2年ぶり7度目の総合優勝に輝いた青学大メンバー 撮影/北村史成

 '24年1月2、3日に行われた第100回箱根駅伝。青山学院大が大会新記録で、2年ぶり7度目の総合優勝に輝いた。“最強の布陣で死角なし”と見られていた駒澤大は及ばず2位。3位には城西大が入った。

 2度の箱根駅伝出場経験を持つ俳優・和田正人さん(日本大OB)にこのメモリアル大会を振り返ってもらった。

青学大 VS 駒澤大、明暗を分けたのは3区

出雲駅伝('23年10月)、全日本駅伝(同11月)を制し、優勝候補の筆頭だった駒澤大。昨年12月、和田さんも「駒澤大以外考えられない」と予想しつつ、「唯一、倒せるところがあるとするなら青山学院大」「節目の記念大会には何かが起こる気がする」と話していた。

和田正人・日本大学陸上競技部OB。2年時(第76回)と4年時(第78回)に9区を走っている。NEC陸上競技部をへて、俳優として活躍中。'17年より『NHKラジオ箱根駅伝』のゲスト解説を務めている 撮影/山田智絵

「とはいえ実際のところ、青学大の優勝は難しいだろうと思っていました。しかし、この2日間の走りを見ていただければわかるとおり、箱根駅伝で発揮される爆発力は青学大にしかない大きな武器なんです。青学大の選手は過去にも“箱根で化ける”ことが多く、今大会でも起こりました。全日本や出雲ではさほどだったのに、この箱根では快走した選手がたくさんいましたね。復路の選手に限って言えば全員が箱根駅伝初出場、中には学生三大駅伝に出たことがない選手もいました」(和田さん、以下同)

区間賞はなんと5つ。2区(黒田朝日選手・2年)、3区(太田蒼生選手・3年)、4区(佐藤一世選手・4年)、8区(塩出翔太選手・2年)、9区(倉本玄太選手・4年)。終わってみれば、横綱相撲だった。

「往路の1区~3区で駒澤大を崩しておかないと勝つチャンスはない。そう考えた青学大は序盤にかなり攻めた走りをしていました。駒澤大も決して悪い走りではなかったんですが、明暗を分けたのは3区です」

 駒澤大の佐藤圭汰選手(2年)がトップで襷を受け取り、その22秒後に青学大の太田選手が走り出した。

「佐藤選手は1万メートル(U20)で日本記録を保持。誰もが負けるはずがないと思っていたエースが追い付かれ、抜かされた。4区での襷リレーは4秒差。たった4秒と思うかもしれませんが、駒澤大の選手たちにはエースが競り負けたことへの衝撃と動揺が広がったんだと思います」

駒澤大の藤田監督が明かしていた不安要素

 史上初、2年連続の大学駅伝三冠に王手をかけていた駒澤大。今季の出雲と全日本は全区間でトップを走り続けてきた。和田さんは、大会前に駒澤大の藤田敦史監督と話す機会があったそう。

「藤田監督は“仕上がりもオーダーも完璧。唯一、不安要素があるとすれば、今季は相手の背中を見て走ったことが一度もないこと”と言っていました。つまり、追いかけるレースを経験したことがなく、箱根で初めて直面してしまいました。そうなると、駒澤の選手たちは(青学大との)タイム差を縮めるために突っ込んだ走りをするしかなく、後半にかけきつくなっていくレースをせざるをえなかった。逆に青学大の選手は突っ込む必要がなく、自分のペースで悠々と走れたわけです」

投げキスをしたのち、優勝のゴールテープを切った宇田川瞬矢選手(青学大)撮影/北村史成

 先頭を走るメリットはこれだけではない。

「中継車が風よけになるため走りやすく、自分の顔と走りが全国のお茶の間に流され、実に気分よく走れるわけです! 特に青学大は先頭を走ると、もう手がつけられないほど強いですからね」

 とどめを刺したのが山下り。6区スタート時点で両校の差は2分38秒。

「復路の最重要区間になるだろうと思っていました。青学大・野村昭夢選手(3年)が区間2位の快走に対し、駒澤大・帰山侑大選手(2年)は区間12位。完全に勝負がつきました」

城西大3位はまったく意外じゃない

 3位には城西大。過去最高順位に選手たちは大喜び。今大会のダークホースとなった。

「今季は出雲3位、全日本5位。調子がいいという話は聞いていました。同大を率いる櫛部静二監督は、早稲田大学時代の箱根駅伝で天国と地獄を味わっています。箱根駅伝を知り尽くす人が、時間をかけていいチームに仕上げてきた。そんな印象です。だから、陸上に詳しい人たちに言わせれば、3位は意外でも何でもないんです。今後は、上位常連校の仲間入りをしそうです」

 中でも5区で区間新記録を樹立し、金栗四三杯(MVP)に輝いた“山の妖精”山本唯翔選手(4年)の存在は大きい。

「やはり箱根駅伝は山の区間のアドバンテージが高い。5区に頼れる選手が控えていると、1区から4区までの選手は萎縮せずに走れる。たとえ失敗しても5区で取り返してくれるという安心感から、しっかり波に乗った感じですね。ただ僕としては、青学大優勝の立役者という意味で、太田蒼生選手にも金栗四三杯をあげてほしかったなと思います」

区間新ブームの終焉の中、“あの区”だけは別

 今大会、区間新記録が生まれたのは5区のみ。

「数年前にシューズが厚底に変わり、区間記録がどんどん塗り替えられましたが、その転換期も落ち着いた印象です。ただ、山上りの5区だけはまだ新記録の余地があると思います。(城西大の)山本選手は今回“山の神”と呼ばれるところまでは行きませんでしたが、今井正人さん(順天堂大OB、初代山の神)が持つ参考タイム(1時間9分12秒)を超えてくる選手は現れるでしょう。近いうちに、8分台、7分台で走る “4代目山の神”が出てくるのではないでしょうか。そこも、楽しみにしながら待ちたいなと思っています」

読売新聞社前で10区を走る宇田川選手を待つ原晋監督(青学大)。優勝を確信し、えびす顔 撮影/北村史成

 最後に今大会を総括してもらうと、

「まさかの大逆転劇、史上最多タイの復路一斉スタート(16校)、熾烈なシード権争い……。駅伝は生き物のように予想は覆され、筋書きはなく、本当に何が起こるかわからない。僕も長く陸上界に携わっていますが、ここまでそれが示された大会はなかったのではないでしょうか? 改めて、駅伝って面白いなと思いました。100回大会の名にふさわしい名勝負がたくさん繰り広げられ、本当に歴史の1ページに残るような箱根駅伝になったんじゃないかなと僕は思います」

取材・文/荒井早苗