鹿賀丈史(74)撮影/佐藤靖彦

 2024年元日の能登半島地震、続く奥能登豪雨。復興途上のこの地を舞台に、ショートフィルム『生きがい IKIGAI』は生まれた。

 企画・脚本・監督は宮本亞門。主演は、舞台・映像を問わず第一線を走り続ける俳優・鹿賀丈史。鹿賀が演じるのは、愛する妻を亡くし、2度の災害で生きる希望を絶たれた元教師で「黒鬼」と呼ばれる山本信三。助けを拒み、孤独に生きようとする男が、ひとりの青年との出会いで少しずつ心をほどいていく。

ショートフィルムの中で深い絶望と孤独を物語る

大地震の爪痕が残る場所で、『生きがいIKIGAI』の撮影は行われた(同時上映のドキュメンタリー『能登の声』より)

 石川県出身の鹿賀が、故郷を思いながら演じた役に込めた願いとは。

「普通、災害現場から助け出されたら喜ぶでしょう。本人も生きて帰れたことに安堵するはず。でもこの役は、そこが逆の設定からなんです」

 大地震の後の豪雨で家が半壊して72時間の生死をさまよい、救助された信三。助けられたことに感謝するどころか、鬼の形相で「わしにかもうな!」と一喝する。能登弁の最初のセリフはインパクト大だ。長いセリフはほとんどないショートフィルムの中で、そのひと言が彼の深い絶望と孤独を物語る。

「やっと死ねると思ったんですよね。17年前に亡くなった奥さんのもとに行けると安心していたら、救助されてしまった」

 助けられたことへの「憤り」が、黒鬼の心に渦巻いたのだ。

「黒鬼は、かつてギターを弾いて皆を楽しませていたような人物です。でも退職後すぐに妻を亡くし、その後十数年の孤独、そして2度の災害が彼を変えてしまった。自衛隊の手を振り払い、泥だらけのまま避難所にも入ろうとしない。ボランティアが家具の片づけを手伝おうとしても『出て行け!』と怒鳴りつけるんですからね」

被災地の現実と人々の優しさに触れて

「能登には心優しく、奥ゆかしい人が多い」と語る

 黒鬼の家は実際に被災した家屋で半壊状態。暖房は一切なし。スタッフもヘルメットを着用しての撮影だった。

「全壊した家々の前を何度も通りました。暮らしていた方々が今どういう思いでいらして、安全な場所に避難していらっしゃるのかと思いを巡らせて。

 僕も石川県出身ですから、目の前の光景を見ながら、大げさな芝居をするよりも、自然に、逆境の中で生きる方の心のリアリティーを出せればいいと思ったんです」

 印象的だったのは、体育館で避難生活を送る被災者たちがエキストラとして参加してくれたことだった。彼らは撮影中、皆が明るい顔をしていたと鹿賀は振り返る。

「日常から離れて、映画の世界に入り込んで、少しでも喜びを感じてもらえたのではないでしょうか。中には『冥土の土産になった』とか、そういう方もいらっしゃったんですけど(笑)。『そんなこと言わずに』って笑ってね」

 遠慮がちでありながら、心遣いを忘れない能登の人々の奥ゆかしさにも触れ、「そんな土地柄が2度の災害で廃れていくのは本当にもったいない」と復興への強い思いをにじませた。

 宮本とのタッグは、ミュージカル『生きる』での深い縁に続き、今回は30年ぶりの映画での共演となる。

「ある日突然、亞門さんから連絡があって『能登でショートフィルムを撮るんだ』と。台本も何も読んでいなかったんですが、すぐに『やりましょう』と返事をしました」

 と微笑む。台本は4稿、5稿と練り上げられ、撮影現場でもセリフが変わるなど、生きた作品づくりが行われた。

 舞台演出家である宮本ならではの撮影スタイルも、印象に残っているそう。

「普通の監督なら『よーいスタート!』と威勢よく声をかけるところを、亞門さんは『はい、始めましょう、よーいスタート』って、普段どおりの言い方なんです」

 と笑う。その独特なかけ声が、現場の緊張を和ませ、俳優たちが自然に芝居に入る雰囲気をつくり出したという。

「作品全体に漂う“ナチュラルな感じ”は、そうした現場の雰囲気から来ているのかもしれませんね」

 黒鬼の心が動くのは、ボランティアの青年との出会いだ。演じたのは小林虎之介。宮本のリクエストで出演が決まったという。

「芝居のよくできる青年で、自分の出番もないのに撮影の初日からずっと現場にいて、熱心に役づくりをしていました。非常にナチュラルに演じる人で、そういう意味ではやりやすかった。ああいう青年だからこそ、黒鬼も心を開いて、『お茶でも一緒に飲むか』となるんですよね」

 まさに黒鬼の心の変化が、復興を象徴している。

 また、亡き妻を演じた常盤貴子については「美しい存在だった」と振り返り、「若い人たちと芝居ができるのは幸せ」と笑みを見せた。

 彼らとの世代の違いについて尋ねると「それはいつも感じていますよ」とサラリと言いながら、「今の若い人は本当に優秀。僕らがデビューしたころとは違いますね。逆に刺激を受けることも多いです」とも。

再び「生きがい」を。能登復興への願い

 鹿賀にとっての生きがいは何か、聞いてみた。

「やっぱり芝居をするということですね。ちょっと時間ができたときは、遊びに行ったりすればいいんですけど、僕、しないんですよ(笑)。力がスッと抜けるとなぜかものぐさになって、ゴロゴロしたりね(笑)。

 だから仕事をしているときのほうが身も心もアクティブになりますね。やっぱり身体が元気じゃないと芝居の発想も湧かない。芝居の根本は元気な肉体にあると思うんです」

 とキッパリ。日々の健康維持にも余念がなく、自宅でのエアロバイクや腹筋、背筋、腕立て伏せは日常的にやっているそう。

「身体を鍛えるというよりも、現状維持のためですね。足が弱らないように、俊敏な動きができるようにと心がけています」

 鹿賀に改めて能登の復興の遅れについて問うと、顔から笑みが消え、語り始めた。

「陸路がダメで、海も海岸線が隆起して船が運航できないと。空から行けばいいじゃないかと思いましたが、そういうわけにもいかなかったみたいで。しばらく立ち行かない状態が続きました。憤りというか、なんとかならないものかという気持ちがずいぶんありましたね」

 と歯がゆさを吐露し、

「やむを得ず今の場所を離れなければいけない人たちがいます。でも高齢のご夫婦が家を再建するのは難しいですよ。国や県が支援の手を差し伸べられればと思いますけど、そう簡単ではないようですね」

 今回の映画が、能登に生きる人々が再び「生きがい」を見いだすきっかけになることを願っている。

 最近になって、都会から能登へ移住する若者も現れ始めていることに対しては、「そういう人たちがまた、能登の復興に関わってくれるといいな」と再び微笑んだ。

 鹿賀が渾身の演技で魂を吹き込んだ、『生きがい IKIGAI』。能登の復興への願いを込めたメッセージであり、私たち自身の「生きがい」を再発見するきっかけにもなるかもしれない。

『生きがいIKIGAI』(上映時間:28分)脚本・監督・企画:宮本亞門 出演:鹿賀丈史、常盤貴子、小林虎之介、津田寛治、根岸季衣 7月11日(金)シネスイッチ銀座ほか順次公開

<取材・文/浦上優>