20150421 tanahashi (18)


いま、プロレスが熱い!それも女性のあいだで熱い! 闘うマッチョな男たちに萌え萌えな女性たち。中でも、ひときわ熱い視線を受けるのが新日本プロレスのイケメンレスラー・棚橋弘至だ。プロレスの人気絶頂期に入団するも暗黒時代に突入。苦難の時代を知る男が新しいプロレスの扉となって、今日も四角い戦場に立つ!


 棚橋弘至は’99年に新日本プロレスのメンバーとなった。

「当時は闘魂三銃士と呼ばれた武藤敬司さん、蝶野正洋さん、橋本真也さんの人気が沸騰し、ドーム会場興行を連発しはじめたころ。プロレス史で何度目かの絶頂期でした」

 棚橋は同年10月、真壁伸也(現・刀義)戦でデビュー、初勝利は3戦目。同期はたった1人、大学ラグビーで活躍し、すでに知名度の高かった鈴木健三(現・KENSO)だった。同世代の先輩には井上亘、柴田勝頼らがいる。

「僕は最初からエースになる気でいました。なにしろ100年にひとりの逸材なんですから」

 こう言うものの、「団体の顔=スター選手」にはなりたくてなれるものではない。スポーツ誌編集者は証言する。

「彼の世代は鈴木が一歩抜け出ていましたね。それどころか、新日は選手層が分厚い。上の世代ばかりか、彼の後輩にもエース候補がめじろ押しでした。棚橋はケガで長期欠場が多かったし、あのままなら、そこそこのランクに落ち着いていたんじゃないかな」

 棚橋はメーンイベンターだった武藤の付き人となる。棚橋はスター選手の言動をつぶさに観察した。

「武藤さんは、"サインなんて読めなくていい。そのほうがファンにはありがたいんだ"が持論。僕もスターになったら、簡単に読めないサインを書こうと決めました」

 何とも人を食った逸話だが、こういうちゃっかりしたところもまた棚橋らしい。

 しかし、2000年代に入りプロレス人気に陰りが見え始める。新日本も選手の離脱や移籍が相次ぎ、会場に閑古鳥が鳴くようになった。棚橋は、シビアな状況を肌身で痛感する。

「2階席まで満員だったのがやがて1階席しか埋まらなくなり、そのうち、試合のたびに、1列ずつお客さんが減っていくようになりました」

 K-1やPRIDEに代表される、格闘技の人気が沸騰したことも特記しておきたい。いきおいプロレスの活気は萎み、それが客離れをいっそう促した。ところが、悪循環に陥るプロレス界にあって、「夢をあきらめない男」だけは意気軒昂だった。

 棚橋は逆風の中でも独自のカラーを押し出す。デビュー時の坊主頭からエクステをつけたロン毛へ。鈴木とのタナケンタッグ、U-30無差別級王座獲得、新闘魂三銃士、IWGPタッグ王座奪取……。「新日の新感覚」「チャラい」「脱ストロングスタイル」など賛否両論を巻き起こしつつも、その台頭ぶりは誰もが目を見張った。

 棚橋は往時を懐かしむ。

「高校時代にたとえたら、先輩たちがごそっと抜け、オレたち下級生の天下だって感じでした。会場はガラガラだったけど、絶対に僕が満員にしてみせると必死でした」

 だが、好事魔多し――。

ブーイングを浴びるチャンピオン

20150421 tanahashi (17)
何度リンクに叩きつけられてもあきらめず立ち上がる


 ’02年11月28日、棚橋は交際していた女性にナイフで刺されるというスキャンダルに見舞われる。

 別れ話がこじれた末の事件だった。ナイフは肺まで達し、血液量の約3分の1もの多量出血。冗談ではなく、「普通の人間なら即死」という重傷を負う。取材中、終始にこやかだった彼も、この一件になると、さすがに表情を一変させた。

「プロレスに対する悪いイメージをつくってしまった。僕はスターだと勘違いしていました。すべて自業自得です」

 棚橋は深い息をついた。

「あのころの写真を見ると、どれも悪相をしています。実際、チャラチャラしてた。でも、この一件で僕はエースの意味を考え直し、本当の意味でのエースを目指す決心を固めました」

 父母は病室に駆けつけてくれた。ひと言も責めず、ただうなずくだけだった。

「親父は僕を見舞った後、会社の上層部の方々を訪ねて頭を下げてくれたそうです」

 会社は棚橋を解雇しなかった。やはり、次代のエースとしての期待の大きさゆえのことだろう。父は息子にこう諭した。

「プロレスに借りができた。必ずご恩返しをしなさい」

 だが、棚橋は復帰後も苦難の洗礼を受ける。団体から11名もが大量離脱するという非常事態の中、彼は最高峰のIWGPヘビー級王者となった。しかし、新チャンピオンはブーイングの嵐にさらされる。

「新日本を愛しています!」

 彼は試合のたびに叫びながら、奈落の底で苦悶した。

「僕という人間を否定されたのは、生まれて初めての経験でした。同じころ、尊敬する武藤さんから、"お前はプロレスを壊している"とまで言われました。本来ならファンの支持を得なきゃいけない王者が悪役以上のブーイングを浴びて何をしてるんだと……」

 それでも棚橋は自分のスタイルを貫く。

「チャラ男だけど、プロレスに対して真正面から向き合っているし、肉体もしっかり鍛えている。ただのチャラ男じゃなく、強くてどこか可愛げのあるレスラー。それが棚橋弘至なんです」

新時代のプロレスを背負って

 デビュー10年目の’09年から、風向きが変わってきた。

「日を追ってブーイングが少なくなってきたんです。ようやく、僕のカラーをファンに受け入れてもらえました」

 この’09 年、棚橋は最も活躍したレスラーに与えられる『プロレス大賞MVP』を受賞している。「夢をあきらめない男」が、プロレス界のエースの座をつかんだのだ。

 新日本プロレスにも変化があった。’12 年からはカードゲームの『ブシロード』が親会社となった。

「レスラーにない経営の発想が、いい効果を生んでいると思います」

20150421 tanahashi (12)
大勢の"プ女子"が詰めかけた『もえプロ女子会〜真壁刀義とスイーツを食べる会』


 その成果がプ女子現象ということだろう。先日、『もえプロ女子会~真壁刀義とスイーツを食べる会』が開催された。定員オーバーの会場では、あちこちでマニアックなプロレス談議が交わされ、テレビや雑誌などマスコミ媒体も多数集まった。

 この日の主役、強面ながら日本テレビ系の『スッキリ!!』で"スイーツ番長"として人気の真壁は、真剣な眼差しで言った。

「女性ファンは厳しいし目が肥えている。オレらが少しでもいい気になったら、サッと引いていくでしょうね。だから、レスラーはリング外の活動も必死ですよ」

 もちろん棚橋も負けていない。ブログやツイッター、イベント、テレビなどで積極的にプロレスの情報を発信している。彼のブログ更新数はレスラーの中でも群を抜く。

「何度も何度もしつこいくらいにやって、ようやく世間は振り返ってくれます」

 自著『棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか』(飛鳥新社)でも、「知っている選手は応援しやすい」と書いた。よい商品があっても、認知されていなければ、ないのと同じ。ビジネスは失敗する─これは、マーケティング理論における「ブランディング戦略」にほかならない。

 棚橋はサインや写真を求められると、笑顔で応じる。

「僕がプロレスファンだったとき、レスラーにしてもらってうれしかったことは、全部やります」

 彼は、これまでのプロレス経営を、「ガンコ親父のいる名店」だったと表現した。

20150421 tanahashi (14)


「客を選び、料理から食べ方までファンに押しつけていたんです。だけど、今の新日はそうじゃない。いろんなメニューがあって、誰が来店しても楽しく食事を味わってもらえる店になりました」

 棚橋は「プ女子を大歓迎します」と明言した。

「韓流ファンの一部がプロレスに流れてきたなんて言われますが、とんでもない。レスラーや会社の積極的な努力があったから、女性ファンがプロレスを見つけてくれ、面白いとわかってくれ、ついてきてくださっているんです」

 試合を見つめるファンの声も、彼の思いに呼応する。

 一昨年に友人に誘われ、"ハマった"という女性は、

「第1試合からメーンまで、応援している間は無我夢中。帰るときには声が嗄れてるけど、ストレスがぜ~んぶ解消されています」

 ベテランファンを自称する女性の意見はこうだ。

「キャラの立ったレスラーが、リアルな肉体でぶつかり合うのが最高。プロレスはライブ、勝負、アトラクション、演劇それに擬似恋愛と、すべての要素が詰まった総合エンタメなんです。リングサイド席は1万数千円もするけど、それだけの値打ちがあります」

 デビュー16年目、棚橋はベテランの域に足を踏み入れた。彼は38歳だから、まごうかたなき昭和世代。しかし、「ホントにそんな年齢?」と問い返したくなるほど若々しい。このことを本人にぶつけたら、肩をすくめてみせた。

「高校時代と頭の中身が変わってないから、若く見られるのかもしれません。ただし、身体は商売道具だし、どのレスラーよりも厳しく鍛えている自信があります」

 ライバルの中邑真輔、進境著しい若手のオカダ・カズチカ、真壁らベテラン勢の頑張りを横目にしつつ、棚橋はつぶやいた。

「それでも、アラフォーともなれば、いろいろと思うところがあります。不惑っていいますけど、まだまだ、あれこれ迷うでしょうね。それだけプロレスは奥が深い巨大迷路なんです」

 しかも、彼はこう強調するのを忘れない。

「プロレスという迷路はあっちで壁にぶつかったり、こっちで引き返したりして、回り道するほうが面白い」

 "夢をあきらめない男"は、エースとしてプロレスのために身体を張り続ける。

「僕は新しく生まれ変わったプロレスの入り口。僕のファイトをきっかけに、プロレスファンになってください」

 彼は、勝利を収めたリングの上で、詰めかけた女性ファンたちにアピールした。

「ようこそ、プロレスという出口のない迷路へ! オレを好きになったら、引退するまで見届けてくれ!」


取材・文/増田晶文 (※本記事は『週刊女性PRIME』用にリライトされているため、必要に応じて加筆修正してあります) 撮影/伊藤和幸