備蓄米イメージ 写真/共同通信社

 スーパーやコンビニ、ネット通販でも5キロ2000円台で出回っている政府備蓄米。高騰する米価格の救世主と期待される一方で、味や安全面に対して不安の声も。混迷を続ける日本の主食について、お米の専門家たちに聞いてみると―。

5年を超えた米は飼料用として売り渡されたりもする

 5月末から、スーパーやオンラインストアで“小泉米”の販売が開始された。5月26日に農林水産大臣に就任した小泉進次郎。米の高騰を受けて、大臣就任直後に、保管していた備蓄米を政府側が販売価格を設定する“随意契約”で売り渡すことを宣言。

 これらのお米は小泉米と呼ばれ、小泉大臣が明言したとおり、販売価格は税抜きで5キロ約2000円が実現した。

 農林水産省が全国のスーパー約1000店舗のデータをもとにした調査では、5月上旬の米5キロ当たりの平均価格が4268円。'24年2月の価格が2000円だったことを踏まえると、約1年で2倍以上、高騰している。

一連の米価格の高騰は“令和の米騒動”と呼ばれ、全国の家計を圧迫。このような状況だったため、低価格で購入できる備蓄米は話題を呼び、取り扱う店には開店前から購入を求めて長蛇の列ができています」(ワイドショースタッフ、以下同)

小泉進次郎

 安い備蓄米がマーケットに出回った影響もあって、高騰し続けていた普通の米価格にも歯止めの兆しが見え始めている。一方で、この放出には懐疑的な声も。

古米の味や安全性を危惧する消費者もちらほら。国民民主党の玉木雄一郎代表も備蓄米の放出から間もない5月28日に“1年たったら家畜のエサに出すようなもの”と発言しました。実際、政府備蓄米の保管期間である5年を超えたお米は、フードバンクなど支援団体に提供されるほか、飼料用として売り渡されたりもしています

 後に玉木議員はエサ発言を“お米を待ち望んでいた皆さまにとって大変不快なものであった”と謝罪した。

お米は年を経るごとに“古”を追加するルールで、6月上旬時点の放出では'21年産のお米、つまり“古古古米”が市場に出ています。ここまで古いお米を口にすることは少ないでしょうから不安になるのも無理はないかと

Q1 古いお米はマズイ? 食べても大丈夫?

 賛否を呼んでいる“小泉米”を関係者はどのように見ているのか。都内で40年以上にわたり米店を営み、お米に関する専門職経験を持つ人のみに受験資格がある“お米マイスター”を取得した吉田さん(仮名)に話を聞いた。

私は米屋としていろんなお米を口にしていますが、一般的な普通の新米と政府が管理していたような古い米では正直、味に大きな差はないと思います。というのも近年は低温低湿をキープする保管技術が発達していますし、備蓄米の多くは精米前の玄米の状態で保管していますからね

出どころがわからない米は危険

 古米のおいしい食べ方などはあるのか?

備蓄米の放出は倉庫会社の経営を圧迫しているという(写真はイメージ)

古いお米は新米に比べ、徐々に水分が抜けてモチモチ感やうまみが減ってしまうといわれています。多くのメディアでも報道されているように、古米を炊く際は浸水時間を普段よりも長くしたり、カレーやチャーハンなどにするといいといわれていますが、一理あるかと思います。ただ、古米でも古古古米でもきちんと保管したものであれば大きな違いはないと思います」(吉田さん、以下同)

Q2 安すぎるのはリスク お米の見極め方は?

 古い米よりも気をつけるべき米があるようだ。

'93年の“平成の米騒動”と呼ばれた米不足がありました。当時はまだ備蓄米という制度もできていなかったため、外国から輸入米が市場に出回りましたが、中には異臭のする変なお米もありましたね。出どころがわからないお米は、やはり危険だと思います

 吉田さんはお米マイスターとして、値段ばかりに関心が集まる風潮に心を痛めている。

いわゆる“米どころ”でとれた高品質なブランド米を、安いのが売ってないから買わざるを得ないというので手にするのはもったいない。今回の騒動がお米との向き合い方を見つめ直すきっかけになればと願っています

Q3 備蓄米でも解決せず今後の値段は再上昇?

 現役農家は、この騒動をどのように見ているのか。静岡県浜松市で無農薬、無肥料のお米を作り「藤松自然農園」の代表を務めている藤松泰通さんに話を聞いた。

小泉大臣の備蓄米放出は次の選挙を見据えたパフォーマンスに見えてしまいますし、米の価格高騰への根本的な解決に至らないと思います

 6月上旬時点で約100万トンあった備蓄米のうち、3回の入札を経て計61万トンを放出したと報じられている件に触れて、

「たしかに備蓄米が市場に流れたことで、これまでの新米価格の高騰を抑えることができました。しかし、今のペースで放出していけば、今年の夏ごろには備蓄米は枯渇するという見方もあります。今年は猛暑が予想されており、イネカメムシといった害虫の大量発生の可能性も大きく、昨年より米の生産量が減るという見方が根強いんです。

 格安の備蓄米が出回らなくなれば、ただでさえ少ない新米の価格は今まで以上に値上がりすると考えられ、状況によっては5キロで1万円になる可能性もゼロではありません」(藤松さん、以下同)

Q4 お米の値段はどうやって決まるの?

 そもそもお米の値段はどのようにして決まるのか。

国内に流通しているお米の価格は『JA』といった出荷団体の意向が大きい。出荷団体は、われわれのような農家に対してお米の買い取り価格を提示し入札するのですが、ここ10数年はだいたい玄米60キロで1万3000円前後。昨年から徐々に上がり始めて、最近だと60キロで2万5000円になりました

写真はイメージです

 農家からすれば、今までの買い取り価格が安すぎたという。

お米を作るためには肥料やガソリン、資材といったさまざまなコストがかかります。しかし昨今の円安で、輸入費はもちろん、人件費も上昇するばかり。それにもかかわらず、出荷団体の買い取り価格は10年近く横ばいでした。

 私の場合、お米を60キロ作るのに費用が1万2000円ほどかかっていましたから、JAに納めていたら赤字でした。そのため自らネットショップなどを作って直接販売に力を入れて収益化に努めているんです」

Q5 黒字化でも厳しい…農家の経済事情は?

 赤字の農家は思いのほか多いという。

出荷団体が安い金額を提示しても、横のつながりなどで拒否できない立場の農家も多い。それに儲からないという理由で先祖から受け継いだ田畑を放棄するというのも難しい。これまでの安いお米は、赤字でも続けていた農家の犠牲の上に成り立っていたことを知ってほしいですね

 藤松さんの周囲でも経済的な理由で農業をやめる“廃農”が増加している。

「今のような買い取り価格が続けば農家は黒字でしょうが、安いお米を求める消費者が多いのも事実。また、いつ下がるかわかりません。

 農業従事者の高齢化も深刻で、今後ますます農業に携わる人が減少すると思います。そうなると米の生産量も減っていき、より米不足になって国産米の価格が上昇していくのではないでしょうか

Q6 現状を変えるため具体的な解決策は?

 衰退しつつある農業を変えるべく、藤松さんは“令和の百姓一揆”と銘打ったデモに参加。都心をトラクターで行進するといったパフォーマンスなどで日本の食の保全を訴えている。

「農家と消費者、どちらかが負担を強いられるのではなく、それぞれがプラスにならなければ未来はありません。

 例えば、EUでは農業で得た収入が基準を下回った場合、その差額を国が補てんする所得補償制度があります。農家が安心できる制度が整えば生産も安定し、消費者も質のいい農作物を安定した価格で買えると思います

Q7 米不足を乗り切るため今すぐできることは?

 お米を買う側ができることはあるのか。

「消費者は農家ともっと密接につながってほしいですね。私のようにJAなどの出荷団体を通さないで、オンラインショップで販売している農家はたくさんあります。卸業者を通さないぶん、中間マージンはかかりませんから作る側も利益率は高く、買う側も良質で安心できるお米や作物を格安で買うことができます。

 中には田畑の草取りに参加してくれたら割引で買えるというサービスを行っている農家もあります。多くの人がもっと農業を身近に感じるようになれば、国内の農業問題の解決につながるのでは

Q8 世間を騒がす米騒動農水省の見解は?

 一連の価格高騰を農林水産省はどのように受け止めているのか。同省に問い合わせると、広報評価課の報道室から公式の回答が返ってきた

閣僚会議の場で「米の安定的供給を実現」と明言した石破茂首相

「1年で主食である米の価格が2倍となる異常な状態で、そのような事態が発生していることについては、重大な問題だと考えています。

 騒動の要因については“昨年の南海トラフ地震臨時情報発令による需要量の急激な拡大”のほか“令和5年('23年)産の米が高温障害で収穫量が少なかったのではないか”“流通段階において目詰まりが生じていて、消費者に米が円滑に供給できていないのではないか”といったさまざまなご意見があると承知しています

 6月5日には閣僚会議において、米価高騰の要因の検証を行うことが表明された。「その検証結果を待ちたいと思います。今後の課題については、その検証の中で明らかになってくるのではないかと考えています」(農水省の報道室担当者、以下同)

 備蓄米が枯渇するといわれている件について聞いてみると、

今後、どのように備蓄米を放出していくかは、現時点で決まっていないので、枯渇するかどうかは今の時点でお答えできません

 小泉大臣は米価を下げるためにあらゆる選択肢を排除しないと発言。特定の対策について現時点で検討しているわけではないという。補償制度など労働環境の改善を求める農家たちの訴えについては、

今年3月30日に“令和の百姓一揆”と称する集会が行われたことは承知しており、農林水産省としても、わが国の農業を取り巻く環境は、人口減少や高齢化による農業者の急減など、極めて深刻な状況にあると認識しています。

 一方、集会において主張された所得補償の具体的内容については承知しておりませんが、過去実施していた旧戸別所得補償制度については、農業の構造転換の歩みを止めてしまうものであるという過去の反省を踏まえ、現在、野党においてその復活を主張する声はあがっていないと承知しております。

 集会でも主張された所得補償や、野党からも新たな形でご提案をいただいている直接支払制度など、今後の農業者への支援のあり方については、与野党の垣根を越えて議論し検討を進めてまいります

 最後に、農水省側から国民に対するメッセージを聞いてみると、小泉大臣が、

私は農林水産省の最も重要な使命は、国民の皆様に食料を安定的に供給することだと考えています。このため、まずは米について、消費者に安定した価格で供給できるように、全力で取り組んでいきたいと思います

 と述べたことをあげて、

その実現に向け、省一丸となって取り組んでまいります

 とのことだった。前代未聞の米価格の高騰に揺れる日本。騒動が収まるのは、いつ――。