
行き場を失った女性の悩みに耳を傾け、解決を図ってきた『日本駆け込み寺』。事務局長の男が逮捕されて、その活動はストップし、存続の危機に陥っている。同所を創設した人物と、かつて相談していた女性たちに話を聞いてみると……。
逮捕は青天の霹靂
《返せ8400日! 返せ俺の人生! 返せ俺の信念!》
東京の新宿・歌舞伎町にある公益社団法人『日本駆け込み寺』が発行する会報に、そんな文言を綴ったのは、同法人の創設者・玄秀盛氏だ。
同法人は5月20日で設立から24年目に突入したが、その2日前に事件が起きた。警視庁は5月18日、コカインを所持していた疑いで同法人の事務局長である田中芳秀容疑者を逮捕した。
警察官が新宿区の路上で田中容疑者に職務質問をしたところ薬物を発見。現行犯で逮捕された。一緒にいた日本駆け込み寺の相談者である20代の女も、コカイン使用の容疑で緊急逮捕されている。
日本駆け込み寺は、その名のとおり、駆け込んできた人からのさまざまな相談を受ける。相談内容は、配偶者やパートナーからの暴力、薬物、ホスト問題など多種多様だ。
「田中の逮捕は青天の霹靂でした。最初は、相談者の女性を庇っているのだと思ったんです。反権力思考の持ち主で、警察の職務質問に反抗して、5時間も話したことがあったと聞いていたので、公務執行妨害ではないかと……」

そう力なく明かすのは玄氏だ。話を続ける。
「田中は4年前にライターとして来て、われわれの活動に参加するようになりました。勤務態度もマジメで酒も飲まないし、浮いた話も聞かなかった。100%信用していましたから、逮捕を聞いたときは何かの間違いであってほしいという思いばかりでした」
玄氏は、事件の責任をとって日本駆け込み寺の代表理事を5月末に辞任した。田中容疑者は6月5日、コカインを使用した疑いで再逮捕された。取り調べに対して「夜中に来る相談に対応するため、眠気覚ましに使った」と容疑を認めているという。
「大きく影響したと思うのは、'23年に悪質なホスト問題の相談を受ける団体を立ちあげたことです。田中は携帯電話で相談を受けていたのですが、次第に家族だけでなく当事者女性からの相談も増加していった。
夜中も電話がかかってきていたようで“時間を区切ることも必要だぞ。身が持たないし、相談者と共依存関係になっていく。絶対に事務所の外で女性と2人きりで会わないように”とは伝えていました」(玄氏、以下同)
若い女性の相談を親身に聞くことで、距離が近くなりすぎることがある。だからこそ玄氏は彼のことを気にかけていたという。
「田中は、相談者の家族に感謝されたり、頼られたりすることがうれしかったんだと思う。“たまに口説かれるんですよ”とも言っていましたから。しかし、あまりにも浮いた話を聞かないため、性欲処理について冗談を交えてさりげなく聞いたことはありました。彼は“自分で処理していますよ”と話していました」
田中容疑者は逮捕時に、一緒にいた女に「オーバードーズ(=薬の過剰摂取)するくらいなら、コカインや大麻をやったほうがいい」とすすめていたとも報じられた。
駆け込み寺の活動は一時ストップ
「田中が逮捕され、行政からの助成金もストップし、活動資金を寄付してくれていた支援者からも返金を求める連絡が相次ぎました。6月は維持できそうですが……」

同法人の活動資金は、行政からの助成金と支援者からの寄付金で成り立っている。事件の影響で相談者にとっては地獄からの救いを求める“蜘蛛の糸”であった駆け込み寺の活動は一時ストップ。今はわずかなスタッフで相談対応を再開したものの、子ども食堂などは開催できていない。
ただ、新宿・歌舞伎町の清掃を目的としたゴミ拾いは、同法人を支持するボランティアの協力により再開された。記者も参加すると、ゴミ拾いをしている最中、若い女性が声をかけてきた。
「駆け込み寺やってんの!?」
駆け込み寺を訪れたことのある女性で、同法人の先行きを心配しているようだった。
「頑張ってね!」
そう言って立ち去る女性がかけた言葉からは、同法人が地道に活動を続けてきたことが感じられた。
「もし玄さんに出会っていなければ、私は今ごろ死んでいたと思います」
そう話すのは、20代の女性Aさんだ。
Aさんは'23年ごろからホストクラブに通うようになり、夢中になっていったという。
「ホストに無知な状態で通い続けて、貯金や稼いだお金をすべて使ってしまって……。気がつけば借金が膨れ上がってどうにもならない状態になり駆け込み寺に相談しました」(Aさん、以下同)
恋愛感情を利用し、多額の金を要求する悪質なホストクラブは社会問題に発展した。
「駆け込み寺に行くたびに玄さんは“1人じゃないから”と、温かい声をかけてくれて安心できました。最終的に自己破産しましたが、駆け込み寺に人生を救われたんです」
40代の女性Bさんは、不動産投資に関するトラブルで相談をした。
「古い物件を購入したのですが、売り主や入居者とトラブルになったんです。家族に言えず、知人に相談しても“どうにもならない”と言われて……。不安で眠れない日が続きました」(Bさん、以下同)
「コカイン食堂だ」という誹謗中傷も
そこで以前に読んだ玄氏の著書を思い出したという。
「ダメ元で電話すると、玄さんは“一度、事務所に来てほしい”と言ってくださったんです。玄さんは過去に不動産業を営んでいたことがあり、知人の不動産屋さんを紹介していただきました。今はその方に相談しています。玄さんは何度も“もう大丈夫やで”という言葉をかけてくれて、本当に助けられました」

こうした相談者の声からは、どんな問題を抱える人も見捨てず、解決を図ろうと努力を続けてきたことがわかる。
「こんにちは!」
駆け込み寺の事務所で取材中、赤ちゃんを抱えた女性が入ってきた。
「時間ないんだけど、無事に子どもが生まれたことを報告したくって」
女性は満面の笑みを浮かべて近況を報告し、足早に去っていった。日本駆け込み寺の現・代表である清水葵氏は、
「あの子は17歳から子ども食堂に来てくれていました。家を出て、水商売の仕事をする中で妊娠をしたのです。彼女が“絶対に産む”という意思を持っている一方、親にも行政にも相談できていない状態だったので、駆け込み寺で支援をしました。無事に出産できて、本当によかった」
と弾んだ声で話す。さまざまな相談者の人生を救ってきた日本駆け込み寺だが、事件による批判も強い。
「公金を使ってコカインを吸っていたのか」という怒りの声がある一方、「子ども食堂じゃなくコカイン食堂だ」など、事件とは関係のない誹謗中傷もあるという。
前出のBさんは、
「今回の事件を客観的に見ると、助成金を止められてもやむを得ないと思います。ただ、玄さんはいつも“トラブルの解消が使命”と言っていて、そういう人はなかなかいません。
女性にまつわる問題の解決を謳う弁護士も、お金を払わないと向き合ってはくれませんが、玄さんは利益を求めず助けてくれる。絶体絶命の女性には救世主なのです。これからも多くの人を助けられたはずなのに……」
と肩を落とす。玄氏によると、自身の給料は月10万円。講演などで得た収入は、すべて法人の活動に充ててきたという─。