
就職をするためには大学に進学したほうがいい。そのためには奨学金を借りないと……そんな学生が“2人に1人”いるという。奨学金とは名ばかり、実際はただのローン。毎月の返済に追われ、命を絶つ若者までいるというからまさに地獄だ。その実態に迫った。
奨学金という負債

4月、多くの若者が新社会人生活をスタートさせた。初々しいスーツ姿に、自らの若いころを思い出す読者も多いだろう。しかし、彼らの多くが奨学金という名の重い負債を背負っていることを知っているだろうか。
《毎月1万5000円、これが35歳まで続くと思うと鬱……》《やめたら返済できないから、ブラック企業だけどやめられない件》《夜職Wワークで返済きつい》《何度も返済できない月があった。ブラックリスト載ってるかも……恐怖》《本当にしんどい奨学金地獄》など、SNS上には奨学金の返済に関する切実な声があふれている。当事者は、20代の若者だ。しかし、奨学金とは優秀な苦学生を救済する制度ではなかったのだろうか。少なくとも、50代以上の世代からすると、そのようなイメージを持っている人も多いはずだ。
「確かに、私が学生だったころ、奨学金は本当に優秀な学生だけが受けられるもので、ほとんどが返済不要の給付型でした。ですから、私たちの世代では、“奨学金”は“返さなくていいお金”という認識が一般的でした」
そう語るのは、奨学金バンク創設者の大野順也さん。
「私が45歳のとき、10歳年下の知り合いから“まだ奨学金を返済している”と聞きました。“35歳にもなって、まだ奨学金を返しているの?”と聞き返してしまい、“大野さん、いまはみんな40歳くらいまで返済しているんですよ”と言われ、大いにショックを受けました」
平均借入総額324・3万円、平均年数14・7年間、平均返済月額1・5万円。これが奨学金を借りた若者にのしかかっている負担のリアルな数字だ。
「奨学金と名前はついていますが、実情は教育ローンといえます。諸外国では、奨学金といえば、給付型が一般的ですが、日本の奨学金は返済が必要な貸与型がほとんど。しかも現在、奨学金を借りている人が約480万人もいる。大学に進学する人のうち、約55%、半分以上の学生が奨学金を借りている。つまり2人に1人です。返済が滞ると信用情報が登録され、クレジットカードの利用などが制限されることも。こうした返済の重圧で命を絶つ若者もいるんです」(大野さん)
大きく変わった奨学金制度

2004年、日本育英会の廃止によって奨学金制度は大きく変わった。具体的には、有利子化、旧世代にはおなじみの「大学教員等になると返済が免除される」制度の廃止、貸与奨学金の取り立ての強化などが挙げられる。日本育英会から組織改編して生まれた日本学生支援機構では、無利子と有利子の貸与型奨学金があり、圧倒的に有利子の奨学金を借りる学生の比率が高い。理由は、無利子の奨学金は学力的なハードルがあるからだ。それなら、大学に行くのを諦めればいいというシビアな意見もあるだろう。
「企業は大卒以上の社員を中心に採用し続けてきたことで、“学歴インフレ”が起こっています。就職するためには、無理をして奨学金という名のローンを借りてでも大学に進学しなければならない現状があります。学歴で生涯賃金の差もつく。奨学金の返済が新たな格差を生んでいるのです」
その格差を解決し、若者に元気になってもらうために大野さんが設立したのが、奨学金を借りている学生と企業をつなぐ就活エージェント、奨学金バンクだ。奨学金を返済している学生を企業に紹介し、採用されれば、紹介手数料の一部を奨学金返済の原資として、奨学金バンクが代理返済する仕組みになっている。
「奨学金制度自体が悪いとは思っていません。奨学金を借りるのが当たり前の時代であるなら、無理なく当たり前に返せる仕組みが必要です。奨学金の返済は、今や大きな社会問題。民間企業も当事者意識を持ってほしいです」
情けない自分が嫌すぎる
実際に奨学金を返済している若者の声を聞いた。
Aさん(男性29歳)。京都暮らし大阪勤務。手取り18万円。家賃6・5万円、電気・ガス・水道等2万円、携帯代1万円、食費2万円(週5000円)、交通費1・5万円、積み立て1・6万円、奨学金1・6万円。
「ここまで切り詰めても手元には3万円も残らない。友人からの誘いにも顔を出せなかったし、趣味は何もできなかった。本も買えなかったから、ひたすら図書館で借りて読むなどしていた。大事にしていたものもたくさん売った。
一番つらかったのは、留学中の思い出としてアルバムに入れていたカナダの通貨を両替所に持っていって、500円に換金してそれで1週間しのいだこと。バイトも4つかけ持ちしていた。あとはいろんな意味で地元に帰れなかったとかもある。そもそもお金がなさすぎて帰る交通費も捻出できないし、情けない自分が嫌で、親に顔が見せられない。親の誕生日や母の日とかにプレゼントの1つも買ってあげられなくて……」
Aさんの社会人生活の始まりは、経済的な理由でかなりつらいものになってしまったという。このような学生は決して少なくない。現状について、大野さんは語る。
「昔と違って、今の若者は夢や希望を語らないといわれますが、こんな借金を背負って、どうやって夢を見るのでしょうか。ゼロからのスタートなら希望も持てる。でもマイナスからスタートして、モチベーションが上がりますか? カップルで奨学金を借りていたら、2人合わせて600万円以上の借金があることになる。それで結婚をしよう、子どもをつくろうという気持ちになりますか?そもそも、奨学金の借り入れがあるのを理由に、結婚を断られてしまうケースもあるんです」
現在も奨学金を返済中の、30代女性は語る。
「毎月1万5000円の返済って、借りたときは正直、なめていた。でも、歯医者に行ったり、家電が壊れたりとか、急な出費があるとすぐに家計がガタガタになる。毎月不安だし、余裕もない。こんなの借りたときには想像もしませんでした……」
それゆえに進む晩婚化、少子化─。奨学金の返済は、日本の未来に暗い影を落とす社会問題となっている。
<取材・文/ガンガーラ田津美>