広陵の堀正和校長(右)と高野連の宝馨会長(左)

 高校野球の名門校といわれる広島県の広陵高校が、試合で負けることなく、甲子園を去った。

高校野球に蔓延る“暴力体質”

「発端となったのは、今年1月に起きた暴力問題がSNSで拡散されたことです。野球部の1年生部員が、寮内で禁止されているというカップラーメンを食べたことを咎められて、複数の2年生部員から暴力行為を受けていました。

 そのことで3月には、野球部は日本高校野球連盟(高野連)から厳重注意を受けていました」(スポーツ紙記者、以下同)

 8月5日に甲子園が開幕すると、SNSでは広陵高校の野球部の監督やコーチからも1年生部員に対する暴力的な行為があったという新情報が拡散する。

「この騒動に便乗して、広陵高校では野球部の寮が爆破予告をされるという事件まで発生しました。甲子園での1回戦は勝ちましたが、事態を重く見た広陵高校は、8月10日に途中辞退を発表しました」

 高校野球の不祥事といえば、2005年に高知県の明徳義塾高校が甲子園への出場決定後、部員の暴力行為や喫煙などが発覚。大会直前に出場を辞退した。

 2013年には大阪府のPL学園で、複数人の2年生部員が1人明徳義塾高校の部員に対して集団で殴る蹴るなどの暴行問題が発生。その後、6か月間の対外試合の禁止処分を受けた。

 なぜ野球部の不祥事がなくならないのか。スポーツライターの小林信也氏に聞くと、

「一番の問題は、野球部に暴力的な体質があるということ。これは広陵高校に限らず“甲子園に出る”という大きな目標のために、いまだに暴力的で支配的な構造があるからです。なぜ、このような構造があるかというと、厳しい指導を受けたチームのほうが甲子園に出場できる確率が圧倒的に高いという動かせない事実があるからです」

 この根深い構造にメスを入れることができなかったのは、当事者たちだけでなく、メディアの責任もあるという。

「世間を含め、甲子園で勝てば称賛されて美化されるという構造が100年以上も続いています。なぜ今回のような暴力問題に目を向けてこなかったかというと、甲子園の主催である朝日新聞社と、大会を中継する放送権を持つNHKが、高校野球の課題を“封殺”してきたからです。

 この2社は、よほど何かの機会がなければ高校野球が抱える多くの課題を報道しません。メディアが高校野球を美化するという“メディアスクラム”が成立しているのです」(小林氏)

求められる体制変化

 今回、暴行の被害に遭った1年生部員は、別の学校に転校することに。なぜ被害者が転校せざるを得ないのか。日本大学文理学部で教育行政学、教育財政学を専門にしている末冨芳教授に聞くと、

「日本の場合、いじめによって転校をしたり、いじめの後遺症による不登校で教育支援センターに行くのは被害者です。それは加害者側への強制措置や罰則が“いじめ防止対策推進法”などの法律で明確化されていないからです」

集団暴行事件が取り沙汰されている広陵高校野球部(公式サイトより)

 末冨教授は、日本の法制度の不備を指摘する。

「イギリスの場合だと、深刻ないじめや隠蔽事案が発生した場合、政府から改善勧告が出されて、大々的に報道もされます。学校が実際に改善に取り組んだのかの確認も政府が行っています。

 今回の件に置き換えると、広陵高校を監督する権限を持つ広島県が、改善勧告や改善状況の確認をしなければならないということ。こうした手続きがまったく不明確なのが、いじめ防止対策推進法なのです」

 広陵高校の責任も指摘する。

「一義的な責任は、いじめを隠蔽した広陵高校にあります。今後は、高野連にどのように事実関係を報告していたのか、高野連がいじめを重大事態だと認識できなかった経緯の解明が重要です」(末冨教授、以下同)

 私立校の場合、生徒がいじめや暴力の被害に遭っても外部に申し立てをする窓口がないことが多いという。

「これを機に、高野連は相談窓口を設けるべきです。被害相談や調査を行って対応する“子どものための権利擁護機関”を少なくとも都道府県の単位で設けることが必要だと考えます」

 前出の小林氏は「高校野球という長い歴史の中で、高野連が“独裁的”な権限を持っている時代が長すぎる」といった指摘もする。

 そうした高野連の仕組みも変えるべきだと、末冨教授は唱える。

「高野連の側もルール改正が必要です。いじめを隠蔽した場合には学校ごと出場停止、いじめや不祥事の早期報告の場合は加害者の出場停止といったルールを公表して運用することで、かなりの防止ができるはずです。高野連が、高校野球における暴力根絶の宣言を示す必要があります」

SNSでしか声をあげる手段がない

 今回SNSの告発投稿では、部員の保護者が実名を公表して、被害を訴えた。それが拡散されて、問題が明るみに出たものの、被害者家族に対する誹謗中傷のコメントも散見された。

 SNSによる誹謗中傷は、どんな罪になるのか。ITジャーナリストの井上トシユキ氏に聞くと、

「SNSなどのインターネットによる誹謗中傷でも、名誉毀損や侮辱罪といった刑事責任を問われる可能性があります。誹謗中傷した投稿者を特定することを“発信者情報開示請求”といい、現在は手続きの時間が短縮されて、手続きの方法自体も簡単になるなど進歩しています」

阪神甲子園球

 前出の末冨教授は、今回の騒動で浮き彫りになった問題点を力説する。

「被害者がSNSでしか声をあげる手段がなかった。広陵高校のいじめ事案に際し、高野連や広島県に相談できる、しかるべき窓口がなかったので、告発をする方法がSNSでの実名投稿しかないというところまで追い詰められていた。

 これは、わが国のいじめ防止対策推進法や“こども基本法”という法制における深刻な不備です。被害者が声をあげる方法がSNSしかなかったという点に注目をしてほしいです」

 SNSの炎上であぶり出された今回の暴力問題。適切な調査の先に高校野球における不祥事の根絶はあるのか。