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’15年、自己負担増や保険料アップなど高齢者と家族を苦しめる介護制度が続々と施行されている。’08年の「後期高齢者医療制度」による保険料自己負担に始まり、お年寄りを切り捨てるような日本の現状に、自身も90歳の母を介護する綾戸が「待った」の声。ジャーナリストの堤氏が鳴らす警鐘とは―

 

「私が子どものころ、母がよくこんなことを言っていました。"貧乏からこんだけ金持ちになりましたって、えばったらあかんよ。儲けることも大事やけど、そのお金をどう動かしていくか、どう使うか。それがでけへんかったら、本当にお金持ちとは言えないよ。せやから税のこと保険のこと、いろいろ勉強せなあかんよ"」

 ’04年に実母が脳梗塞で倒れて以後、介護生活を送ってきたジャズ歌手の綾戸智恵。’11年ごろに認知症を発症した母ではあるが、綾戸の根幹にはいつも彼女の言葉がある。

 一方でアメリカ・ニューヨークでの生活を経て、ジャーナリストとしての道を歩んでいる堤未果氏。’08年には著書『ルポ 貧困大国アメリカ』が40万部のベストセラーとなるが、転機が訪れたのが’10年4月のこと。父でジャーナリストの先輩・ばばこういち氏の他界だった。

「父が最後に病床で言ったんですね。それまでいろんなことを取材し、調査していたけど、自分の健康保険証についてだけは、空気のように当たり前に思っていて無関心だった。何も知らなかったって。自分が死にかけて初めて、"こんな大事なものが日本にはあったのか!"と気づいたと。でも"自分にはもう時間がない。お前が代わりにやりなさい。この宝物を守るために、お前がその価値を日本人に伝えてくれ"と。それが父の遺言になってしまいました」

 父の遺志を継いで、医療制度について取材を始めた堤氏。そして’14年から’15年にかけて、アメリカの医療実態と、日本の健康保険証を守る方法などをまとめたのが、『沈みゆく大国 アメリカ』『沈みゆく大国 アメリカ〈逃げ切れ!日本の医療〉』(ともに集英社刊)の2部作だ。

自分や家族が病気になって気づく

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綾戸智恵:ジャズ歌手。高校卒業後に単身渡米、音楽活動を展開。’98年にメジャーデビュー、’03年のNHK紅白歌合戦に出場した

綾戸「以前は保険って、私の常識では日本人は貧富の差関係なく誰でもが同じ医療を受けられると思っていたし、そこに日本のよさがあったわけですよ。私がアメリカで出産したとき"お金がなくて出産できない方もたくさんいる"って聞いて、日本はええ国やなと。ずっとそう思ってたんですけど、堤さんの本を読んで"ああ、ここまで欧米化の波が来ているとは"と知らされましたよ」

「綾戸さんだけじゃないですよ。私たち日本人って、ほとんど医療制度のことなんか知らないんです。私もそうでしたが、自分か家族が病気になって、治療や入院となって初めて"ああ支払いが"、"健康保険は?"と思うんです。この健康保険証が、大儲けできるチャンスとしていま狙われているなんて、夢にも思わないですよね?」

 ふだん手にしている健康保険証や、あまり存在の知られていない「高額療養費制度」など本来、日本には国民のための医療制度が存在している。しかしアメリカでは日本のような国民皆保険制度はなく、個人が自己責任で民間の高額な医療保険を買うという。ところが公的な日本の保険と違い、民間の保険商品は容赦ない。保険会社は支払いをしぶることもあり、保険を持っていても自己負担が高すぎて医療破産する人が年間90万人も出ているようだ。さらに堤氏によると、アメリカでは医療保険と薬ビジネスは儲かる巨大商業になっていて、その次のターゲットとしているのが世界一、早く高齢化している日本の医療と介護だという。

「父は最後、数えきれないほどのお薬を飲み、機械につながれて死にましたが、私たち家族は、とにかくできるだけ延命したい思いで必死でした。でもいま振り返ってみると、結局、人間ってどれだけ延命するよりも、最後、好きな人と好きな場所でどう気持ちよく死ねるかというほうが大事なんだなあと思います。日本には"お互いさま"という素敵な言葉がありますよね」

綾戸「お互いさまはええな」

「先日、日本在住のアメリカ人と話す機会があったんですが、考え方の根本が見事に違う。"お互いさま"にピンときていなくて、"日本は国民健康保険料が高すぎる。自分は頑張って努力してお金も稼いで健康なのに、何でほかの人の保険料まで払わなくちゃいけないの?"と。アメリカの憲法には国が国民のいのちと健康を守る25条(生存権)のようなものはなくて、書かれているのは個人が自分の幸せを"自由に"追求する権利なんです。"お互いさま"の精神というのは、私たち日本人のDNAなんですね」

日本人の介護士がいなくなる日も…

綾戸「そのとおり。私らには親から、いやもっと前の先祖から伝え重ねられてきた意識とでもいうか、みんなで自国を守るという何かが染みついていると思う。"シュビドゥビ"と言うてる私も、"YOYO!"と言うてるラッパーも、ご飯が出てきたら"いただきます、ごちそうさま"と言ってしまう。これは日本人のDNAとでもいうか、自然にこう言ってしまうのかなあ。私たち日本人同士は、これだけ経済的に格差があっても、"お互いさま"言うて、助け合える人種なんだと思う」

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堤未果:ジャーナリスト。ニューヨーク市立大学大学院で修士号取得。米国、日本を行き来して取材、執筆活動などを行っている

「介護だって人が集まらないと言うけど、日本には"介護の仕事をしてお年寄りの役に立ちたい"という若い子はたくさんいるんですよ。本当に心から、誠実にそう思ってる。でも、報酬が安すぎ仕事がきつくてまともに暮らしていかれない、結婚もできない、そして辞めてしまうんですね。介護や保育の現場って現場での経験を重ねていくことで、スキルが伸びていく。だから本来は安く使い捨てて回転させる、というやり方がいちばん合わないはずなんですが」

綾戸「まさにそのとおりで、母が行っているデイサービスでも若い人が次々代わってしまい来るたびに"初めまして"と。なんですぐ辞めてしまうのかと思いますよ」

「それ、困りますねえ。国はちゃんと心ある若い子たちを教育したり、まともに暮らせるように報酬をあげなくちゃいけないのに、代わりに今、日本人介護士が辞めた分を、安く働いてくれる外国人をどんどん入れて埋めようとしてる。介護の時給がますます安くなって現場は大変になるし、このやり方は疑問ですね」

綾戸「日本語も難しいし、"オバアチャーン、ナニタベル?"とか、頑張って生きてきたお年寄りに言葉や習慣の違う外国人を使う前に、もっと日本の若い人を介護に従事させてもらいたいなあ」

 外国人介護士の雇用に限らず、介護事業も海外企業によるビジネス化が進んでいる。一方で日本の介護施設には、質の高いサービスを求めて外国人富裕層の入所者が増加。日本の高齢者、要介護者は行き場を失っている。それもやはり、個々の"儲け重視"が生み出した結果か。

 いま1度、日本の助け合い精神で医療や介護を見直すときが来ているのかもしれない。

綾戸「堤さんは大臣ではないのだから、医療制度を変えていく人ではない。あなたの役割は、専門ジャンルで筆を持って伝える仕事や。"知らんかったわ"と言って賛同する人を増やす。それこそインターネットで"いいね"と1万人、100万人と全員が見るようになったらええな。でも、お年寄りにはFAXやで!」

「FAXですね(笑い)!」

 では堤氏が参謀役になって、綾戸が政治家として立候補なんてことも?

綾戸「ありがとうございます。ちゃうちゃう。わが子と母のほうが大事やから、そんなこと言わんとってください。政治家になる人は家族だけじゃなく、国民全部見なあきませんのやで! 私は好きなこと言うてるだけです。でもまあ、堤さんと2人、政治家やないけども、強いて言うなら『お互いさま党』でも組もうか!」