
「救急車もう1台来られますか、2人います」
「心肺停止しているから早く!」
その夜、JR浜松駅から西に約500メートルのネオン街に必死な声が響き渡った。
小バカにされたから、やっちゃった
浜松市中央区のガールズバーで従業員ら女性2人が、客から刃物で刺される事件があったのは、7月6日の午前1時過ぎのこと。スナックや居酒屋が立ち並ぶ繁華街にパトカーや救急車が駆けつけた。刺された2人が搬送される様子は、ブルーシートで遮られて見えなかったという。
店の前で両手を血で真っ赤に染めて立ち尽くしていたのが、県警浜松中央署に現行犯逮捕された静岡県袋井市の無職・山下市郎容疑者(41)だった。
搬送先の病院で死亡が確認されたのは、ガールズバー店長の竹内朋香さん(27)と、従業員の伊藤凜さん(26)。いずれも背中を中心に10か所以上の刺し傷などがあり、死因は失血死だった。
凶器は刃渡り約20センチの「ククリナイフ」2本。刃が湾曲して殺傷能力が高いとされる。
「山下容疑者は両手にククリナイフを構え、脅して連れて来たとみられる伊藤さんと店に入り、店長の竹内さんの頭をビール瓶で殴ると、背中などを複数回、刺しました。驚いて外に逃げ出した伊藤さんを追いかけ、同じように刺しています。ほかの従業員や客には目もくれず“バカにしやがって”などと叫んで凶行に及び、店の関係者に“小バカにされたからやっちゃった、ごめん”とつぶやいたそうです」(全国紙社会部記者)
店は2023年12月にオープン。被害者の知人らによると、竹内店長の夫がオーナーを務め、以前は同じ場所でダーツバーを経営していた。店長は幼い子ども2人を育てるワーキングママだという。

ガールズバーに業態変更するとき、近隣の飲食店に挨拶回りをしていた。
「オーナーが店長を連れて来て“この子が店長をやります”と紹介されました。夫婦とは知りませんでしたが、営業前に女性スタッフと焼き鳥などを食べに来てくれました。店長は、やせすぎではないかと心配になるくらい細い。ふだんはTシャツにジーンズといったラフな服装でした」(近隣の飲食店の60代男性店主)
伊藤さんは約1年前から勤務。別の飲食店の男性店主は、伊藤さんが初めて店に来た日のことを覚えていた。
「出勤する直前だと思います。“これからお仕事ですか?”と尋ねたら“はい”と、店を教えてくれました。明るくて感じのいい子でした。店長は細くてきれいな子。ひとりで食事中、何かを報告しに来た女の子に“×××やっておいてね”と指示するなど、若いのにしっかりしていました」

店の評判はいい。良心的な価格設定のため客層は幅広く、アットホームな雰囲気で楽しく飲めたという。
機嫌を直すとセクハラが始まる
山下容疑者は扱いに困る常連客だった。市内で働く別の常連客の40代男性が振り返る。
「仲よくなった伊藤さんとプライベートで食事をしたとき“イタい客がいて……”と、こぼしたんです。一方的に好意を抱かれ、ほかの客の相手をすると露骨に不機嫌な態度になるという。誰かは明かさず“大丈夫?”と尋ねると“うん、大丈夫。お客さんだし適当にいなしてるから”と答えていました。後で思えば、それが山下容疑者でした」
この男性は後日、店内で山下容疑者と出くわした。伊藤さんの気を引こうと、幼稚な振る舞いを繰り返していたという。
「グラスをガチャガチャと雑に扱ったり、自分のスマホを放り投げるなどして大きな音を立てるんです。居合わせた客は気になります。伊藤さんは放っておけなくなり“ちょっと行ってきますね”と中座して容疑者をなだめました。要するに、かまってほしいんでしょう」(同・男性客、以下同)
機嫌を直すと、セクハラが始まった。
「そういった店ではないのに、ちょっと触りすぎだと思いました。強引に手をつないでベタベタしたり、伊藤さんの頭に手を回して自分の身体に引き寄せたりするんです。完全にセクハラですが、伊藤さんはうまくあしらっていました」
その様子を見ていた男性は我慢できなくなり「そういうの、やめたほうがいいんじゃない」と注意したという。すると容疑者は「おう、おまえやるのか」と言い返してきた。
「私も腕に覚えがあり、“やってもいいけど、あなたのほうこそ大丈夫か”と確認したら、急に態度を変えて“いや、そんなつもりじゃなくて”とトーンダウンしました。見た目はいかつい小太りのおっさんですが、強く出ると引くんです。“みんなの気分を害するなら帰ったほうがいいよ”と言うと、帰っていきました」

別の目撃情報によると、山下容疑者は、伊藤さんが接客中の男性客に対して「なんでおまえのとこばっか行ってるんだ」と詰め寄っていたこともあるという。

山下容疑者宅は家賃3万円弱の単身者用アパート。ここでも周囲の目を引く存在だった。
ドアに退去予定のメモが貼ったまま
「夏場はタンクトップにハーフパンツ姿。外見で人を判断したくないけど、身体じゅうに入れ墨がびっしり入って汚らしかったです。ちょくちょく部屋から出て、タバコを吸っていました」(近所の女性)
喫煙中に誰かが通りかかると、部屋に引っ込んだり、車の陰に隠れた。キレやすい性格で怖がられてもいた。
「1か月くらい前の朝6時ごろ、同じアパートの男性住人と激しく口論していました。荒っぽい言葉遣いでした。夜明け前から言い争う声が聞こえていたので長い口論だったと思います」(近所の男性)
山下容疑者は、この部屋を退去する予定だったらしく、ドアには《6月20日午前10時、退去の立ち会いにうかがいましたが不在でした》と、業者のメモが貼り付けられたまま。
かつては運送業や塗装業に従事していたが、昨夏ごろから無職となり、辞めた会社には消費者金融の関係者とみられる電話が10件ほどあったとされる。
仕事や自宅を失う苦境に立たされ、あるいは自暴自棄になったのか。

「伊藤さんは事件の数日前から連絡が取れなくなり、山下容疑者に連れ回されていたおそれがあります。熱海市内の宿泊施設で第三者から“女性が助けを求めている”と警察に通報があり、警察官が駆けつけましたが、すでに姿はなかったといいます。伊藤さんが店長に“あいつ、うざいです”などとスマホでメッセージを送っていたのを何らかの手段で知り、激高して凶行に走った可能性があります」(前出・記者)
血痕が点々と残る店舗の前には、缶ビールやコーラが供えられていた。2人ともお酒が好きで、コーラは店長の好物だったという。