大阪・関西万博公式キャラクター『ミャクミャク』の着ぐるみ。(2023年11月「大阪・関西万博開幕500日前イベント~いよいよ入場チケット販売開始~」で)

 いよいよ2025年4月に開催が迫る大阪・関西万博だが、海外パビリオンの建設の遅れ、会場建設費の膨張など課題は山積している。国内外からの観光客の増加が見込まれる中、深刻な問題になりそうなのが会場となる大阪市の喫煙所不足だ。 

大阪市内に140か所の喫煙所設置を目指すが

 2020年4月に改正健康増進法が施行され、オフィス、工場、公共施設など原則屋内は禁煙になった。「吸う場所」の減少は健康増進にはつながるかもしれないが、喫煙者にも居場所は必要だ。喫煙所を整備しなければ路上喫煙の増加、ひいては非喫煙者に煙の迷惑を及ぼすことになる。

 大阪市では現在、御堂筋、梅田、難波など一部のエリアを路上喫煙禁止地区に指定し、違反者には過料1000円を科している。大阪・関西万博は「健康」をテーマに掲げており、市は2025年1月をめどに「市内全域の路上喫煙禁止」の方針を打ち出した。それに合わせて、吸う人と吸わない人が共存できる分煙環境の整備として、新たに120か所の喫煙所の整備と、20か所の既存喫煙所の改修を目指している。

  大阪市の昼間人口308万7000人のうち喫煙者は63万人と推計し、その中で路上・公園等でよく喫煙するとアンケート回答した喫煙者の割合を踏まえると、約13万5000人が利用できる喫煙所数として120か所、さらに万博開催による観光客の増を見込んで民間の既存喫煙所の改修による一般開放20か所という設置目標値を定めたという。

 喫煙所整備を進める、大阪市環境局事業部事業管理課まち美化担当に進捗状況を聞いた。

「2023年12月時点で市が維持管理する喫煙所数は7か所で、そのほか公設喫煙所7か所について整備を行っています。それ以外にも整備に向けた調整を行っているものもありますが手続きを進めているところなので、具体的な件数等はお伝えできません」(大阪市担当者)

 果たして140か所の喫煙所で足りるのか。大阪市の商店会総連盟の独自調査によると、必要とされる喫煙所数は367か所と出ており、遠く及ばない。商店街周辺の喫煙所不足によって客足が遠のき、売り上げに悪影響を及ぼすことも懸念されている。ただ、喫煙所整備は行政のみの力では難しいのも現実だ。

喫煙所設置の補助金制度に問い合わせが殺到

大阪市が維持管理する7か所の喫煙所の一つ、堂島公園内喫煙所はコンテナ型が特徴的だ(設計会社『ランドピア』プレスリリースより)

「市だけでは設置場所の確保が困難なため、民間事業者が喫煙所を整備する場合の整備費や維持管理費を補助する『大阪市指定喫煙所設置経費等補助金制度』を令和5年4月28日に創設し、官民で連携して喫煙環境の整備を進めています。

 令和5年度予算編成の際に、どれぐらい民間事業者にご協力いただけるか未知数であったため、東京区部での補助実績を踏まえて年間で概ね20件程度、2年間合計で概ね40件程度の申請があると想定して、残りの80件を公設で整備する想定で予算算定を行っていたところです」(大阪市担当者)

 この制度では、新たに喫煙所を地上に設置する場合は1000万円(地下に設置する場合は2000万円)を上限に、既存喫煙所の改修の場合は300万円を上限に設置経費を10割助成するというもので、清掃・ごみ処理委託費や光熱費などの維持管理経費も補助する。創設後は制度全般にかかわる質問から申請についての個別相談まで問い合わせが殺到し、2次募集、3次募集まで追加で実施したという。

「昨年の12月25日に締め切った3次募集までの合計で、約190件の問い合わせが寄せられました」(大阪市担当者)

 これにより増える民間喫煙所数はどのくらいなのだろうか。

「審査中のため現時点での見込みですが、3次募集終了までの合計で40件(新設33件、改修7件)の申請を受け付けています。次年度も補助制度を実施する予定です」(大阪市担当者)

 今年度の40件に加えて、次年度も実施することで民間喫煙所数は目標以上に増加する可能性もありそうだ。

全国に先駆けて喫煙所設置を積極的に推進する千代田区

千代田区内神田の公衆喫煙所『THE TOBACCO KANDA』はスタイリッシュなインテリア(運営する株式会社コソドのプレスリリースより)

 先述のように大阪市では東京23区の喫煙所設置補助事業を参考にしており、実際に渋谷区、新宿区、大田区などで行われている。

 中でも一歩踏み込んだ取り組みをしているのが千代田区だ。行政運営の指針を示した『ちよだみらいプロジェクト 第3次基本計画2015』によると、喫煙者と非喫煙者の共生を図ることを目的として「公衆喫煙所設置助成事業」を行い、令和6年度までに喫煙所設置数の目標100か所と宣言している。助成事業は新規の設置経費については700万円を上限に、5年経過後の更新経費として300万円を上限に助成金を出すだけでなく、賃料または賃料相当額の10割と諸経費の8割を合わせて年間264万円を上限に補助。これにより、民間の店舗などを改修し、喫煙所にする例も増えてきているのだ。

 実際にこの助成事業を活用し、店舗の一部に喫煙所を設置した千代田区のある自営業者は、テレビ局の取材に「メリットは金銭的なものが一番。民間に貸すには厳しいスペースの大きさだし、なかなか貸しづらいけど、喫煙所にすると店の半分のスペースの家賃をもらえる」と語っており、店の経営も黒字化しているという。

手厚い千代田区の公衆喫煙所設置助成事業の概要(詳しくは区にお問い合わせください)

 現状の喫煙所の設置数について千代田区 地域振興部 安全生活課 安全生活係に聞いた。

「令和5年12月末現在、公衆喫煙所数は84か所です(千代田区の喫煙所マップ)。内訳は、区の助成事業を活用して設置された民間の喫煙所数が78か所、公営の喫煙所数が6か所です。令和6年までに100件という目標の進捗状況については、昨年の令和4年度が純増7件(新規設置13件、閉鎖6件)、今年度はこれまで8件設置しており、設置数は年々増えている状況です」(千代田区担当者)

 千代田区はおよそ10年で100か所を目指しているが、大阪市は2年で120か所となると、かなりの急ピッチでの整備が求められる。現状、大阪市では千代田区のような家賃補助について検討しているのだろうか。

「面積要件の緩和は議論を進めていく予定ですが、賃料補助については課題と認識しているものの、歳出が多額となる点も踏まえて慎重に検討していく必要があると考えています」(大阪市担当者)

大阪市の横山英幸市長(中央)。万博の準備の遅れ、そして喫煙所不足問題への対処が注目される(ABCラジオ『辛坊治郎の万博ラジオ』プレスリリースより)  

 大阪市としては140か所という目標の達成は可能と見込んでいるのだろうか。

「市内全域での道路、公園、広場等の公共の場所での喫煙を禁止することになれば、喫煙者の方にはこれまで以上に制限をかけることになるので、それまでにマナーを守って喫煙できる場所の確保をする必要があると考えています。

 2か年の整備計画をもとに進めていますが、設置場所の調整や整備に向けた手続き等で、令和6年度の整備件数が多くなります。事業の進捗状況を確認しながら、140か所の整備に関しては、間に合うようにしていきたいと考えています」(大阪市担当者)

喫煙所設置に加えて日々のパトロールも効果的

 他の自治体に目を向けると、喫煙所の増加はマナー向上や街の美化にも貢献しているようだ。京都市では平成20年から禁止区域での路上喫煙に1000円の過料を科すとともに、現在までに市内19か所の公設喫煙所を整備。喫煙所の増加に伴い、過料件数もピーク時は平成24年度の6794件だったが、令和4年度は358件に減少している。

 先の千代田区担当者は、路上喫煙のパトロールも効果的であると語る。

「千代田区が路上喫煙を禁止し、違反行為に対して罰則を科す生活環境条例を全国で最初に制定してから本年度で21年となります。黄色いジャケットがトレードマークの生活環境改善指導員24名が交代で区内全域のパトロールを毎日行っており、区民のみなさんからも温かい励ましの言葉をいただいています」(千代田区担当者)

 一方で、喫煙所の増加に伴って問題がすべて解決しているわけではないという。千代田区はビジネス街、商業娯楽施設、大学・専門学校などが集まり、昼間人口は80万人を超える。改正健康増進法や東京都受動喫煙防止条例の施行以後、喫煙者数に比べて喫煙場所が不足しており、設置場所にも地域的な偏りがあるのが現状だと話す。

「また、昨年5月の新型コロナウイルス感染症の5類移行後、秋葉原や有楽町等、繁華街への来街者や外国人観光客が急激に増加しています。その結果、路上喫煙の過料件数や苦情件数は増加傾向にあります。千代田区では、今後も引き続き、路上喫煙対策と公衆喫煙所設置対策の両面で取り組みを推進していきます」(千代田区担当者)

 外国人や観光客に喫煙マナーを周知させていくという新たな課題も生まれているようだ。千代田区の取り組みから、喫煙所を必要な場所に必要な数だけ設置するというハード面だけでなく、指導員というソフト面も重要だということがわかる。

 万博以後も見据えて、大阪市も一歩踏み込んだ対策が求められているのではないだろうか。