
終戦から80年の節目を迎える今年。戦争体験者の高齢化に伴い、悲惨な戦争の記憶を次世代に語り継ぐ「語り部」の減少が課題だ。厚生労働省の調査では、昨年の時点で戦争体験者の平均年齢は85歳を超えた。なかでも、広島・長崎での被爆者の平均年齢は今年3月末の時点で86・13歳となり、合計人数は初めて10万人を下回った。薄れゆく記憶のバトンを受け継ごうと、今夏は戦争を描いた映画の公開も相次いでいる。
終戦記念日を前に、週刊女性では過去の公開作品を対象に「後世に伝えたい日本の戦争映画」についてアンケートを実施した。30代~60代の500人が選んだ結果を、映画ライターのよしひろまさみちさんの解説でお届けする。
戦争体験者によるリアリティーのある作品
第10位は、主人公の山本五十六を小林桂樹が演じた『連合艦隊』(1981年)。
「戦艦大和が撃沈された当日の、日本海軍の考え方がよくわかる作品だった」(兵庫県・64歳・男性)など、60代を中心に票を集めた。
「この作品が製作された当時は、現役世代にまだ戦争体験者が多くいました。映画の作り手のなかにも戦争を体験した人々がいた時代なので、リアリティーがあるんです」(よしひろさん、以下同)
実際に、監督を務めた松林宗恵氏は元海軍士官。脚本の須崎勝弥氏は大学時代に学徒出陣、海軍飛行予備学生でもあった。
「だからこそ、戦争を俯瞰して描いていることがよくわかります。後世に残る、貴重な作品のひとつです」

第9位は、沖縄の女学校、通称“ひめゆり学園”の教員を沢口靖子が演じた『ひめゆりの塔』(1995年)。沖縄戦で、日本軍の看護要員として動員された女子学徒隊の悲劇を描いた映画で、実話がもとになっている。
「悲惨な運命にあった少女たちのことを忘れたくない」(神奈川県・63歳・女性)と、主に女性読者からの声が寄せられた。
「個人的には、栗原小巻さんが主演された1953年バージョンが印象深かったですね。戦後80年がたち、ひめゆり学徒隊の話を知らない世代が増えてきたことに危機感を抱いています。若い人たちにこそ見てほしい作品です」
第8位は、戦時下の広島県呉市を舞台にしたアニメ『この世界の片隅に』(2016年)。全国400館以上で上映され、日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞など、数々の賞を受賞。3年以上にわたりロングラン上映され、国内では最長記録に。世界60か国以上で上映されたことも話題となった。
「普通の生活が、戦争によって一変してしまう恐ろしさ、悲しさを訴えている」(広島県・65歳・男性)
「わかりやすいので子どもにも理解できると思う」(大阪府・45歳・女性)などの声が寄せられた。
「私の母も広島県出身で、原爆投下のときは5歳でした。生家のある県内の山奥から、遠く離れた広島市の空にのぼったピンク色のきのこ雲を見たそうです。そんな話を聞いて育ったのでこの映画にも思い入れがありますが、作品の舞台が被爆地から離れた呉市であることが、大きなポイントだと思います」
被爆者ではなくあえて市井の人々にクローズアップすることで、戦争に翻弄されていく日常生活の様子がよりリアルに感じられる作品だ。
「戦争映画では、軍人以外の人たちの苦しみ、悲しみはなかなか描かれない。そういう意味でも、この作品が持つ役割は大きいと思います」

第6位は同数で2作品がランクイン。まずは、シベリア強制収容所に抑留された実在の日本軍捕虜を二宮和也が演じた『ラーゲリより愛を込めて』(2022年)。
「ニノの演技がうまかった」(福岡県・47歳・女性)など、同作品でブルーリボン賞主演男優賞を受賞した二宮の演技に注目する意見が目立った。
「原作と異なり、感動のラストシーンでまとめてしまった部分が少し気になりました。ただ、戦争を振り返るうえでシベリア抑留の出来事は見過ごされがち。抑留者の高齢化が進むなか、出来事の風化を防ぐ役割も果たしている作品だと思いますね」
もうひとつの6位は、日本が降伏を決めた1945年8月15日の24時間を描いた『日本のいちばん長い日』(2015年)。
ポツダム宣言を受諾しようとする政府、終戦に反対する陸軍の若手将校たちの狭間で揺れる陸軍大臣の阿南惟幾を役所広司が演じた。
「戦争終結を阻止しようと画策していた“旧軍人”の狡猾さを伝える作品」(大阪府・61歳・男性)
「太平洋戦争の総決算的映画」(静岡県・60歳・男性)と、主に男性からの支持が高い。
「映画やドラマで天皇陛下を描くことはタブーとされてきましたが、果敢に挑んだ点には、製作側の覚悟を感じます。個人的には、山村聰さんや笠智衆さん出演の1967年版も見ていただきたい。ドキュメンタリー映画の『東京裁判』も併せて見ると、歴史への理解がより深まります」
戦犯となる悲劇の市民を描いた

第5位は、C級戦犯として死刑を言い渡された元兵士を中居正広が演じた『私は貝になりたい』(2008年)。1958年にフランキー堺さん主演で最初にテレビドラマが放送され、これまでドラマ、映画で3回リメイクされている。
「戦争の理不尽さがよく伝わる。見ているのもつらかった」(兵庫県・64歳・女性)
「庶民が責任を取らされる悲劇に、戦争の愚かさと悲しさを感じた」(三重県・69歳・男性)などの声が寄せられた。
「大ヒットした『半沢直樹』シリーズや『VIVANT』を手がけ、いまやTBSの大演出家となった福澤克雄さんが監督を務めた作品。2時間ドラマっぽい作りではあるけれど、当時のSMAPでいちばんの演技派である中居さんの好演が光る作品でした」
よしひろさんオススメの、フランキー堺さん主演の映画版(1959年)は現在、動画配信サービスでも視聴可能。ぜひ見比べてみてほしい。
第4位は、日本でもっとも多く読まれた戦争漫画を原作としたアニメ映画『はだしのゲン』(1983年)。漫画家の中沢啓治さんが、広島での被爆体験をもとに執筆を始め、1972年から『別冊少年ジャンプ』(集英社)で連載開始。広島市在住の小学生のゲンが、原爆で父やきょうだいを亡くしながらも母と懸命に生きる姿を描いた物語だ。
「子どものころに見たが、いまだに記憶に残る」(大阪府・58歳・女性)
「一部の人間の私利私欲のため、人々が戦争に巻き込まれていく恐ろしさを描いている。また同じような社会状況になりつつある今、もう一度多くの人に見てほしい」(東京都・64歳・女性)と、子どものころに漫画や映画を見た世代から票が集まった。
「ここ数年、この映画や漫画を排除しようという動きがありますがとんでもないこと。今こそ見てほしい作品です」
長年にわたり、『はだしのゲン』の単行本は全国の学校図書館に置かれ、平和教材としても使用されてきた。だが、2023年には広島市の教育委員会が平和教育副教材から同作を削除。過激な描写が含まれる、反日思想につながりかねないなどの懸念から、多くの学校や自治体の図書館からも姿を消しつつある。
「戦争をやりたい人たち、自衛隊を軍隊にしたいような人たちにとって、戦争の恐ろしさを包み隠さず描いたこの作品は脅威なのです。排除の動きは、その裏返しでしょう。実はこの映画にはパート2もあります。どちらもお子さんと一緒に見てほしいです」

第3位は、いまや日本保守党党首でもある百田尚樹氏の小説を原作とした『永遠の0』(2013年)。第38回日本アカデミー賞では、最優秀作品賞を受賞。主演の岡田准一も最優秀主演男優賞を受賞した。
「特攻隊員を身近に感じられた」(大阪府・66歳・女性)
「三浦春馬の好演が記憶に残る」(千葉県・58歳・男性)などの声が寄せられた。
「申し訳ないけど、私には受け入れがたい作品。映画に罪はないし、むしろキャスティングも映像表現も素晴らしいんだけど、特攻隊員を美化している点に違和感しかない。本来なら、命令した上官が自分で行くべきでしょ」
この作品に票を入れた読者の中にも「映画はいいけど特攻はNG」(沖縄県・58歳・男性)という意見が。
「特攻隊で若い人の命を奪うなんてもってのほか。そもそも戦争は、わかりやすい仮想敵をつくるところから生まれています。今の社会にも通じる部分がありますし、この作品が3位にランクインしたのはちょっと怖いですね」

第2位は、日本、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドの合作で、大島渚監督がメガホンをとった『戦場のメリークリスマス』(1983年)。
「ビートたけし、デビッド・ボウイの名演技が記憶に残る」(埼玉県・52歳・女性)
「坂本龍一さん作曲のテーマソングが印象的だった」(東京都・52歳・男性)など、多くの票を得た。
「戦争の悲惨さを直接表現するのではなく、表に出てこない部分を描いた映画だと思います。捕虜へのひどい扱いや人種差別など、この作品ならではのテーマに注目しながら見ていただきたいですね」
1位は戦災孤児を描いたアニメ映画

圧倒的な第1位は、スタジオジブリ製作のアニメ映画『火垂るの墓』(1988年)。直木賞を受賞した野坂昭如氏の小説をもとに、高畑勲監督が演出。空襲で親を亡くした14歳の兄と4歳の妹が、ふたりきりで精いっぱい生きる様子が胸に迫る。
「子どもも一緒に鑑賞できる」(神奈川県・52歳・女性)
「戦時下では誰もが非情にならざるをえない現実がよくわかる」(新潟県・69歳・男性)など、幅広い層から支持が集まった。
「空襲体験のある高畑監督が、製作に心血を注ぐあまり公開に間に合わず……というハプニングもあった作品。昨年から190か国以上の国と地域でNetflixの独占配信が始まりましたが、日本では今年も終戦記念日にテレビで放送されます。
公開から40年近くたってもまったく古さを感じさせない絵柄であることも素晴らしい。今後もずっと受け継いでいくべき作品です」
戦後80年の今年、新たな戦争映画も続々と封切りされている。よしひろさんのおすすめは『長崎―閃光の影で―』。日本赤十字社の看護師らの手記をもとに、原爆投下後の長崎の悲劇を描いた物語で、長崎出身の松本准平監督自身も被爆3世である。
「被爆者のケアにあたった看護学生の立場で描かれており、これまでにない視点で引き込まれました。広島の陰に隠れがちな長崎の被害を、多くの方に知ってほしいです」
広島、長崎の原爆の日と、終戦記念日を迎える8月。家族や大切な人と一緒に、映画を通じて戦争を考える日を設けてみてはいかがだろう。
