対談をした戌井昭人さん(左)と燃え殻さん(右) 撮影/伊藤和幸

 燃え殻さんの新刊『この味もまたいつか恋しくなる』の発売を記念し、俳優で作家でもある戌井昭人さんをゲストに迎えて書店・ブックファースト新宿店で開催したトークイベントの一部をお届けします!

燃え殻さんの“褒める祖母”が大好き!

 戌井昭人さんとは8~9年前からの付き合いだという燃え殻さんは、戌井さんの小説『すっぽん心中』が大好きなのだそうです。

燃え殻(以下「燃」):僕は『すっぽん心中』っていう小説が大好きなんです。これは、戌井さんがとあるお店ですっぽんを食べていたら、ヤンキーがそのお店に「買ってください!」って霞ヶ浦でとれたすっぽんを持ってくる話なんだけど、「養殖じゃないと泥を吸ってるからダメ」と店主が断っているのを聞いて、物語を思いついたと。そういう感じで小説ができるんだったら、自分の人生にもいろいろあったかもしれないなって。

戌井(以下「戌」):それを言ったら、燃え殻さんの『この味もまたいつか恋しくなる』はエッセイなんだけど、どれも小説にできそうな感じで、ちょっとした人情噺だなと。出てくるのがみんな良い人々で。

:この作品はエッセイと短編小説の合間みたいなものにしたかったんです。『すっぽん心中』じゃないですけど、ワンエピソードをどこまで面白くできるか、起承転結の承転とか、転結だけの話でもいいのかなって探りながら書いていました。

:お母さんの話とか、褒めるおばあちゃんの話とか良かった!

:戌井さん、この間も「おばあちゃんの小説書きなよ」って言ってくれて。しかも〈タイトルできました。使わなくてもいいですけど〉って、本のタイトル案をメールで送ってくれて……いやほんと、いい先輩がこの世にいるんだなと(笑)。

:この褒めたたえるおばあちゃんが出てくると「来た来た!」と思って、うれしくなって。大好きなんですよ(笑)。

:そのおばあちゃんは沼津駅の北口で一杯飲み屋をやってて、僕はカウンターの下で客の話を聞くのが好きだったんですよね。もう亡くなってるんですけど、死ぬ前におじいちゃんに葬式代とか全部準備してた人。で、僕はおじいちゃんも好きだったんですよ。

 おばあちゃんが働いてるときに、店の奥の部屋でナイター見てるような、なんにもしてない感じの人だったんだけど、あるとき「おまえは俺と瓜(うり)二つだから、きっと食うには困らん。けど、働く才能はないと思う」って言われて。それがすごい自分の中に残ってるんです。自分には働く才能がないから、誰よりも頑張んなきゃ、って常々思っていました。

:その飲み屋に行ってみたかったですね。絶対燃え殻さん、瓶ビール飲んでるの似合いますもん。やっぱり、おばあちゃんで小説書いてほしいなぁ。あ、あとランボルギーニに乗る男の話も良かったです。

“食”は誰かの記憶とつながっている

 小説とエッセイ、書くことについての話へ。

:この本に出てきた父親のまずいチャーハンの話で思い出したことがあって。学生時代に「東秀」ってところでテイクアウトのチャーハンを買ってきて、家でオイスターソースを入れて炒め直すってのが流行(はや)ったこと。あと、良かったのは『あぶない刑事』を見ながら、妹さんとミートソースパスタを食べる話かな。

:編集の方から「食を切り口にしたとき、思い出す人を書いてほしい」と依頼があって。「食については書いたことがないし、自信がない」と答えたんですけど、「今までの作品にも印象的な食べ物やお酒が出てきてますよ」って言われて。振り返ってみたら、確かに書いていたんです。図書館で食のエッセイを借りてきて読んだりもしたんですけど、みんなおいしそうに書くじゃないですか?

 でも自分は一個もおいしそうに書けなくて……。ただ、食は切り口でいいという方向性だったので、食べている環境のことや気配、そのとき好きな人がいたなというようなことを少しずつコラージュして。手触りとか、熱さとか、そういう覚えているものを真ん中に置いて書きたいなって。そうやって書くと、今の戌井さんみたいに言ってくれる人がいて、読んでくれた人の食の記憶とつながっていくことがうれしかったですね。

:なんかそこがね、普通の食のエッセイと違うところで、雰囲気ありましたよ。そういう記憶が「いつかまた恋しくなる」ってことですもんね。

燃え殻さん

:結構時間がたってから、あの人はいないんだなとか、本当にもう会えないんだなって思ったりして、ドーンと悲しくなって。僕はものを書くという仕事をさせてもらっていて、でも書くと忘れちゃうんですよ。それでこうやって一冊になって読み返してみると「なんでこう書いたんだろう」と思うことがあって。でも、今の自分が思ってることより、書いたことのほうが事実や真実に近い気がして。

:うん、ありますね。読み返してみて、書いてるときの感情も、今の感情もどっちも違うわけではないんだけど。書き終わるとうっすらしちゃうのかな。

:最初に小説を書いたときに、自分の気持ちが整理整頓できて、相手もきっとこう思っていたんだなと全部観測できて。まだ血が流れてるってことまでわかったんです。海に向かって、ボトルに入れた手紙を出すみたいに、その文章がどこかの誰かに届いて、別の場所でも同じようなことが起きていることがわかると、だんだん沈静化していくんです。

:悲しみだけじゃなくて、怒りも、書くことでおさまっちゃうことありますよね。俺も映像の仕事で、現場でネクタイを締めるときにまごまごしていたら、衣装のおばさんが「あなた、役者でしょ?」って言ってきて。本当に嫌な感じで怒る人で。ウエストが1センチくらい増えていたのか、用意されたズボンがきつくて。そうしたら、そのおばさんがすっごい怒り出して「私たち、数字で商売してんのよ!」って。あまりにもムカついて『俳優・亀岡拓次』って小説に名前を変えて書いたことありましたよ(笑)。

:そうやって日常のエピソードを入れるんですか?

:入っちゃいますね。

:わかった!小説を書くときと、エッセイを書くときに違うこと。書くときに真ん中に置いてることが本当のことで、そこに演出が入るのが“エッセイ”。真ん中に虚構があって、その周りに本当のことが書いてあるのが“小説”ですね。

:本当、そうですよね。俺も本当に起きたことを、いろいろぐっちゃぐちゃにまぜて書いたこともあります。

:『すっぽん心中』はそうですよね。

:そうですね。僕の小説に『鳩居野郎』っていうのがあるんですけど、ビルの屋上に鳩がいて、ずっとうるさくて、来ないように網を張ったら、鳩が引っかかっちゃって。助けなきゃと思ったけど、手が届かないから包丁をほうきにくくりつけて切ろうとしてたら、下に見物人が集まってきちゃった。

「狂人と思われたらどうしよう!」と焦って、「鳩、大丈夫ですかね~?」って大声を出したら、逆に見てる人が凍りついちゃって……という自分の体験を小説にした話(笑)。その出来事の後、『すっぽん心中』が芥川賞の候補になって、単行本を出すときにあと一本小説を入れないといけない、でもストックがない……あ、そうだ、こないだの鳩の話あります!って嘘と本当をちりばめて、物語風にして書いたんですよ。

:もしかして、その鳩の話を入れたから、芥川賞ダメだったんじゃないですか?(笑)

会ったことはないけど、好きになる人

『この味もまたいつか恋しくなる』を読んで気になった言葉を抜き書きしてきたという戌井さん。

:本の中に書いてあった素敵な言葉をメモしていて……あ、これだ。《本当の癒やしはきっと大雑把な暮らしにしかない》。すごいなと思って。なんか優しさにあふれてますよね。燃え殻さんは、みんなが抜け落としているところをサクッと書く。

戌井昭人さん

:戌井さんの書くものって、「俺がなぜダメなのか」を見せるプロットがすごい。僕の好きな大槻ケンヂさんとか中島らもさんもですけど、気持ちがざわざわしたり、落ち込んでいたりするときに読むと、同じようにざわざわしてる人がこの世に生きてるんだなと思えて。なんとなく大丈夫な気がしてくるんです。

 らもさんはもう亡くなってるけど、本を残してくれたんで、読むことができる。だから僕も何十年かたったときに、「燃え殻って面白いじゃん。あ、でもこいつ死んでるんだ。生きてたら、トークイベントとか行って、感想言ってやりたかったな」とか「こういう人がいたんだったら、生きててもいいかな」と思ってもらえるといいな。僕もそういう人間になれたら、と思いながら書いてます。

:昔の人もそうだもんね。色川武大さんなんて、読むといいなぁと思うし、飲みながらのんびり話してみたかったなと思います。

:うん、なんか、それが本を読むことの醍醐味(だいごみ)な気がして。本を手に取ることで、その人の考えがじんわり自分の中に入ってくるっていう体験が好きなんですよ。その人に触れるような気がするんです。そうすると、人に優しくなったり、普段入らないお店に行ってみたり、それがいいじゃんと思えたりとか、行動につながっていく。

:うん。会ったことはないけど、好きになるってあるかもしれないですね。田中小実昌さんとか、殿山泰司さんとかね。

:はい、会ってみたかった!

もう早く当たって!という切実な夢

 最後は参加者からの質疑応答へ。「直近の夢は?」

:誰かから「こういうのやってほしいんですけど」というお題をもらって、応えたいなっていうのが夢ですね。ものを書く仕事って、0→1の仕事っぽいけど、本当にそうなのかなって。アーティストと呼ばれる仕事も含めて、ほとんどの仕事が全部、読者の方だったり、クライアントだったり。

 人が求めてることって何なんだろう、自分ができることって何なんだろうと考えて、じゃあ、この場合はこういうことだよね、と出していくことだと思っていて。だから他力本願というか、自分の人生を左右してくれるような人に出会って、もっとこうしてほしいとか、なんかこういうふうにしたいとか言われて、じゃあなんか考えてみようかなって思えることが起きるのが夢かもしれないな、とずっと思ってやってます。

:俺は普通に仕事をもっとたくさんできるようになりたいです。就職活動みたいですけど(笑)。あ、それで夢とはちょっと違うかもしれないけど……毎回銀行口座から金を下ろして残高見ると、だんだん少なくなってきて「やばい」と思ってるんだけど、いつも「宝くじ」ってとこ押して、買っちゃうんですよ。

:ええっ、そんな押すとこありますか!?

:みずほ銀行だと、買えちゃうんですよ!それで自分の誕生日と、奥さんと娘の誕生日の日にちを入れて買ってるのね、ロト6。それをやめられないんだよ! もし買わないでその数字が来ちゃうと嫌だから、もう早く当たってほしい!(笑)

:残高が減るか、夢が叶って当たるかのどちらか!(笑)

:買ってないと「どうしよう!」って思っちゃって。

:もうなんかオンラインカジノみたいになってる(笑)。

:オンラインカジノは怖いですからね……だからロト6で終わらせておきます。週に千円使うか使わないかくらいなんで(笑)。

戌井昭人●1971年、東京都生まれ。文学座を経て、'97年パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」を旗揚げし、俳優、劇作家として活躍。 撮影/伊藤和幸

戌井昭人●1971年、東京都生まれ。文学座を経て、'97年パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」を旗揚げし、俳優、劇作家として活躍。2008年『鮒のためいき』で小説家デビュー。『まずいスープ』『ぴんぞろ』『ひっ』『すっぽん心中』『どろにやいと』で計5回芥川賞にノミネートされる。'16年『のろい男 俳優・亀岡拓次』で野間文芸新人賞受賞。

燃え殻●1973年神奈川県生まれ。テレビ番組の小道具制作会社勤務を経て、2017年にネット上で連載した『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。 撮影/伊藤和幸

燃え殻●1973年神奈川県生まれ。テレビ番組の小道具制作会社勤務を経て、2017年にネット上で連載した『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。著書に小説『これはただの夏』『湯布院紀行』、エッセイ『それでも日々はつづくから』『夢に迷ってタクシーを呼んだ』『明けないで夜』など。作品が次々と映像化、舞台化されるなど、今注目の作家。

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取材・文/成田 全