
栃木県の益子で人気カフェを営んでいた信田良枝さん。70歳手前でカフェを閉め、現在はひとり暮らしに。その様子を紹介したYouTubeチャンネルが話題となり、一冊の書籍となりました。毎日を小さな幸せや充実で満たす術に、年代を超えて共感が広がっています。
ひとり暮らしを始めてからの基準は“心地よさ”
長い老後をどう過ごすかは、誰にとっても関心の高いこと。自由な時間は増えるが、お金や健康問題など悩みもついてくる。
栃木県・益子町在住の信田良枝さんは、69歳で運営していたカフェを閉め、愛猫とひとり暮らし。自分にとっての心地よさを大切に、四季の自然を感じながら日々を過ごす達人だ。
その暮らしぶりを紹介するYouTube『Kuchinashi』チャンネル「益子、暮らしの便り」は合計再生回数103万回(2025年3月)を超え、多くの人の共感を呼んでいる。
現在、77歳の信田さんに、実践している暮らしのアイデアや、老後の生き方ついての考えを伺った。
「ひとり暮らしを始めてからの基準は、自分にとっての“心地よさ”です」(信田さん、 以下同)
心地よさは好きなものに囲まれることで生まれる。家にある家具や服は、自身の気に入ったものばかりだ。
「カレンダーや包装紙、空き缶でも、自分が直感的に好きと思えばストック。紙片をコラージュし、うちわや文庫本のカバーにしています」

心地よさへのこだわりは毎日の食卓にも。特に大切にしているのが、一日の始まりである、朝食の時間だ。
「季節がよければ窓を開けて、庭の景色を見ながら、時間をかけてゆっくりと食べます。空気がおいしいと食がいっそう進みます」
卵か肉料理を必ず入れ、野菜は多めに。それに、パン、ヨーグルト、コーヒーが毎朝のメニュー。
「食事はおいしく食べないと栄養にならないんじゃないかしら?」と、間食、夕食は腹八分目に、新聞や本を読みながらの“ながら食べ”はせずじっくりと味わう。赤、緑、黄色、黒、白の5色を意識したメニューで、見た目だけでなく、バランスの取れた食事となる。
「外食の機会が減る年齢だからこそ、お気に入りの器で楽しんでみるのもいいですよね。残り物や乾き物でも、小さくてかわいらしい器に、ちょこっと盛って並べると、器の力でおいしそうに見えます」
冷蔵庫の余り物でメニューを考えるのも得意だ。
「買い物は冷蔵庫が空っぽになるまでしないんです。人間って困ると知恵が働くので、新しいメニューのアイデアが湧いてきます」
散歩は歩くことが目的になると続かない
そんなひらめきから、野菜の切れっ端も、オリジナルのキーマカレーやミネストローネ、かき揚げなどに生まれ変わってきた。

「家で気分よく過ごせる素敵な服があるといいな」と、服作りを始め、今では手作り服の工房を持つ信田さん。
「服の多くはサイズフリー。主にコットンやリネン、ウールなどの天然素材の生地をたっぷりと使い、ウエストは伸縮性のあるゴムで仕上げています」
と、やはりいちばんに着心地を大切にしている。また、部屋の片づけを習慣にし、心地よい住まいの環境を整えている。
「庭が一望できるリビングが朝の特等席。でも、目の前のテーブルが散らかっていたら台無しになってしまうでしょ。だから、就寝前に使ったものを収納場所に戻し、片づける習慣がつきました」
服作りのアトリエも一日の終わりには生地や裁縫道具を元の場所に戻しておき、一週間に1度くらい収納棚の中を整理する。
「朝起きたら、家中の窓を開けて換気します。せっかくの景色を隠すのはもったいないので、窓にはカーテンをつけていません。その分汚れが丸見えになってしまうので、マメに窓を拭きます」
窓拭きで使うのは雑巾だけ。水拭きしたあと乾いた雑巾で拭き上げる。
「腰に持病があり、しゃがんでする作業はつらいので立ったまま。洗剤は最初からは用意せず、汚れが落ちなければ使います。汚れに気づいたとき、身軽に掃除ができるフットワークの軽さを大事にしています」
年齢を重ねるとともに低下する体力。信田さんは、毎日の散歩とスクワットやかかと落としなどの運動で、筋力づくりに努めている。
「散歩は歩くことが目的になると続かないので“お土産”を探しにいくつもりで」
お土産とは、四季の草花や木の枝のこと。摘んできた草花は空き瓶や籠に活けたり押し花に。拾った木の枝は、適当に長さをカットして刺しゅう糸を巻いてブローチとなり、暮らしに彩りを添える。
老後の暮らしに欠かせないお金については、ひとり暮らしをする際に、大きく見直ししたそう。
一日一日を納得して生きていればなんとかなる
「家計簿をつけ始めました。ひと月にかかるランニングコストを把握し、お金の見える化をしたことで、節約の余地があることに気づきました」
光熱費を見直し、照明の電球を消費電力の低いLED電球に交換。冷蔵庫も1人用の小さなものに買い替えた。
世間で“老後の資金に2000万円必要”と騒がれていたときも「足元を見つめて、一日一日を納得して生きていればなんとかなる」と焦る気持ちはなかったそう。好きなものしかない暮らし。無駄なものを買わないことも、節約に役立っている。
移り変わる四季の中での小さな変化を楽しむ信田さん。とことん自分の心地よさに向き合う姿勢こそが、老後の暮らしの豊かさだとわかる。私たちも、まずは自分の心地よさを探すことから、老後の計画を始めてみたい。

取材・文/小林賢恵