2025年8月24日、送検時に顔を隠すように歩く谷本将志容疑者/共同通信

3年前の逮捕時に取材したときは“かわいそうな男だな”と思いました。職場では女性の話すらしないピュアな男と評判でしたし、面識のない女性をストーキングし、首を絞めた後で切々と愛を告白するなんて聞いたことのない犯行態様でしたから。更生できるのではと思っていたんですが、殺人におよぶとは……」

 今回の被害者は、神戸市中央区のオートロック式マンションに住む会社員・片山恵さん(24)。彼女の退勤を待って、職場から50分以上も尾行した後、マンション内で刺殺した東京都新宿区の会社員・谷本将志容疑者(35)について、3年前の事件を取材したジャーナリストはそう話す。

犯行後に“いかに好きか”を約1時間かけて愛の告白

 8月20日の夜、オートロックを開錠した片山さんの後に続いてマンション内に侵入し、エレベーター内で羽交い締めにしたほか、胸などを複数回刺して失血死させたとみられる。犯行後はタクシーと新幹線を乗り継いで帰京し、東京都奥多摩町で身柄を確保された。

 片山さんについて「まったく知らない人」と話し、犯行2日前の朝に路上で見かけて「好みのタイプだと思って後をつけた」と供述しているという。勤務先付近を再三うろつくなどして片山さんが出てくるのを待ったり、出勤をチェックする様子を周辺の防犯カメラが捉えていた。

「谷本容疑者は、まじめな仕事ぶりとコミュニケーション力などが勤務先で評価されていました。8月17日から21日に夏季休暇を取得し、約1か月前から新幹線や神戸市内のホテルを予約して、夏休み初日に神戸入り。その日からホテル周辺を徘徊して複数の女性の後をつけていました。

 事件発覚後、警察に連絡してきた20代女性もそのひとり。オートロック式マンションで女性に続いて玄関を“すり抜ける”手口で、この女性は不審に思ってやりすごし、難を逃れています。3年前の事件もオートロックのすり抜けでした」

 と在阪の大手紙社会部記者。

 2022年5月、神戸市中央区の女性(当時23)をマンション内で待ち伏せ。女性が自室のドアを開けると強引に押し入り、首を絞めてケガを負わせた。谷本容疑者は当時、神戸市内の建設会社の社員寮に住んでおり、女性に目をつけてから約4か月にわたってつけ回していた。前出のジャーナリストが振り返る。

「犯行後、被害女性に対して“いかに好きか”と約1時間にわたって愛の告白をしていました。身体を触るなどのわいせつな行為は確認されていません。去り際に“警察には通報しないでね”と言い残し、翌日、女性に謝ろうと現場周辺にいたところを警戒中の警察官に見つかり、職務質問されて逮捕に至ったのです。女性は親族を通じて警察に通報していました」

2025年8月27日、谷本将志容疑者が勤務していた会社の社員寮が家宅捜索された/共同通信

 谷本容疑者は高校を中退後、現場作業員として10年以上勤務。職場では孤立していた。

少しの髪の乱れも気にするナルシスト

「会社の同僚によると、流行りの服を着て、長髪を後ろで束ねるなど髪形をコロコロ変えていました。大阪市生まれで、ずっと関西在住なのに標準語で話していたそうです。同僚たちはよく連れ立ってキャバクラなど女性が接待する店に酒を飲みに行ったらしいのですが、谷本容疑者は行かない。一流百貨店で接客する女性や清楚なお嬢さまなど上品そうな女性に関心を持ち、そうした女性と付き合うにふさわしい男と自認しているようだったといいます。

 その一方、女性経験はまったくなくてピュアなはずだと。プライドが高く、少しの髪の乱れも気にするようなナルシストだったとも」(同・ジャーナリスト、以下同)

 仕事はできた。しかし、同僚の欠点ばかりが目につくようで、陰でネチネチと悪口を言ったり、いつまでもグチるなど粘着質だった。

「知人の話では、両親は離婚して、父親に引き取られたそう。母親は再婚したのか“自分は捨てられた”というニュアンスで、母親に対する不信感をにじませることがあったそうです。きちんとした家庭を持ちたいという気持ちは人一倍あったといいます。

 3年前の事件の少し前、父親が認知症で施設に入り、母方の祖母も認知症を患い、介護を理由に会社を頻繁に休むようになっていました」

 この知人によると、本来は気が弱く、人に手を上げる姿など見たことがないという。

 その一方、知人らも知らなかったとみられる逮捕歴があった。2020年、神戸市中央区で別の20代女性につきまとって県迷惑防止条例違反で逮捕され、ストーカー規制法違反で罰金の略式命令を受けていた。被害者は、やはり面識のない女性だった。

神戸地裁は2022年の事件について「思考の歪みは顕著で再犯が強く危惧される」と懲役2年6か月の有罪判決としながら、被害者のケガは軽く、反省の態度がみられることなどから執行猶予5年とした。保護観察はつけられず、執行猶予中の犯行となった。

2025年8月20日、片山恵さんが血を流して倒れていた神戸市中央区のマンション付近/共同通信

 好みのタイプとはいえ、素性も知らない女性に執着できるものか。首を絞めてから告白するのも異様すぎる。思考の歪みとは何なのか。

“今度はうまくやろう”とレベルアップしたつもり

 犯罪者心理に詳しい新潟青陵大学大学院の碓井真史教授は「心理学では“認知の歪み”と言います」としたうえで次のように話す。

「ストーカーにはさまざまなケースがあります。元恋人や元夫が復縁を迫ってしつこく追いかけたりしますが、街中でたまたま見かけて好意を持ち、名前も知らないのに執着することもあり得ます。認知の歪みがあると、嫌われるような行動でも“相手もそれを待っているはず”などと自分に都合よく考えてしまうのです。女性に危害を加えるのは、このタイプが多い。女性を思いどおりにしたいという支配欲が強いのです」

 コミュニケーション力を評価されていたというから、普通に声をかければよかったのではないか。

「そうしなかったのは、いくつかの可能性が考えられます。経歴や条件を書き込むようなマッチングアプリには自信がなかったのかもしれません。あるいはストーキング自体を楽しんでいた可能性もあります。被害者の勤務先周辺を何日もうろついて出退勤を見るなど、まるでゲームを楽しんでいるかのようです」(碓井教授、以下同)

 5年前はつきまとうだけだったのに、3年前は首を絞める暴行に至り、今回は刃物で刺すまでエスカレートした。

「刃物で脅せばおとなしく話を聞いてくれるのではないか、と考えた可能性はあるでしょう。過去の失敗を踏まえてゲーム感覚で“今度はうまくやろう”とレベルアップしたつもりだったのかもしれません。これは罰金や実刑判決では治りません。治療する必要があったと思います」

 夏休みをフル活用した身勝手で残忍な犯行。2022年の事件で実刑判決だったとしても刑期満了しているほか、保護観察がついていたとしても犯行を防げた保証はない。再犯防止に向けた治療やカウンセリングを受けていれば……と考えずにはいられない。