
'80年代アイドルを語るとき、豊作だった“花の'82年組”というけれど、'85年デビュー組も錚々たるメンバーがズラリ! デビューしてから40年。当時の思い出、今だから話せることなどを語ってもらいました。
21歳で脱・アイドル
アイドル歌手として16歳でデビュー以来“みっちょん”の愛称で親しまれてきた芳本美代子。“脱アイドル”の転機は意外に早かった。
「21歳のときに『阿国(OKUNI)』というミュージカルで初舞台を踏んだんです。それまでステージで歌うときは1人で戦っている気持ちだったのが、みんなで力を合わせてひとつの作品ができあがっていく世界があるということを知り、それがとても楽しくて、自分に合っていると思えたんですよね」
『阿国』での演技が評価され、芳本は第28回ゴールデン・アロー賞の演劇新人賞を受賞する。翌年にはシェイクスピアの『夏の夜の夢』でヒロインのハーミア役に抜擢。
「相手役が『阿国』でもご一緒したピーさん(池畑慎之介)だったので、また楽しい仕事が始まるぞっていうノリで稽古場に行ったら、渡辺いっけいさんや円城寺あやさん、小日向文世さんといった劇団出身の錚々たる先輩方に圧倒されたんです。
畑が違うというか、あまりに私が素人すぎて、最初はめちゃくちゃ落ち込みました。セリフの量も長さも半端なくて、会話のキャッチボールができないんですよ。毎日、家に帰ってからも1人で稽古を重ねて。
公演2日目には冒頭からセリフを忘れてアワアワしたこともありましたが、先輩方に助けられながら、セリフや演技は頭で覚えるだけでなく、目や、身体や、いろいろな感覚で自分のものにしてから表現することが大事なんだと教わりました。本当に自分が成長していくのを実感できた経験でしたね」
女優の仕事は順調に増えた。連続ドラマで元気な主役を好演し、2時間もののサスペンスでは非情な悪役もこなす。
「もう、いっぱい殺してますし、殺されて死体になったこともあります(笑)。ただ、犯人ばかりやっていると、私が出た途端にストーリーがバレちゃうんじゃないかなという葛藤を抱いた時期もありました」
そんな思いが舞台製作への興味につながっていく。所属事務所の後輩たちの面倒を見ながら、演出の助手も担うように。'09年、後輩たちが「劇団アクターズ・マップ」を結成すると、旗揚げ公演の『宇宙旅館』で芳本は演出家として新たな境地を開いた。
大阪芸術大学短期大学部教授に就任
「演出という仕事を通して、学ぶことがたくさんありました。それまで演じる側にいて、なんとなくわかった気になっていた演出家の言葉の意味や意図が、あらためて深く理解できるようになって、芝居全体を客観視する目が養われたように思います。おかげで台本を何度も書き直したり、目を酷使することが多くなって、40代前半で老眼鏡が手放せなくなりました(笑)」

自らの演技力を磨きながら、若手の育成にも力を注ぐひたむきな活動は、芸能界の外からも耳目を集める。'23年4月、芳本は大阪芸術大学短期大学部教授に就任。メディア・芸術学科の舞台芸術コースで「身体表現」の授業を受け持っている。
「先に大学で教えていた先輩の加納竜さんが、“やってみない?”という感じできっかけをつくってくれて。私が勉強してきたことが役に立つならチャレンジしてみようと」
40年前のアイドル時代を知らない学生たち。だが、「お父さんが大ファンでした!」と言われることもある。当時の映像をネットで見た教え子からは“みっちょん先生”と呼ばれるようにもなった、と芳本はうれしさを隠さない。
とはいえ、大学の授業は、劇団での演出とは勝手が違う。芝居は未経験の学生もいる。どうアプローチすれば、彼ら、彼女らの表現力を引き出せるか? ひたすら考え続ける日々だと苦悩を明かす。
「演出家の意図がわかれば、すぐに演技に結びつかなくても、自分で考えて表現できるようになっていく子もいるんです。だから、一人ひとりの技量や個性を見極めながら、伝える言葉を選ばないといけない。制作発表公演が近づくと週3日は大阪滞在です。授業が終わると疲れ切って抜け殻みたいになって、帰りの新幹線のホームにたどり着くとビールを開けます(笑)」
それは頑張った自分へのごほうび。芳本は、知る人ぞ知る“酒豪”である。'20年12月、51歳で開設したYouTubeチャンネル「みっちょんINポッシブル」では、演出なしの「今夜もはしご酒」企画など、“素顔のみっちょん”も配信している。
番組には多彩なゲストも招かれる。今年24歳になった一人娘の葵さんが応援に駆けつけることもあり、親子共演では“優しいママ”の姿も見せる。
「葵は一番近い同性で、“ママ”はこういう人、“みっちょん”はこういう人って、それぞれ理解してくれていると思います。で、みっちょんに対してはめちゃくちゃ厳しくて(笑)、的を射た批評をされたりすると、ちゃんと見ているんだなって思いますよね。
私が仕事に出ている間、娘の面倒を見てくれたのは私の母親でした。だから私も“ばぁば”になって、孫の世話をするのが楽しみなんですけれども、葵はマイペースなので、ばぁばになるのは当分先の話になりそうですね」
デビュー40周年のアニバーサリーライブでは、久しぶりに“歌手のみっちょん”としてステージに上がる。
「歌と振り付けの猛練習中ですけど(笑)、芝居をやるようになってから“自分の歌が変わった”って感じる瞬間が何度もあったんです。だから、今の自分がどんな世界を歌で表現できるのか─。ステージを見てくださるみなさんと一緒に、私自身も楽しみたいと思っています!」
取材・文/伴田 薫
『40th Anniversary LIVE!!! ID85』開催 '85年デビュー組の芳本、網浜、松本の3人が“あのころ”に戻ってステージに。10月9日、10日、東京の『座・高円寺2』にて。詳細はTEL:03-4500-0753(10時~19時)