WBC2023で日本中を熱狂させた大谷翔平

 2026年3月に開催される野球の国際大会『第6回ワールド・ベースボール・クラシック(以下WBC)』放映権をめぐる騒動が各方面に影響を及ぼしている。

 ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平投手を擁する日本代表「侍ジャパン」が優勝した2023年大会を含む、今までの全5大会を地上波でテレビ放送していたのだが、日本国内における独占放映権をアメリカ大手動画配信会社『ネットフリックス』が獲得。

 現在のところ、WBCを動画視聴する際のプランは発表されていないが、おそらくは同社のスタンダードプラン「月額890円」(2025年9月5日時点)と同等の価格帯が予想される。これまで無料視聴できたWBCが有料視聴になるのだ。

 前回大会の日本対アメリカの決勝戦の視聴率は46%と、国内で5000万人以上が視聴したことになるWBC。仮に同等数の新規契約を取り付ければビジネスとして大成功するネットフリックスだが、開催までにまだまだ波乱は起きそうだ。

 大谷がブランドアンバサダーを務める、人材サービスサイト『バイトル』などを運営する、東京ラウンドでもメインスポンサーを務める『ディップ』は、7月2日に公式Xで異例となる「懸念表明」コメントを発表。

【今回の放送形態では多くの人々のWBCを気軽に楽しむ機会が奪われてしまうのではないかと危惧しています。より多くの人々に感動を届けるため、今回のような国民的なスポーツイベントは広くあまねく視聴出来る環境を準備するべきだと考えます。】

地上波なしに12球団「非常に残念」

 普段は野球観戦をしないライト層を巻き込み、日本中が侍ジャパン、大谷フィーバーに沸いた2023年のWBC。根底には、テレビで当然のように「無料」視聴できた環境がある。ディップ社は有料のストリーミング配信によって、限られた視聴者しかイベント参加できない“狭まれた”環境を危惧する。

 またWBCに選手を派遣する立場にある、東北楽天ゴールデンイーグルス・井上智治球団取締役も、NPB実行委員会で「12球団共通で非常に残念」と代弁し、「一番いいのはテレビの地上波ですが、駄目なら何らかの形でネットの無料配信をしてほしい」とネットフリックスへの要望を明かした。

WBC優勝の際の日本代表の記念写真(大谷翔平のインスタグラムより)

「このまま視聴方法が改善されない場合、最悪の事態になりかねない」と懸念を抱くのは、在京球団を中心に取材するスポーツライター。

「最悪の事態とは、大谷翔平らMLBでプレーする日本人選手、そして12球団の代表クラスの選手による出場辞退、ボイコットです。そもそも大事なシーズン開幕前に開催される大会だけにコンディション調整が難しく、怪我をすれば長期間にわたる離脱も考えられる。

 それでも選手らが一所懸命にプレーするのは、多くのファンが現地での応援に駆けつけ、また視聴率が物語るようにテレビで応援してくれる環境があるから。特に野球をプレーする、また始めてみたい子どもたちに夢を与えることがモチベーションになっているのです」

 2023年11月、全国約2万校の小学校に約6万個のグローブを寄贈した大谷。「野球しようぜ!」とのメッセージを受けて、またWBCの選手に憧れて実際に野球を始めた子どもたちも多いことだろう。

野球の人気を高め、新たなファンを開拓

「そもそもWBC当初の開催理念は、“世界各国で野球の人気を高め、新たな市場やファンを開拓すること”だったはず。本場のアメリカでも減少傾向にある野球人口ですが、WBCI(主催のワールド・ベースボール・クラシック・インク)は“日本はもう開拓の必要はない”とでも思っているのでしょうか。

 アメリカではこれまで通りのテレビ放送の見込みで、片や日本ではネットフリックスに売り渡したあたり、大谷人気に便乗した“集金”にしか見えませんね」(前出・ライター、以下同)

 そんな各方面で不満を募らせるWBCの独占放映だが、渦中のネットフリックス共同CEO(最高経営責任者)のグレッグ・ピーターズ氏が放映権の獲得について口を開いた。

WBC2026を独占生配信するネットフリックス、日本戦の“無料配信”はあるのか(公式Xより)

 9月4日に配信された日経新聞『Nikkei Asia』において、英語によるインタビュー取材に応じたのだ。

【Netflix共同CEOは、ストリーミング配信を日本プロ野球との契約との“未来”と喚起する】

 そんな見出しがついた同記事内で、ピーターズ氏は同社がWBC独占放映権の獲得に動いた理由についても明かしている。

【Netflixは(WBCの)ストリーミング配信を通じて、若い世代に野球をもっと身近に感じてもらうことを目指している】

WBC成功で変わるプロ野球の“未来”

 ネットフリックスの国内利用者層は20代がメインで、続いて多いのが30代。また10代においても、ネットフリックスをはじめとするサブスクリプションモデルの動画配信型サービス、つまり“サブスク”利用経験者は77%(マイナビティーンズラボ調べ)に上り、彼らにとって身近なサービスになっている。

 つまり“テレビを見ない”世代、“野球離れが起きている”世代をメインターゲットとしたマーケティング戦略であり、彼らに野球を楽しんでもらうためにWBCを独占放映するわけだ。確かに「野球の人気を高め、新たな市場やファンを開拓する」の大義名分に通じる部分はある。

「国内のJリーグやFIFAクラブワールドカップなどの世界的大会をはじめ、サッカーのストリーミング配信をする『DAZN』をモデルとし、ネットフリックスもスポーツ分野で、国内では人気が高い野球をサブスクとしてビジネスにしたい思惑がある。

 それこそ今のところは地上波、『J SPORTS オンデマンド』などで視聴できるプロ野球ですが、いずれはNPB(日本野球機構)をも取り込んでストリーミング配信にする“未来”を見据えているのかもしれません。今度のWBCは野球をビジネスにできるかどうか、絶好の“テスト”と位置付けているのでは?」

 何もせず、いつものように放送に漕ぎ着けると思い込んでいたテレビ局、NPBにも問題はありそうだ。