ダウンタウン・松本人志の性加害騒動はついに法廷闘争へ

 芸能界だけでなく社会全体に衝撃を与えた、松本人志氏に関する週刊文春報道。法廷闘争まで進んだ騒動のインパクトは巨大で、単なる芸能スキャンダルではなく報道のあり方も含めた大きな論争を呼んでいます。この件において、問題を複雑化させた要因に、松本氏の「X」(旧ツイッター)発言があると考えます。ツイッターがXとなったことで、コミュニケーションリスクがさらに拡大したと考えています。

Xから発信した危うさ

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 松本人志氏の笑いは時代と価値観を変えました。松本氏のファンを「信者」などと呼ぶこともあるのは、ただの芸能人、お笑いスターとは異なる強烈な影響力ゆえでしょう。

 松本氏自身は20才そこそこでスターになり、そこから60才になる現在まで第一線を走り続けてきました。お笑い芸人には常時批判はつきものですが、「水曜日のダウンタウン」など、今現在でも類を見ない発想や切り口で笑いを作り続け、視聴率もしっかりトップクラスを稼げる、名実ともにお笑いの頂点に君臨している存在です。

 その松本氏が、結果として芸能界から突如消えてしまうという騒動は、ただの芸能人スキャンダルではありません。今回の騒動では松本氏を批判する声は大きいものの、文春報道自体への批判の声も出ています。

 私は松本氏の文春報道について多くの取材を受けた際、なぜ松本氏が表舞台から消えるという事態になってしまったのか、危機対応コミュニケーションの視点で答えました。

 事実関係について私は一切判断できる立場にありませんので、いずれかの主張に基づく評価はしません。ただ、文春が発売され、事態が一気に拡大する中、松本氏側の発信が所属する吉本興業のステートメントと本人のXしかないことに危うさを感じました。

 特に今回の騒動のずっと前に、松本氏が当時のツイッターを始めた時、内容やタイミングからして、松本氏本人が直接書き込んでいるだろうと思われたことは、危険だと思っていました。有名人がSNSアカウントを持つのはもはや当然ですが、その発言がもととなって炎上騒ぎになるなど、リスクも大きいのです。

画像:松本人志氏のXより
画像:松本人志氏のXより
画像:松本人志氏のXより

 私も芸能人など著名人の方や企業などから、SNSに代表される情報発信の方法やリスクについての相談を多々お受けします。一方でSNSでの情報発信に、リスクヘッジをしていない著名人の方も少なくないようです。

 例えば衆議院議員の小沢一郎氏は、自身のXで意見発信していますが、その際のアカウント名は「小沢一郎(事務所)」と表記しています。恐らく小沢氏ご自身ではなく、事務所スタッフの方が、小沢氏の許可を得て発信しているのではないかと想像します。もしそうだとしたら、これはきわめて理にかなった適切なリスク管理です。

 アイドルの方なども、プロダクションではなく本人が直接書込みを発信してしまうと、そこにリスク管理のフィルターが全くかからないことで、炎上騒動が起こった例はいくらでもあります。松本氏が、騒動に関する発信をXで行ったことは、非常にまずいと思いました。

感情任せの書き込みが招く炎上

 有名人に限らず、個人でも酔っ払った勢いで悪口を投稿したり、不適切行為を投稿する「バカッター行為」と呼ばれる炎上がたびたび発生します。インターネットは世界に通じるメディアなので、そこに書かれたことは勝手に世界中にばらまかれます。リスクも考えずに意見発信するのは、少なくとも芸能人や政治家など、影響力を持つ人にとって、大きなリスクであることは忘れてはならないでしょう。

 そのため事務所スタッフなど、複数が関与して内容をチェックしたり、勢いで本人が感情任せの投稿をさせないようにすることなど、リスク管理が欠かせません。企業アカウントでも、感情任せで不適切な書き込みをして炎上することはよくあります。

 Xは140字という限られた文字数しか書けないという特徴があり(有料版は除く)、正確な説明には限界があります。不十分な説明で、ツッコミどころをさらせば、投稿がきっかけで炎上につながるリスクは大きくなります。

 さらにツイッターが、イーロン・マスク氏に買収されてXとなった頃から、ヘイトや不適切書込みなどへの監視が一気にゆるくなったと言われます。結果として暴言などが発生しやすくなり、今年の能登半島地震のような非常時ですらデマや不適切な投稿が多く出回りました。

 かつてのツイッターと比べると、Xユーザーの暴言や攻撃が激しくなったことを私も感じます。そうしたリスクの高いXで、松本氏は発信していました。

情報発信メディアとしてのXの価値

 マーケティング戦略において、どの媒体で情報発信するかは非常に重要です。テレビ番組のスポンサードでも、自社のCMはどの番組に出すべきかは広告代理店ではなく、スポンサー企業自身が責任を持って決めなければなりません。

 今現在も、ツイッター時代のレガシーとしてのユーザー数やそれに伴う伝播力は大きなものがあります。一方で無法地帯化ともいえる殺伐とした雰囲気は、使い方を誤れば伝播力というメリットがデメリットにもなり得ます。企業の情報発信でも、本当にX連動の必要があるのかと思うようなキャンペーンも見かけます。

 松本氏のXでの書込みは明らかに言葉足らずでした。「事実無根」という言葉が強烈かつ幅が広すぎて、真意が伝わりにくいだけでなく、自身を不利な状況に追い込んでしまった言葉だったと思います。

 説明不足なら誤解を呼び、意に反する解釈を正せば逃げたと批判される。言葉足らずな発信は、平時であれば問題はなくとも、危機時においては揚げ足取りや攻撃の燃料投下になるだけとなってしまいます。

 著名人や企業は、今回の騒動をきっかけに、ツィッターから変質したXのメディアとしての価値を考えるべきではないでしょうか。私はクライアント企業との意見交換において、この問題提起を始めています。


増沢 隆太(ますざわ りゅうた)Ryuta Masuzawa
東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家
東北大学特任教授、人事コンサルタント、産業カウンセラー。コミュニケーションの専門家として企業研修や大学講義を行う中、危機管理コミュニケーションの一環で解説した「謝罪」が注目され、「謝罪のプロ」として数々のメディアから取材を受ける。コミュニケーションとキャリアデザインのWメジャーが専門。ハラスメント対策、就活、再就職支援など、あらゆる人事課題で、上場企業、巨大官庁から個店サービス業まで担当。理系学生キャリア指導の第一人者として、理系マイナビ他Webコンテンツも多数執筆する。著書に『謝罪の作法』(ディスカヴァー携書)、『戦略思考で鍛える「コミュ力」』(祥伝社新書)など。