
家事や仕事に介護など、いつも何かに追われ、つい「せかせか行動」になってない?「効率を求めて日常的に忙しなくしていると、神経が常に戦闘モードに。放っておくと心も身体も壊します」と、医師は警鐘を鳴らす。自律神経を休ませる「0.75倍速行動」を生活に取り入れるのが一番の近道だというが、その“手軽な整えワザ”とはいったいどんなもの?
“せかせか”行動が不調を招く
朝から晩まで、家事やパートに親の介護など、やることが盛りだくさんな週刊女性の読者世代。「少しでも早く効率よくこなさなきゃ!」と、落ち着かない毎日を送っている人も多いのでは?
「そうした“せかせか”行動が日常化している人は要注意。心身のさまざまな不調を招いてしまうからです」
と話すのは、内科医の工藤孝文先生。実はこの“せかせか行動”が、心臓の働きや呼吸、睡眠にいたるまで、全身のあらゆる機能をコントロールしている「自律神経」のバランスを崩してしまうのだそう。
「自律神経には交感神経と副交感神経があり、それぞれ別の役割が。交感神経は心身を活動的な『戦闘モード』にするのに対し、副交感神経は心身を休ませて『リラックスモード』にします。2つの自律神経がバランスよく働くことで健康を保っているのですが、せかせかした動きはその調整機能を崩し、交感神経優位の状態を引き起こすため、イライラ、頭痛、不眠などの不調をもたらすのです」(工藤先生、以下同)
せかせかした動きを工藤先生は「倍速行動」と表現する。いわゆるタイパを追い求める現代人の生活は倍速行動であふれており、常に自律神経が交感神経優位の戦闘モードに陥りやすいのだ。
「心と身体は、自律神経を介してリンクしています。気持ちの焦りやイライラが倍速行動を招き、それによって呼吸が浅くなったり、心拍数が上がったりして、身体が戦闘モードに。すると、また心が落ち着かない……という悪循環に陥り、慢性的な不調につながります」
では、自律神経の乱れから来る不調に陥らないようにするにはどうすればいいのか。その方法はいたって簡単。
0.75倍速行動で自律神経のバランスが整いやすくなる
「倍速行動の逆、日常の行動スピードを意識的にゆっくりにすることです」
ゆっくりの目安は「0.75倍速」。基本の1倍速よりやや遅く、ゆっくりめ。けれど、0.5倍速のようなスローモーションほどではない、程よいスピードのこと。
「つい忙しなく行いがちな、毎朝のメイクや料理の下ごしらえ、入浴など。家族とのちょっとした会話やSNSを含めたコミュニケーションも、ひと呼吸つきながら何かに追われることなく行うイメージです。こうした0.75倍速行動を取り入れることで、だんだんと自律神経のバランスが整いやすくなります」

例えば休日にのんびり散歩をすると、いつもと同じ景色にもかかわらず、今まで意識していなかったお店が目に入ったり、公園の植物を見て季節の移り変わりを感じたりするもの。行動スピードを落とすと新たな気づきも得やすくなる。
「タイパを意識して倍速行動ばかりしていると、人生が味気ないものになっていきます。ゆっくりした行動に切り替えれば、新たな発見の毎日となり、健やかで心豊かな生活が送れるのです」
工藤先生が推奨する0.75倍速行動のひとつは動画視聴。近年、SNSやドラマの動画を1.5倍速や2倍速で視聴する人が増加中だが、そこには思わぬ落とし穴が。
「最新の研究によれば、同じ動画を見た場合でも、通常再生時より倍速再生時のほうが交感神経の働きを過剰にして、自律神経のバランスを崩すことがわかっています。ドラマなどの映像は倍速にせず、ストレッチやヨガといった動画は、ややスローな再生速度でゆったり見るのがおすすめです」
スローテンポの音楽を聴くことも、自律神経のバランスを整えるのに効果的。
「運動会の定番曲『天国と地獄』という曲を聴くと、テキパキと動かなければいけないような気持ちになりませんか? 反対に落ち着いたクラシックを聴くと、ゆったりした気分になる人が多いはず。このように音楽のテンポは心身に影響を与えることがわかっており、速いテンポの曲は交感神経を優位にし、遅いテンポの曲は副交感神経を優位にする傾向があります」
身体を動かすことや、呼吸を意識的にコントロールすることも重要なポイントに。
「自律神経を整えるには、身体からのアプローチも大切です。例えば、ストレッチやラジオ体操を行ったり、駅や買い物に出かけたりしたときに、あえて階段を使うのもいいでしょう。また、鼻から息を吸って口から吐き出す腹式呼吸をすることでも、自律神経は整います」
心身をアクティブに動かす交感神経が優位になるまでの時間はわずか0.2秒程度。対して、心身を休ませる副交感神経が優位になるには約5分もかかるという。
「人間の身体の仕組み上からも、戦闘モードの交感神経が優位になりやすい。ですから、副交感神経優位くらいがちょうどよく、その状態に導く0.75倍速行動が有効といえるのです」
日常に生活に「0.75倍速」を取り入れる方法
一方、加齢によるホルモンバランスの変化も、自律神経の乱れに結びつく。
「特に更年期以降の女性はホルモンバランスの変化が激しく、連動して自律神経も乱れやすくなります。倍速行動のイライラを強く感じ、更年期症状と相まって精神的にも肉体的にも追い込まれやすい」
倍速行動にはイライラなどの症状だけでなく、集中力が低下して判断ミスや物忘れなどの症状が現れる「脳疲労」をもたらす危険性がある。
「というのも、自律神経をコントロールしているのは脳。倍速行動が続くと、その調整を担っている脳にまで負担がかかり、うっかりミスや物忘れなど脳の疲れが現れやすくなるからです。脳疲労が進むと、生活習慣病やうつ病のリスクも高まります」
大敵の倍速行動。のんびりを意識した生活を今日から始めてほしい。
「あえてタイパの悪い行動をすることで自律神経のバランスが整い、心身の不調に悩まされずにすむ。一見ムダだと思う行為に価値があるともいえます。不眠や頭痛など原因不明の体調不良が続いている人は、0.75倍速行動を実践してみてくださいね」
日常に「0.75倍速」を取り入れて心も身体もゆったり整え
1・スロー再生でストレッチ動画を見て身体を動かす

YouTubeなどでストレッチやヨガの動画を、1倍速よりややスローな0.75倍速に設定し、のんびり身体を動かす。呼吸が自然とスローペースになることで心身を休める副交感神経が優位に働き、心も身体もリフレッシュ。
2・のんびり遅めの音楽を聴いて散歩する
遅いテンポの曲を聴くと自然と副交感神経が優位になるため、のんびり散歩と組み合わせて実践。「私は『スタジオジブリの歌 オルゴール』を散歩中などに聴いて、心身をリラックスさせています」(工藤先生)
3・「4・7・8」呼吸法で自律神経をリセット

緊張ぎみのときや倍速行動をとっているときは、無意識に呼吸も速くなりがち。なので、意識的にゆったりと時間をかけて行う、腹式呼吸をするのがいい。工藤先生のおすすめは「4・7・8呼吸法」。4秒鼻から息を吸った後に、7秒止め、8秒かけて口から息を吐き切るのを4サイクル繰り返すことで、心身の緊張をやわらげる。
取材・文/百瀬康司
工藤孝文先生 そのだ内科 糖尿病・甲状腺クリニック副院長。専門は糖尿病、自律神経、心身の不調、漢方医療など多岐にわたる。著書・監修書は100冊以上。近著に『0.75倍速健康法』(フォレスト出版)。