大谷翔平と松本人志

 超絶な身体能力だけでなく、品格すらも備わったスーパースター大谷翔平選手を巻き込むスキャンダルになった違法賭博事件。長年お笑いの帝王として活躍してきたダウンタウン松本人志氏に降りかかった性加害疑惑。斯界の頂点に君臨するがゆえのこうした転落リスクを、ここでは「位置エネルギーリスク」と呼びたいと思います。

アメリカでは「オオタニ事件」?

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 今回の違法賭博の事件に関しては、日本とアメリカではその受け止め方に温度差があるようです。真相については捜査中ですが、アメリカでは大手メディアも、“Shohei Ohtani translator scandal(NBC)”とか“Ohtani betting scandal(ワシントンポスト)”のように「大谷の事件」のようなとらえ方をする空気があるように見えます。

 多くの日本人が、大谷選手への同情や心配など支持的な心情を持っている一方、アメリカの報道を見ていると、さめた距離感のようなものを感じます。大谷選手はこうしたスキャンダルがどこかのタイミングで起こりえるリスクを抱えていたと考えます。

 また、長年にわたってお笑い界の頂点をきわめてきたダウンタウン松本氏を突如襲った文春スキャンダル報道では、当初は批判的報道一色だったものの、時間とともにその真偽や証言への疑問、松本氏への支持の声も上がるなどの変化が見られるようになっています。

 こちらも、3月28日に、松本氏が文藝春秋社などを名誉毀損で訴えた裁判の第1回口頭弁論が開かれました。真相が明らかになっていない裁判中の現時点では、どちらの立場に立つことも控えるべきですが、私の先日の記事「松本人志氏騒動を拡大した『Xから発信』の危うさ」では、松本氏がSNSで直接意見発信をすることのリスクについて書きました。その背景には、帝王であっても松本氏に批判的層は存在し、その成功をうらやんだり、「引きずり下ろしたい」欲求リスクが存在するからです。

 世の中には、大富豪、飛びぬけて優れたルックス、最高の学歴、多様な能力など、人並外れた存在の人がいます。そうした人は、本人の意思とは関係なくあこがれの対象となったり、何らかの社会的リーダーのような存在となる可能性が高いのです。

 一人で上場企業の売り上げ規模にも匹敵する約1000億円の契約を得た大谷選手は、メジャーリーガーの中でも突出した評価を得たことで、名実ともに頂点に立つ存在となりました。お笑い界における松本氏も同様です。

評価の高い人ほと落下も激しい

 また、最近では元NHKの青井実アナウンサーがフジテレビの夕方ニュースのキャスターとなることが発表されました。青井アナは大手百貨店創業者一族出身で、幼少時から慶応育ち、さらにルックスにも恵まれ、これまた「持っている人」といえるでしょう。

『LiveNewsイット!』記者発表会では「NHKは今も大好き」とも発言した青井実アナ

 この青井アナの行動には多くの批判が集まりました。その一つが「変わり身が節操なさすぎる」というものですが、NHKを辞めて民放に移ることはいくらでも前例があります。

 青井アナに関しては、NHK時代に、規定に反して上司に報告せずに親族企業から役員報酬を得ていたことで厳重注意を受けてもいました。これは本人にも責任はありますが、批判がここまで大きくなったのは、青井アナが「持っている人」だったことと無関係ではないでしょう。

 こうした人たちは、賞賛だけでなく、批判も呼びやすい大きなリスクを抱えています。物理学でも、高い位置にあることは、それだけ下に落ちる大きなエネルギーを蓄えていることとされます。社会的評価の高い人は、評価が落ちるリスクを抱えているといえるのではないでしょうか。

 コロナのパンデミックの時、高齢者や基礎疾患者は「高リスク者」と呼ばれ、厳重な注意が呼びかけられました。もちろん注意するだけで絶対に罹患しないとはなりません。しかし少なくとも生命の危機に際して、用心深い行動を取ることに真剣に向かい合った人は多かったのではないでしょうか。この危機感こそがリスク管理の基本です。

「危機はあってはならない」というのは、何の役にも立たない精神論で、危機管理ではありません。「危機は必ずある」のです。

 巨額の報酬を得る立場になる、社会的認知が高まる、人から憧れられる立場になる、宝くじが大当たりする……。これらの状況は、狙ったとしても、意図せずにそうなったとしても、ハイリスク状態にある点では同じです。

 大谷選手、松本氏、いずれも本人は関与を否定しています。仮にそれが事実だとするなら、何らかのトラブルに巻き込まれるリスクに、もっと慎重に備えるべきだったと思います。

社長のハイヤー通勤はただの贅沢ではない

 スポーツや芸能ではないビジネスの世界においても、大手企業の社長や役員ともなれば、電車通勤はリスクが高すぎます。社長が専用車やハイヤー通勤をするのはただの贅沢ではありません。リスク管理です。

 私の元上司である大学教授は、ある時所属大学の学長に就任されました。お人柄の良さから敵を作らず、もちろん高慢な態度などみじんもない方ですが、今まで通り電車通勤をするとおっしゃったので、それは絶対やめるべきですと申し上げたことがあります。

 社会的な立場の「高さ」を考えれば、いつどこでどんなトラブルに巻き込まれるかわかりません。本人が全く意図せず犯罪や事件に巻き込まれる可能性もあるのです。痴漢冤罪などは、無実の証明がきわめて難しいともいわれます。

 その高い地位にふさわしいリスク管理は絶対に必要です。送金や買い物、取り引きは弁護士や会計士など専門家に関与してもらったり、二重三重チェックをかけたりといった対策は、不可欠なものといえるでしょう。皆さんも客観的に自分の位置エネルギーはどの程度なのか考えたうえで、必要な対策を講じてください。


増沢 隆太(ますざわ りゅうた)Ryuta Masuzawa
東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家
東北大学特任教授、人事コンサルタント、産業カウンセラー。コミュニケーションの専門家として企業研修や大学講義を行う中、危機管理コミュニケーションの一環で解説した「謝罪」が注目され、「謝罪のプロ」として数々のメディアから取材を受ける。コミュニケーションとキャリアデザインのWメジャーが専門。ハラスメント対策、就活、再就職支援など、あらゆる人事課題で、上場企業、巨大官庁から個店サービス業まで担当。理系学生キャリア指導の第一人者として、理系マイナビ他Webコンテンツも多数執筆する。著書に『謝罪の作法』(ディスカヴァー携書)、『戦略思考で鍛える「コミュ力」』(祥伝社新書)など。