西岡徳馬(撮影/近藤陽介)

「映像も舞台も、方法論というか表現の仕方が違うだけで、役者の持っている根本のところは変わらない。その役をどう演じるかという気持ちは同じなんです」

 舞台、映画、テレビドラマと、その活躍の場を選ばずにさまざまな役を演じてきた西岡徳馬。文学座に入ってから今年で55年。役者という職業に対する思い、80歳を間近にして自身の“これから”を語ってもらった。

お客さんはどこを見ててもいい

「北斎は人生で93回も引っ越ししたけど、僕も20回くらい引っ越ししてます。娘と女房がここ、お化けが出るからイヤって(笑)」(撮影/近藤陽介)

 数々の舞台でいろいろな役を演じてきた西岡だが、役者として映像の世界との違いはあるのか、と聞いた答えが冒頭の言葉。その方法論ということについて、こう続ける。

「例えば2人で話しているシーン、映像だとカメラが映している部分だけを視聴者は見るわけです。僕の横顔だったり、僕の背中から相手が語りかけている顔を撮影したりという画像ですよね。でも舞台だと、お客さんはどこを見ててもいいわけです。

 僕だけをずっと見続ける人もいるだろうし、相手役のファンなら、僕じゃなくずっとその人を見るでしょ(笑)。観客が1000人いれば、全員が監督になって舞台を切り取って見ることができる。役者からすると、どう見られているかわからない、という面白さは舞台にはありますね」

 昨年は、ディズニーが資本のドラマ『SHOGUN 将軍』に戸田広松役で出演。日本のドラマ撮影とはまったく違う手法に驚いたという。

日米の撮影方法の違いに驚いた

「時間とお金があるから、ワンシーンの撮影を何回もするんです。“OK! グレイト! ワンモア!!”って(笑)。今、OKって言ったじゃん、ファンタスティック!って、と思うんだけど、それが何回も続くんです。真田(広之)に、こんな感じなの?って聞いたら“そうです。だから最初から飛ばさないほうがいいですよ”って」

 また、メイクを含めたカツラをつける手法も、

「普段着から衣装の着物に着替えて、メイクのトレーラーに行くと、理髪店の椅子みたいなのがあって頭にネットをかぶせてくれるおばちゃんがいて。かぶせてもらったら違うトレーラーに移動してメイクをして、また違うトレーラーへ移動して顔に傷の特殊メイクをして、また移動してカツラつけて……。顔を作るだけでトレーラー4台に分かれているんです。すごいなぁと思いましたよ」

 印象的だったのが、西岡の撮影初日。

「大雨が降っていて、撮影キャンセルだな、と思っていたんですよ。そうしたら、メイクしてくれと言われて。こんなに降っているのに雨待ちするのか、と思いつつもメイクしてスタンバイしていたら、土砂降りの雨の中で撮影するんです。“雨はCGで消すから大丈夫”って(笑)。雨の中で撮影したら、カツラが二度と使えなくなってしまうし、日本ではあり得ない。あれには驚きました」

 日米の撮影現場の違いに戸惑いつつも、新たな世界を経験した西岡。10月には舞台で新作の『新 画狂人北斎』で主演。葛飾北斎を演じる。

「'23年にも『画狂人北斎』で北斎を演じさせていただきましたが、今回はほぼほぼ新作。北斎という人物は、文献などを読んだんですけど、偏屈な人だったみたいです。90歳ちょっとで亡くなるんですけど、人生で93回も引っ越ししているし、相当な変わり者だったのかなと。

 でもね、彼の残した言葉で《足りねぇ足りねぇ、七十になっても、まだ足りねぇ。八十になって漸く、モノの中身が少しだけ見えるようになったが、未だ足りねぇ》というのがあって。この言葉はすごく自分にも響くんですよ」

 西岡もあと2年で《モノの中身が少しだけ見えるように》なる年齢。

「北斎も年齢で見えているものが変わって、画風も変わるように、僕の芸風だって毎日変わっているものなんです。今、僕がどうやって生きていて、思想的に何を感じているか─。そういうことが反映されていくから。僕も役者として《足りねぇ》という言葉をダブらせています」

年齢を感じさせないその理由とは?

 もうすぐ79歳。今までと変わらず、精力的に活動していて、自身の“老い”などは感じないのだろうか?

「いやいや(笑)、もちろん感じていますよ。でもね、あまり年については考えないようにしているんです。150歳くらいまで生きるんだから、まだまだ半分だ、って(笑)。まだ若造だよ、と思っているんです。ただ、ゴルフには3日連続で行けなくなったし、舞台の休演日にはラウンドしていたけど、最近はちょっとやめておこうかな、と思ったりはしますね」

 そんな体力を維持するために、特別な身体のメンテナンス方法は、と聞いてみると……、

「特に何もしていません。50代後半から、60代くらいまではジムに通っていたけど、もう会員権も手放してしまったし。娘から“あそこのマッサージが良かった”なんて聞いたら、じゃあ行ってみようかな、というくらい。

 たぶん“まあ、いいか”という感じで生きているから若く見られるのかもしれませんね(笑)。あまり深く考えないというか、何に対してもきまじめに生きていると、病気になってしまう気がしてね。この前、パーキンソン病について医師の先生に話を聞いていたら“気楽に楽しいことを考えることが一番いい”と。だから、能天気で生きていこうと思ったんです(笑)」

 しかし、こと芝居となると真逆になるという。

芝居に対してのこだわりは強い

「例えばセリフで、語尾に“~よ”をつけるかつけないかにこだわったりね。どちらでもいいですよ、とこだわらない人もいるけど、僕はそういう部分を突き詰めたくなる。普段は大雑把なんだけど、芝居に対してのこだわりは強いんです」

 それは自分自身だけでなく、共演者の演技に対しても我慢できなくなる。

「稽古場で若い子に“あのシーンはこうやったほうがいいんじゃないか?”って言っちゃうんだよね。(演出家の)蜷川(幸雄)さんには“おまえ、ちょっと廊下であいつの稽古してやれ”なんて言われて、結果として“よくなったじゃない”って褒められたことも。僕、教えるのがうまいのかな、なんてね(笑)」

 人の芝居を見るのも好き、と話しつつ、

「何でもそうだけど、人のことってよくわかるんですよ。将棋でも、指している本人は自分の考えに入り込んでいるから、これしかないと思う手を指すけど、引いて見ている周りからすると“この手もあるじゃん”となるじゃないですか。

 僕もね、昔ある女優に“あなたほどわがままな人はいない”と言われたことがあるんです。え、そうなの? 僕はわがままになりたいと思っていたからうれしい、と返したら“わがままじゃないと思っていたの?”とあきれられて(笑)。ほかの人にも聞いたら、みんな僕のことをわがままだって言うの。そのとき思いましたよ。“自分のことが一番わからないんだな”って」

 そんな“わがまま”な彼に、これからやりたい役は? の質問を投げてみた。

「“この役をやりませんか”と、オファーをいただいて、これ僕じゃないよな、と思うこともあります。でも、若いころは、これはできないよ、なんて断った役も、相手が僕にやらせたいと思っているならやってみようかな、と思うようになりました。あなたのイメージを倍ぐらいにしてお返ししましょう、みたいな感じ。

 結局、自分のことは自分が一番わからないんだから(笑)。こんなことを僕にやらせたい人がいるんだ、ということを自分で面白がってね。こんな役をやりたい、というより来るものは拒まず、ですね」

 人生、まだ半分と豪快に笑う西岡。想像もしない役を演じる姿を、ぜひ見せ続けてほしい。

『新 画狂人北斎』

『新画狂人北斎』

絵に魂を捧げ、生涯探究し続けた絵師・葛飾北斎を西岡が熱演。10月17日より東京・紀伊國屋ホールを皮切りに、全国で公演。詳細は、公式HP

取材・文/蒔田 稔 撮影/近藤陽介