
「病気の9割は歩くだけでよくなります」
そう断言するのは医師で医学博士の長尾和宏先生。今でこそウォーキングは立派な健康習慣のひとつとして認識されているが、長尾先生は10年以上前から歩くことの健康効果にいち早く注目し、推奨してきたおひとり。
歩く習慣がない人ほど重大な病気になっている
「医者になって41年、今まで、病気になる人となりにくい人の差ってなんだろうと考えたときに、経験的に、歩かない人ほど病気になって、歩く人ほど病気になりにくいということに気づいたんです。
20年、30年とひとりの患者さんを見続けていると、歩かない人に限って、うつ病や認知症、免疫の関与する病気や、骨粗しょう症、筋力低下によるフレイルが招く寝たきりなど、あらゆる病気になりやすい傾向があったんです」(長尾先生、以下同)
よく歩く人とそうでない人では年齢が若くても雲泥の差があるのだそう。
「歩く習慣がある人は80代でも頭の中は20代、歩かない人は逆に20代でも80代です。暦年齢と脳年齢や身体機能がまったく比例しないことは、医者になって何千、何万の患者さんを見てきて実感しています」
歩く習慣はなくてもランニングや筋トレはしている、という人もいるだろう。ほかの運動に比べて、ウォーキングが優れているのはどんな点だろう。

「まず適度な有酸素運動である点。ランニングも有酸素運動ですが、強度が強いため老化の原因につながる活性酸素を多く発生します。また、転倒などによりケガをしやすく、ひざや心臓への負担も大きくなります」
その点、歩くことは安全で、心臓やひざ関節、筋肉への負担も少ない。また、筋トレも悪くないが、歩くこと自体が実は全身の筋トレになっているという。
「歩くためには背筋や腹筋も使いますし、姿勢をよくして頭を支えるために首の筋肉も使っています。ほとんどの方が脚の運動だと思っていますが、歩行は上半身も鍛えられる全身運動なんです。さらに呼吸器も鍛えられるので高齢者が気にする誤嚥(ごえん)性肺炎の予防にもなります」
歩くことは心の健康にもつながる。
「いくらすすめてもなんやかんや理由をつけて歩かない人がいますが、ネガティブで心の病を抱えている場合も多く、放置すればやがて認知症へつながるリスクもはらみます」
歩くことの健康効果を詳しく解説。ぜひ習慣にして、いま抱えている不調や病気を改善するきっかけにしてほしい。
歩行を習慣にするだけ万病によく医者いらず
歩くことが健康にいいことは広く知られているが、習慣にすることで健康で長生きできることを裏づけるエビデンスも次々と明らかになってきている。まず、がんのリスクを減らす効果。
「がんの直接的な原因は遺伝子の傷。親からの遺伝や、紫外線、ストレスなど複合的な要因で遺伝子に傷がつき、日々がん細胞が生まれていますが、通常は身体の免疫細胞ががんの芽をつぶします。
特にがん細胞を撃退するNK細胞は、“適度”な運動で活性化するといわれます。ハードな運動は過度な活性酸素を発生させ遺伝子に傷をつけやすいため、やはり歩行がベストといえます」
歩行はがんの進展にも関係している。
「がんの末期で、なすすべがないという方でも歩くことで腫瘍マーカー(がんの有無を推測する目安)の値が10分の1や20分の1に下がり、余命宣告に反して長生きしている方もいます」
次に脳への効果。「歩かないために50代、60代でも認知機能が低下している人がいっぱいいます」と先生。歩くと脳の血流が増えて頭の回転がよくなり、加齢とともに減っていく神経細胞も増えることがわかっている。
「加えて、認知症になると脳内の神経伝達物質のアセチルコリンが少なくなるのですが、歩行はその分泌を促します。
また脳内ホルモンのドーパミン、セロトニンとアセチルコリンのバランスも大事ですが、薬と比べて歩行はそのバランスを自然に整える作用があります」

現代社会ではうつ病も深刻。
「脳内ホルモンのひとつ、セロトニンも歩行で分泌します。セロトニンは幸福感と関係しているため幸せホルモンと呼ばれますが、これが少ないとうつ病を招きます。セロトニンは、夜になるとメラトニンという睡眠ホルモンに変換され安眠にもつながるため、よく歩くとよく眠れるという好循環が生まれます」
糖尿病や高血圧といった生活習慣病にも高い効果がある。
「糖尿病は、炭水化物を4~6割に減らすロカボ食に1日2食の食事療法とウォーキングの習慣でほぼ改善します。この2つを続けると体重も減少。血圧は、1回30分程度の歩行で、歩く前と比べ平均で10~20下がります。生活習慣病と称されるものは食事と歩行で解決するといえます」
歩くことは腸の健康にも直結している。
「便秘は万病のもとです。胃腸は自律神経の働きでコントロールされているので交感神経と副交感神経のバランスが取れていることが大事。交感神経が優位になると便秘になりますが、歩くことで副交感神経が活性化され、バランスが整って便秘が改善します」
一部の例外を除き歩行は万病にいいと先生。
「慢性疲労症候群のような安静にしないといけない病気が1割ありますが、難病のリウマチや膠原(こうげん)病も歩けばよくなりますし、心不全や肺の病気のCOPDなどもゆっくり歩くことでよくなるとされているのがいまの常識です」
なぜ効果がある?各病気との関係性
・がん
歩行は免疫細胞、特に、がん細胞などを直接攻撃して撃退するNK細胞の活性を高めることがわかっている。また、がんになった後の免疫力の向上や治療に耐えうる体力づくりにも貢献。
・認知症
歩くことで脳の血流がアップしたり、脳の神経細胞が増えたりするため脳が活性化する。さらに外を歩くことにより、人との接点やコミュニケーションが生まれ、脳の刺激にもなる。
・うつ病
うつ病は、脳内のセロトニンやノルアドレナリンというホルモンが不足した状態。歩行はそれらの分泌を促すが、脳内ホルモンの改善にはうつ病の初期でも3か月は必要。継続が肝心。
・生活習慣病
糖尿病や高血圧、脂質異常症などの生活習慣病は、その名のとおり生活習慣を改めれば治る病気。食事療法と運動療法が対策の基本で、歩けば血糖値も血圧もコレステロール値も改善。
・便秘
腸内環境を整える食事は不可欠。それとともに歩行の習慣を持つことで、胃腸の働きをコントロールしている自律神経のバランスが整い、腸の働きがよくなり腸内環境も整う。
歩数や時間よりも姿勢や腕振りが大事
健康のためには1日に何歩、歩くことがベストなのだろうか。
「健康寿命研究所などでは病気を防ぐ歩数の目安が研究されていますが、まずは何歩からでもいいんです。とにかく“こまめに歩く”、ただそれだけです。8000歩も歩けない……と尻込みしていたら本末転倒。
コンビニに行くにしても、いつもは自転車や車を使っていた移動を歩いてみる。数分でもいい、それを積み重ねることです」
いつ歩けばいいのかもよく質問されるそうだが、それもいつでもいい、と先生。
「朝でも夕方でもどの時間帯でも好きに歩けばいいんです。ただこれからの気温の高い季節は日中のウォーキングはリスクが大きいので涼しい時間帯を選んだり、室内のランニングマシンを利用したりして、適度に水分を補給しながら熱中症に気をつけて行いましょう」
歩く速度も速歩きではなく、ゆっくりでいいという。
「特にひざや腰に痛みがある場合、無理は禁物です。とはいえ長期的に見ると歩かないとかえって悪化するので、短い距離でいいのでソロソロとでも歩いてみましょう」

ただひとつ意識することがある。“姿勢”だ。
「歩行の質を上げるには姿勢がなによりも大事。上から糸で引っ張られているように背筋を伸ばして胸を張り、モデルさんのように歩くんです。家の中や、近くのコンビニに行くときなど、たとえ1分でもいいのでモデルさん歩きをしてみましょう」
ひじの引き方にも、ポイントが。
「ひじを軽く曲げてしっかり後ろに引きます。すると骨盤にひねりが加わり背筋や腹筋が鍛えられ、股関節の運動にもなります」
ひじを振ることで推進力が生まれるため、歩行もスムーズになる。そのため、できれば手ぶらが望ましい。さらに頭を使いながら歩くと認知症予防効果もアップ。
「国立長寿医療研究センターが行った調査で、頭の体操と運動を同時に行うと認知機能が改善することが証明されています。計算や、しりとり、川柳を作りながら歩く、あるいは誰かと会話を楽しみながら歩いてもいいと思います」
それでもなかなか実行できない人は……。
「買い物や銀行には行きますよね。その機会をチャンスだと思ってリュックサックを背負って腕を振って姿勢よく歩いてみましょう。
そして少しずつ距離を延ばして習慣化していく。セロトニンがバンバン出て幸福感を感じるようになりますよ。歩くことは快楽、この喜びをぜひ体感してほしいです」
いいことずくめ!歩く+脳活
歩いているときは脳が活性化している状態。この状態をさらに活用して脳活をすればもっともっと心と身体が健康に!
1.繰り返し同じ数を引き算
例えば、100、97、94……と100から3ずつ引き算。引く数を変えたり、元の数を変えたりしてアレンジ。これはエビデンスのある認知症予防策でもある。
2.ナンバープレートの数字で計算
目に入った自動車のナンバープレートの4ケタの数字を足し算。難易度を上げて、4つの数字を使って答えを0にする数式を作っても。
3.川柳ウォーキング
歩きながら目にした景色をもとに川柳を作る。基本は「五・七・五」だが、多少の字余りはご愛嬌でOK。机に向かって考えるより頭がクリアになって、驚くほどの傑作ができるはず!
4.会話を楽しみながら歩く
パートナーや友達など誰かと一緒に歩くことで、オキシトシンという愛情ホルモンが増加。愛犬との散歩でも◎。
靴にはお金をかけて
「歩くことはいつでもどこでもできますが、その際に靴はとても重要。履いたときにどこかしら圧迫されていないか、履き心地のいいものを選んで。女性は外反母趾などに悩んでいる人も多い。扁平足で足が疲れやすかったり痛みが出るという人も。
歩くことへの弊害は健康への弊害ととらえ、足の専門医に相談を。生きている限り元気に歩ける足にしておきましょう!」

教えてくれたのは……長尾和宏先生●医師・医学博士。兵庫県尼崎市の長尾クリニック元院長。関西国際大学 客員教授、北里大学感染制御センター 研究員。“フーテン医者”として日々ブログの執筆や講演、各種メディアで連載や出演を行う。著書も多数。
取材・文/荒木睦美