右はスタジオジブリ公式ツイッターより)

「Los Angeles Times」のトップ批評家ジャスティン・チャンは、『君たちはどう生きるか』を、今年の個人的ベスト映画の2位に挙げる。彼にとっての首位は山田太一の小説を原作にしたアンドリュー・ヘイ監督の『異人たち』で、チャンは、「宮崎駿は私たちにどう生きるのかを、アンドリュー・ヘイはどう愛するのかを問いかける」と書いた。

 この映画について「半自伝的なタッチがあるのが非常に感動的。とはいえ、あまり深読みしすぎるべきではないだろう。彼の作品にパーソナルなタッチがなかったことはないのだから」と書くチャンは、映画の前半で眞人が自分の頭に石をぶつけてわざと怪我をするシーンに触れ、「ここには、宮崎の映画のハートにいつもある、恐れのなさ、無慈悲さがある。彼はキャラクターに深く共感するからこそ、暴力というリアリティからも目を背けないのだ。それらの愛するキャラクターが喜びを感じる可能性を否定しないのと同じように」とも述べる。

「San Francisco Chronicle」のトップ批評家G・アレン・ジョンソンの評価も、4つ星満点中の4つ星。この作品を「天才クリエイターの頭の中を直接映し出すもので、彼の最高作のひとつ。もしこれが宮崎の最後の作品なのだとしたら、なんとすばらしいフィニッシュなのか」と褒めた。

 一方で、「Wall Street Journal」のカイル・スミスは、「絡み合うストーリーはやや複雑で、宮崎の最高の作品からはほど遠い」ととらえている。

 北米で理想的なスタートを切ったところで次に気になるのは、アワードレースでどこまで健闘するかだ。先にも述べたように、GKIDSはアカデミー賞レースを意識し、投票者の記憶に残りやすいこの時期を選んで公開している。

 投票者向けの試写も9月ごろから何度も組み、決して派手ではないが、着実にキャンペーンを展開してきた。アカデミー賞のノミネーション発表は1月13日、授賞式は3月10日とまだ先だが、今のところ、この映画は、ニューヨーク批評家サークルとロサンゼルス映画批評家協会、ボストン映画批評家協会から最優秀アニメーション映画賞を受賞。ナショナル・ボード・オブ・レビューの「2023年のトップ10映画」のひとつにも選ばれている。

 しかし、同じナショナル・ボード・オブ・レビューが選ぶ最優秀長編アニメーション映画賞は、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』に奪われた。各批評家賞とアカデミー賞では投票者がまるで被らないので、それだけを基に完全な予測はできないものの、傾向の参考にはなる。

アカデミー賞長編アニメ賞のライバルは?

 今後発表されていく数々のアワードでも、おそらく最も強豪のライバルは、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』だろう。2018年に公開された同シリーズの前作『スパイダーマン:スパイダーバース』も、ディズニー、ピクサーを制してアカデミー賞の長編アニメーション賞を受賞した。斬新でユニークなビジュアルを持つこの2作目も、RottenTomatoes.comで95%の批評家、94%の観客から評価されている。ただ、3部作の真ん中で、話が次に続く形で終わることは、若干ハンディキャップになるかもしれない。

 ほかに健闘しそうなのは、この部門の常連であるディズニーの『ウイッシュ』、ピクサーの『マイ・エレメント』に加え、セス・ローゲンが手がけ、声のキャストに初めてティーンエイジャーたちを起用して新鮮さを吹き込んだパラマウントの『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』、新海誠監督の『すずめの戸締まり』など。

 アメリカの批評家受けはあまり良くなかったが爆発的にヒットしたイルミネーションの『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』、北米公開が今月22日で、投票者に向けた試写を回すのが出遅れた感のある、やはりイルミネーションの『FLY!/フライ!』、ドリームワークス・アニメーションの『Trolls Band Together』も、候補入りを狙う。また、毎回積極的なアワードキャンペーンを展開するNetflixには、『チキンラン:ナゲット大作戦』『ニモーナ』がある。

 評判が良くても必ずしも受賞につながると限らないのが、賞の難しいところ。全世界から尊敬される巨匠が、最後にまた大きな賞を手にすることになるのか、注目だ。


猿渡 由紀(さるわたり ゆき)Yuki Saruwatari
L.A.在住映画ジャーナリスト
神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。