タブレット純さん 撮影/渡邊智裕

 ムード歌謡グループのボーカルだったという経歴を生かし、ムード歌謡漫談、歌手としても活躍するタブレット純さん。文才や画才にも恵まれ、著書も多数。しかしそんな彼でも、思い悩んだ日々が長く続いていたとか……。昭和の歌謡曲のように情念と純情が交差する、タブレット純さんの深層に迫りました!

封印していた過去も書きました

 哀愁漂うたたずまいで、ギターを爪弾きながらネタを披露する「ムード歌謡漫談」で人気を博す芸人・タブレット純さん。昭和歌謡の情念を思わせる歌声とは裏腹に、自身がMCを務めるラジオ番組ではウィスパー・ヴォイスで歌謡曲への愛を囁く。

 そのギャップで多くのマダムを魅了しているが、胸の内では「ここは居場所ではない」という違和感を抱えている。

ずっと、あまり活動が定まっていないんです。人前に出るのが苦手な僕が、どうしてステージで歌を歌っているんだろう、と疑問を感じながら続けています

 そう話す彼が芸能界に足を踏み入れたのは27歳のとき。幼いころから熱狂的なファンだった『和田弘とマヒナスターズ(マヒナ)』のメンバーとなり、後に芸人に転身。23年ものあいだ、この世界に身を置いている。

 2024年に発売された『ムクの祈り タブレット純自伝』(リトルモア)では、初の自叙伝として、これまで彼がたどってきたさすらいの日々を綴った。

 幼いころに別れを告げた飼い犬「ムク」とのエピソードや、介護職時代の日常。儚く散った淡い恋。そして、デビュー当時のてんやわんやが、湿度の高いタッチで書かれている。

初めは、もう少し面白おかしく書いていたのですが、そうするうちに、後ろめたい過去も書きたくなって……。思春期には、太宰治の作品をよく読んでいたので『“文学”をやる以上、抱えていた苦悩も書かねば』との思いで、封印していた過去も書きました

 そう、同書にはタブレットさんが“酒にのまれていた暗黒時代”も克明に記されているのだ。

マヒナスターズ時代(左端がタブレット純さん)

 彼と酒の物語は、専門学校生時代に始まる。当時、学校になじめなかった彼は、ペットボトルのミネラルウォーターの水を7割抜き、25度の焼酎を注いだ「ペットボトル酒」を持参して通学していた。

 その後もマヒナとしてステージに立つ前に酒をあおって緊張をほぐし、夜はスナックで酔いつぶれる日々……。彼は、首までどっぷり酒につかる毎日を過ごしていたのだ。

自分の人生を本にするからには、少しでも意義のあるものにしよう、と決めていました。ふさぎ込んでいる人に、どん底から少しだけ這い上がれた僕を見てもらい、何かを感じてもらえたら、と思いながら書いていましたね

 その一方で読者の反応が想像できず、世に出すことに恐怖も感じていたという。

いざ出版されると、私の耳に届く範囲では『面白かった』『一気に読み終えた』といった好意的な声が多かったのでひとまずホッとしています。本を読んで幻滅してしまった人は、何も言わずに離れてしまったのかもしれませんが……。ただ今は、自分の元から去られてしまっても、それも“読者の感想”だと捉えています

仕事がある日の前日も酒は飲まなくなった

 『ムクの祈り』は、彼自身の覚悟とともに生み出された一冊なのだ。以前は手放すことができなかった酒との関係にも、変化が訪れている。

中学生のころのタブレット純さん

今は、仕事がある日の前日も酒は飲まなくなりました。でも、先日取材を受けたときにミネラルウォーターのペットボトルをテーブルに置いていたら『もしかして、ペットボトル酒ですか?』なんて質問されてしまいました(笑)

「ペットボトル酒」は、図らずも彼の特徴のひとつとなってしまったようだ。ここで気になるのが“仕事の前は酒を飲まない”という言葉。聞けばタブレットさん、禁酒をしているわけではなく、休日の前夜は記憶をなくすほど酒を飲む夜もしばしば。

仕事前に酒を飲まなくなった分、中途半端に飲めなくなってしまったように思います。酒場やスナックの雰囲気が好きなので、家では飲みませんが、外で前後不覚になるまで飲んでしまうんです。ウーロンハイを“濃いめ”でオーダーして4〜5杯飲むころには記憶が曖昧。2軒目にスナックに入れば、無性に歌いたくなって1〜2曲歌うこともありますね

 スナックでは正体を明かさず、ひっそりと飲むのがタブレットさんの流儀。しかし、マイクを持つと店内にどよめきが起きる。同席した客としてはうらやましい限りだが「できれば歌手とバレたくない」と笑う。

プロだとバレてしまうと、お店は『稼いでいるはず』と勘違いして、勘定を少し高くされるんです。僕はお酒が飲めて少し歌えれば満足なので、やっぱりバレたくないですね(笑)

 何より“タブレット純”だと気づかれないほうが、面白い出来事に遭遇できるという。実際に旅先のスナックで予想もしない展開になることも……。

先日、長野での仕事を終えて同県の上田市を訪れました。地元の居酒屋で食事をしているときに『このへんにいいスナックはありますか?』とマスターに尋ねると『じゃあ行くか!』と言いながら店じまいを始めたんです

 実は上田はスナック文化が花開いている町。市が販売している「ナイトパスポート」を購入すると、指定の店舗なら1時間2000円でドリンク1杯とカラオケ2曲が楽しめる町おこしを実施している。

好きなモノやコトに没頭できる環境に感謝

マスターに聞かなければ『ナイトパスポート』の存在も知りませんでした。こうした巡り合わせは、僕の正体が知られていないからこそ起きたように思います。ただ、居酒屋には10分ほどしかいなかったので、もう少しゆっくり食事もしたかったですね

 かつてタブレットさんは、スナックからステージの依頼を受けて歌を披露し、糊口をしのいでいた。そうした過去も相まって、スナックには特別な感情を抱いているという。

スナックは、お酒を飲む場としては決して安いわけではありません。とはいえ僕もかつてスナックにお世話になった身。“同志”でもあるので、お金を落とすことに悔いはないです

 6月には、そんな彼のライフワークともいうべき“純礼シリーズ”の新刊『タブレット純の青春歌謡 聖地純礼』(山中企画)が発売された。その名のとおり、タブレットさん自ら青春歌謡の史跡を巡礼し、感慨に耽る一冊だ。

「もともと、いろんなところへ探索に行くのが好きなんです。また、今でも風呂なしアパートに住んでいることもあり、銭湯巡りも大好きです。今でもガラケーですし、『不便じゃない?』と言われますが、情報がすぐ手に入ってしまうところとか、現代の便利すぎるからこそ起きるトラブルを回避できていると思っています。

 図らずも、幼いころに憧れていた“歌謡曲研究家”のようなお仕事ができているのは、ありがたい限りです。今いる場所は、“自分の居場所”ではないかもしれません。ですが、流れてくる情報に振り回されることなく、自分で選んできた好きなモノやコトに没頭できる環境に感謝しています

 昭和歌謡を深く愛する芸人・タブレット純。彼は今夜も、ギターケースを背負いながら居場所を求めてトボトボ歩く。

『タブレット純の青春歌謡 聖地巡礼』(山中企画・税込み2000円)「昭和歌謡のオーソリティー」タブレット純が、今度は青春歌謡の聖地を巡り、レジェンドたちと会う。“純礼”シリーズ第4弾。 

たぶれっと・じゅん 1974年生まれ、神奈川県出身。幼少期よりAMラジオを通じて古い歌謡曲やムードコーラス、GSに目覚め、27歳のときにムードコーラスの大家・和田弘とマヒナスターズに「田渕純」の芸名で加入。その後改名し、ソロ歌手として活動しつつ、寄席、お笑いライブに進出。「ムード歌謡漫談」という新ジャンルを確立し、テレビ、ラジオなどでも活躍中。

取材・文/大貫未来(清談社) 撮影/渡邉智裕