
バーベルを前に置き、部員らの真ん中で腕組みをして、どっしりとあぐらをかく男。
警視庁捜査二課の共同捜査本部が6月10日、詐欺の疑いで逮捕した東京都狛江市の職業不詳・難波謙二容疑者(63)だ。ウエイトリフティングの強豪・日本大学の重量挙部でコーチ時代を含め36年間選手を指導してきた“レジェンド監督”で、生物資源科学部の教授を務めていた。大学が詐取に気づいた昨年7月に懲戒解雇処分を受けた。
警視庁などによると、奨学金対象となるスポーツ特待生として入部予定の4人の保護者に対し、実際は支払いを免除されている入学手続き納入金について「奨学生として申請しています。2年次以降徴収されません」などと1年次は払う必要があるように架空請求して計205万円をだまし取った疑い。
「難波容疑者は架空請求分を上乗せした請求書を入部予定者の保護者に郵送するよう40代の男性コーチに指示し、重量挙部の口座に振り込ませていました。本当に必要な金額だけ大学に振り込み、差額を研究室のキャビネットに保管する手口です。部の勧誘活動や合宿費用などに充てる一方、個人的なスーツ、腕時計、バッグ、香水などを購入し、愛車のBMWのコーティング代や飲食代にも充てていました。背任事件で有罪判決を受けた“日大のドン”こと故・田中英寿元理事長にかわいがられていた人物でもあります」(全国紙社会部記者)
“中抜き”で身なりはセレブ化
難波容疑者は、「寄付金としてもらったお金という認識。私的には一切使用していない」と否認しているという。
難波容疑者は同部OB。1988年からコーチとして関わり、2000年に監督に就任。2002年ごろから“中抜き”を始めたとみられる。
「指導力に定評があり、逆らえない存在だったといいます。一方で、身なりはセレブ化して体育会系の監督らしからぬ雰囲気だったそうです」(同・記者)

2017年には指導実績が評価されて、日本ウエイトリフティング協会の理事に就任。2年の任期を全うした。
「難波さんは選手としては、高校時代に日本一になったものの、日大在学中は成績が振るわず日本代表に手が届きませんでした。監督就任後、熱心に選手強化に取り組み、日大は日本一になることが増えました」(競技関係者)
大学の調査によると、過去10年間を中心に被害を確認できた部員・元部員は62人で、被害総額は5433万1430円。さらに増える可能性もある。
難波容疑者の逮捕を受けて大学は、
「不正行為により本学の社会的信頼を失墜させたことは痛恨の極みであり、同人に対し引き続き厳正に責任追及を行ってまいります」
などとコメント。被害金額は手続き中の2人を除き全額返金しているという。
懲戒解雇されて以降の生活ぶり
容疑者宅は狛江市内の分譲マンション。60代の男性住人は、大学の体育会系の監督には見えなかったと話す。
「クリーム色のキャップをかぶったり、整髪がビシッとキマっていました。車はいつもピカピカで、今思うとコーティングに随分とお金をかけていたのかもしれません」
懲戒解雇されて以降、どのような生活を送っていたのか。
「この半年ほど、エレベーターで月1回くらいはお会いしましたね。挨拶は快く返してくれるし、感じのいい人です。ニュースで報じられているようなスーツや高価なものは身につけず、テニスウエアが普段着でした。平日の昼間にバッグにラケットを差して出かけていたので、どのような仕事をしているのかと不思議に感じていたんです」(別の男性住人)
詐取の疑いで大学を追われながら、罪の意識はみじんも感じられない。

難波容疑者の詳しい生活ぶりなどを聞くため自宅のインターホンを鳴らすと、身内とみられる女性が「はいっ!」とハツラツとした声で応答。取材を申し出ると「申し訳ないですー、すいません」と切られてしまった。
監督が去った後の重量挙部部員は
東京・世田谷区にある重量挙部の練習拠点周辺を取材すると、難波容疑者が去った後の部員の様子がわかった。
「もし私が被害者だったならば、親に申し訳ないし、指導者なのにだましてひどいなと感じると思います。重量挙部の部員は今も黙々とバーベルを挙げ続けて頑張っていますよ」(体育会系の部に所属する1年生の女子)
別の部の3年生男子は、五輪のメダルなど高みを目指して重量挙部に入部した現役部員の心中を慮って言う。
「日大を選んだのは、ハイレベルな練習をこなして成長したかったからでしょう。はしごを外されたかたちですが、練習では声が出ていますね。バーベルを持ち上げるときに発する声や、サポートする側の掛け声は迫力があります」
部員は新監督のもとで活動を継続しており、昨年11月の全日本大学対抗選手権大会(インカレ)1部で団体優勝。苦難に負けず競技に集中し、結果を残した部員たちは立派というほかない。練習で流した汗はウソをつかないということか。容疑者がテニスで流したであろう汗とは明らかに異なる。