小泉進次郎農林水産大臣

 昨年夏ごろ始まった“令和の米騒動”は、早くも1年がたつ。スーパーの米平均価格は5月に4285円/5キロと最高値を記録したが、農林水産省が6月23日に発表した価格は3920円。3か月ぶりに3千円台に戻り、値下がりの傾向を見せている。

 とはいえ、これから米の在庫が1年でもっとも少なくなる夏を前に、問題は山積みだ。

備蓄米をじゃぶじゃぶ放出

備蓄の底が突くまで放出を続けるのか? 気になるのは“その後”のことだが……(写真はイメージ)

「小泉農林水産大臣は“備蓄米をじゃぶじゃぶ放出”などと発言していましたが、根本的な問題解決につながるとは到底思えません。不足量を把握できておらず、計画性がない印象です」

 こう話すのは、元新聞記者で、現在は米・食味鑑定士やお米ライター、農家としても活動中で夫が米農家の柏木智帆さん。柏木さんは新聞社勤務時代、取材を通じて日本の稲作の現状に興味を持ち、新聞記者から農家に転身した異色の経歴の持ち主でもある。

「わが家でも備蓄米を作っていますが、政府は5月に今年度産の備蓄米買い入れ入札の中止を発表しました。需給の安定を最優先するためとされていますが、農家からは戸惑いの声もあがっています」(柏木さん、以下同)

 そもそも、今回の米不足、価格高騰の原因は何なのか。専門家の間ではさまざまな議論がなされているが、米農家の目線も持った柏木さんは5つのポイントを挙げる。

1. 米の栽培面積そのものが減り続けている

 令和5年産のデータで見ると、10年前に比べ米の栽培面積は35万ヘクタールも減少。これは佐賀県の面積よりも広い範囲に匹敵する。消費者の米離れを考慮しても、作付け面積の減り幅は著しい。

2. 小麦価格の上昇による米需要の増大

 天候不順やウクライナ情勢の影響で、令和4年あたりから小麦価格が上昇。比較的安価な米の消費量が増えた。

3. 令和5年産の米が受けた高温被害

 高温や乾燥で、米が白く濁る「乳白粒」が多いなど精米時の歩留まりが悪く、例年に比べ全体の流通量が減った。

4. コロナ禍をきっかけに手厚くなった「転作補助金」

 コロナ禍に外食・中食産業での米消費量が大幅に減少した影響で、米余りが顕著に。そこで、政府は米価下落を防ぐためにも主食用米から飼料用米や加工米、麦、大豆などへの転換をより推奨。補助金を手厚くしたことで、主食米の生産量が減った。

5. 昨年8月の「南海トラフ地震臨時情報」の影響

 買い占めとまではいかずとも、多くの消費者の間で「いつもより多めに米をストックしておこう」という心理が働き、結果的に全体的な消費量が増えた。

 この中でも特に注視すべきが、転作補助金の拡充だ。国は2018年に、48年間続いた減反政策を廃止。その一方で、飼料用米や麦などへの転作補助金を拡充してきた。つまり、生産量目標の配分は廃止されたが、国による米の生産量調整は実質続いているといえる。インバウンド需要も多少は影響しただろう。

「農家や米販売店は、かなり前から減反や離農による米不足を問題視していました。今回の米騒動についても、来るべくして来たという印象です」

 また、都道府県ごとの米の出来具合を表す作況指数が実態と乖離しており、需給バランスの見極めが不十分であることも大きな問題のひとつだ。

「世論を受け、小泉農水大臣は6月にいきなり作況指数の廃止を発表しました。作況指数に問題があることは事実ですが、いきなり廃止ではなく、米屋や卸などの声も聞きながら最適解を模索するなどほかにやり方はあったのでは。やや暴走ぎみの印象です」

“小泉劇場”の再来を冷たい目で見る農家

備蓄米の倉庫を視察した小泉農林水産大臣(本人のインスタグラムより)

「米を買ったことがない」と発言して更迭された江藤前農水相に代わり、小泉氏が新たに農水相となったのが5月末。「スピード感をもって対応する」の言葉どおり、次々と備蓄米を放出。6月初旬からは令和3年産の古古古米も店頭に並び始めた。備蓄米の合計放出量は7月までに約60万トンに及ぶ見込みだ。  

 テレビでは、スーパーの棚に備蓄米がズラリと並ぶ様子や、「安く買えた」と喜ぶ消費者の姿とあわせ、連日のように小泉農水相の動向を報道。まるでヒーローさながらだ。令和版の“小泉劇場”の影響か、6月半ばに産経新聞社とFNNが合同で実施した世論調査では、「次の首相にふさわしい人物」として小泉氏がトップに。この結果に、多くの農家が鼻白んでいるという。

「小泉氏とは反対に、江藤前農水大臣は備蓄米の放出に慎重でした。米価の不当な下落を防ぐためでもあるので農家としては理解できますが、1円でも米を安く買いたい消費者からは反発がありました。結果論ではありますが、新米が出ても米が足りないことがわかった昨年12月ごろに備蓄米の競争入札を決断して、年明けから放出していれば、ここまでの混乱は防げたかもしれません」

 政府による備蓄米の売り渡しは、これまで競争入札で行われてきた。しかし、今回の騒動ではタイミングを見誤ったことから米の高騰が止まらず、もはや競争入札では小売店での価格が下げられない事態に。

 そこで小泉氏が採り入れたのが随意契約だ。政府が備蓄米の売り渡し先に加えて価格や量も任意に決められるため、5キロ2000円という激安価格での販売を可能にした。柏木さんは、このような小泉氏の近視眼的な政策が、今後の日本の食の根幹を揺るがしかねないと考えている。

「目先の安さばかりが報じられていますが、古古古米まで放出しているこの状況では飼料用米が足りなくなり、次は卵や畜産物が高騰する可能性も十分あり得ます」

 そもそも、これまで米価格が安すぎたことが原因で離農が進んでいる現状もある。この先ますます米が値崩れするようなら、農家が稲作を続けることは困難だ。

「米は食料安全保障の要。日本の稲作の基盤が崩壊すれば、主食である米を輸入に頼らざるを得ません。それは国の弱体化をも意味する、極めて重大な事態です」

米の輸入自由化が騒動の先に見え隠れ

 その懸念は現実のものになろうとしている。小泉農水相は6月20日の会見で、ミニマム・アクセス米(MA米)の一般輸入分の前倒しについて言及した。

 MA米とは、'93年のWTO(世界貿易機関)ウルグアイ・ラウンド交渉で定められた「日本が海外から最低限輸入しなければならない米」のこと。現在、アメリカやタイ、中国などから年間77万トン輸入されている。

 多くは米菓やみそ、焼酎などの加工品や飼料用米に利用されるが、うち10万トンは主食用で、外食・中食産業などに販売される。小泉氏は米不足の新たな対策として、MA米主食枠の輸入前倒しを決めた。

「農家は、国がこの騒動に乗じて米の輸入自由化を強行するのではないかと危惧しています。参院選終了後がひとつのタイミングになるのではないか」

 備蓄米は常時100万トン程度の保管を基準としているが、小泉農水相の会見によれば、度重なる放出によって現在の在庫は約15万トンにまで減少。MA米の輸入前倒しは、災害など万が一の事態に備えるためだという。全体の輸入量や、主食枠の増加については言葉を濁したが、今後、方針転換も十分考えられる。

「米は日本の主食。自給自足が基本で、輸入に頼ることは絶対にあってはなりません。今回の米騒動について、農水省や卸、JAなどに責任の所在を問う声が相次いでいますが、私は国民一人ひとりが、米のことを真剣に考えてこなかったことが最大の原因ではないかと思っています。このままでは小麦と同様、米までも外国産が当たり前になってしまうかもしれません」

 令和4年度の1人あたりの米の年間消費量は約50・7キロ。50年前と比べ半分以下にまで減少している。米とパンの支出額も'11年に逆転。今ではパンのほうが多い。

 物価高騰にあえぐ国民と、米生産者との認識のギャップも大きな課題だ。5月に全国の新聞社と日本農業新聞が合同で行ったアンケートでは、消費者が考える米の適正価格が5キロあたり2000円台前半だったのに対し、生産者の多くは3000円台後半と答えた。現実問題として、消費者が求める価格では持続的な米作りはもはや不可能だ。

「低所得世帯には米の支援など政府が具体的な策を打ち出す必要がある一方で、国民も米問題を自分事として捉えなければならない段階に来ています。私たちにできることは、外国産小麦のパンではなく国産米を食べること。そして農家としては、米の『最適価格』について改めて考えてもらいたいです」

 小さな心がけも、集まれば大きな力になる。今こそ国民が全力で、「日本の米」を守るべきときだ。

<取材・文/植木淳子>

柏木智帆 米・食味鑑定士、ごはんソムリエ、お米ライター。新聞記者と米農家の経験から、お米の魅力を追求。著書に『知れば知るほどおもしろい お米のはなし』(三笠書房 知的生きかた文庫)