医療界の「2024年問題」で患者に及ぶ、深刻な不利益とは?今年からなるとヤバい病気

 日本には国民全員が医療保険に加入する制度があるため、いつどこにいても必要な医療が受けられる。その安心な医療体制は医師によって支えられているが、以前より医師の長時間労働が問題視されてきた。

 ところが、2015年に大手広告代理店の電通で過労死事件が起きたのを機に日本全国で残業規制などの「働き方改革」が取りざたされた際に、トラック運転手とともに労働条件の是正を先送りにされたのが医師なのだ。

4月から医師の働き方改革が開始

「看護師などは他の業種と同じタイミングで是正されましたが、医療体制を急に変えることはできないため、医療現場で大きな役割を担う医師の働き方改革は数年間の猶予を与えられました。

 そのため、今までは時間外労働の上限を超えてもよかったのですが、2024年の4月からはいよいよ、他の会社員と同じように上限規制が厳格に適用され、基本的に年960時間を超える時間外労働はできなくなります。そうなると、これまでと同じような診療を続けていくことは難しくなるでしょう」

 と警告するのは、医療経済ジャーナリストの室井一辰さん。

 医師の労働規制は具体的に私たちにどんな影響をもたらすのだろうか。

影響を受ける医師は特定の診療科に集中

出典:「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」(平成28年度厚生労働科学特別研究「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査研究」研究班)

「実は診療科によって勤務時間にかなり大きなばらつきがあり、手術や急な処置を迫られることが多い診療科は、長時間労働が当たり前になっています。上のグラフは、過重労働の目安である週60時間を超えて働いている医師の割合を診療科別に示したものです。眼科や皮膚科は10%台なのに対し、脳神経外科や外科、救急科は40%を超えていることがわかります(室井さん、以下同)

 長時間労働の多い外科や救急の医師が4月以降の上限規制で長く働けなくなり、医師が足りなくなれば当然、手術や救急患者の受け入れを中止せざるをえなくなる場面も出てくるだろう。

「高齢化が進むいまの日本は医療を必要とする人数が多くなっているにもかかわらず医師の数には限りがあり、医師の負担がますます大きくなっています。さらに、外科系では細かい作業が必要なため体力や集中力の点から高齢の医師が長く現場で働けず、もともと医師不足に陥りやすい状況なのです。一方で、比較的長時間にわたる手術の少ない眼科や皮膚科などは高齢でも働きやすいので、現役医師の数も多く、4月以降の影響は小さいと思われます」

地方の大病院が特に影響大

 また、特に医師不足が深刻になりそうなのが大都市圏より医師の数が少ない地方で、そのなかでも地域医療を支えている比較的大きな病院だという。

「これまで大学病院などから派遣されていた医師がいなくなることで、地域病院の診療機能がストップし、遠方の病院まで通わなくてはいけない状況も考えられます」

 地域の中核を担う大学病院は自分のところの医師を確保するために、地域の医療機関に派遣していた医師を引きあげ始めているのだ。

 厚生労働省が公表した医師の勤務実態調査の結果によると、2024年4月時点で、医師の引きあげにより診療機能に支障が出る医療機関は全国で30以上に及ぶことが見込まれている。

「外科など手術が必要な診療科では手術までの待機期間が長くなる可能性があります。日本人に多い胃や腸などの消化器系のがんを発見してもすぐに手術できないこともあるでしょう。脳卒中などを診る脳神経外科や、脳神経外科に次いで長時間労働をしている産婦人科や泌尿器科などでも、治療まで待たされる時間が増えてくることが予想されます」

 もっとも労働時間の長い救急科はより深刻だという。

「救急の現場では人員不足による患者の搬送困難が増加するでしょう。医師の時間外勤務が許されないと、夜間はさらに医師不足になります。そのため、夜間に救急車を呼んでも対応できる病院がなく、たらい回し状態になることも今まで以上に多くなると思います」

医師の働き方改革で大きな影響が出るのはここ!

脳神経外科

長時間の手術が必要な脳卒中などになると、医師不足による影響を受けてしまうかも

外科

日本人に多い胃や腸などの消化器系のがんを発見しても、すぐに手術できないおそれが

泌尿器科

腎臓結石や前立腺がんになっても手術を受けるまでの待機期間が長くなる可能性あり

ヤバい病気にならない習慣を

 私たちに今できることは、医師不足になる可能性が高い診療科にお世話にならないよう、検診を受けたり生活習慣に日頃から注意することだ。

 例えば脳神経外科で急を要する治療はなによりも脳梗塞や脳出血などの脳卒中。原因の多くは動脈硬化や高血圧だが、それらは毎日の食生活で、ある程度は予防できる。揚げ物や豚バラ、牛カルビなど脂質の多いものの食べすぎと、血圧を高める塩分のとりすぎに要注意だ。

 外科は胃がんや大腸がんなど消化器系のがんが長時間の手術になって医師に負担をかけやすい。それらには検診が有効なので、職場や自治体から検診の知らせが来たら受けて早期発見に努めたい。

 泌尿器科は前立腺や腎臓の不調から手術や長期的な治療の必要性が生じてくる。健康診断でひっかかったら放置せず、定期的な検査で機能低下を早めに見つけよう。

 産婦人科は、妊婦なら定期妊婦健診を欠かさないことが対策のひとつだろう。

日本でもかかりつけ医を

「医師の長時間労働が規制されたとしても、長時間労働を生んでいる構造的な問題が解消しない限り、根本的な解決にはなりません。諸外国ではチーム医療が進み、職種間での役割分担が行われています。ワクチンは薬局で受けられ、看護師ができる処置も幅広く、医師の業務負担は日本よりはるかに少ないです」

 また、イギリスなどでは厳密なかかりつけ医の制度があり、不調の際にかかる医療機関が決まっているという。日本のように、のどが痛ければ耳鼻咽喉科に、発疹ができれば皮膚科になど、自分で病院を選択するのではなく、どんな不調でもまずは登録しているかかりつけ医のところに行くのだ。

「日本でもイギリスのようなかかりつけ医を持つことで、自分の不調に敏感になり、大きな病気になる前に余裕を持って早めの受診を心がけることが今後、より求められると思います」

 しばらくは続くと見られる医師不足。自分たちにできることをやって乗り切りたい。

教えてくれたのは室井一辰さん

室井一辰さん(医療経済ジャーナリスト)

医療経済ジャーナリスト。東京大学農学部獣医学課程卒。著書に『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP社)など。

<取材・文/難波安衣子>