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 9月15日は敬老の日。超高齢化社会は加速し続けているが、日本の介護システムに比べ、世界各国ではどのような対策が行われているのか。識者に聞いてみました!

日本の介護制度はとても優れている

 団塊世代のすべてが75歳以上の後期高齢者となり、団塊ジュニア世代は50歳を超える2025年。介護問題はさらに深刻化していくことが予想される。

 日本の介護保険制度は、1997年に法律ができると2000年から施行された。原則として、費用の1割(所得によっては2割または3割)を利用者が自己負担し、残りは介護保険から給付。

 ただし、給付には限度額があり、その限度額を超えてサービスを利用した場合、超過分は自己負担となる。介護保険制度によって受けられるサービスは、大きく分けて3つの種類がある。

 訪問介護などの「居宅介護サービス(在宅サービス)」、特別養護老人ホーム(特養)などの「施設サービス」、認知症の人が共同生活を送るグループホームなどの「地域密着型サービス」─多様な選択肢があることは、日本の長所といえるだろう。

介護が必要になったら誰でも受けられるという意味では、日本の介護制度はとても優れています

 そう語るのは、淑徳大学総合福祉学部教授の結城康博さんだ。

アメリカにはこうした制度がないため、民間のサービスを利用するしかなく、介護にかかる費用もかさみます。しかし、日本は自己負担額1割でサービスを受けることができる」(結城さん)

 このような制度は世界でも数えるほどしかないという。

ドイツも、日本同様に優れた介護保険制度があります。ドイツの場合、給付上限額までは自己負担はありませんから、日本以上ともいえる。また、家族などが介護をする場合は、現金を給付するサービスもあります」(結城さん)

 オランダは収入に応じた定額負担、フランスは所得に比例して0~90%と自己負担割合が大きく変動するなど、各国で自己負担額の設計こそ違いはあるが、介護保険制度は存在する。しかし、「日本のようにバラエティーに富んだサービスを提供する国はない」と、結城さんは話す。

 実際、イギリスで暮らす、元国連専門機関職員で海外居住・就業経験も豊富な「May_
Roma(めいろま)」こと谷本真由美さんは、イギリスを例に日本の介護制度が優れていることを強調する。

イギリスの場合、支援が必要かどうかを判断するのは、『ケア・クオリティ・コミッション』という委員会で、彼らは“資産額”などから支援の可否を判断します。つまり、日本の介護保険制度のような、要介護度に応じた客観的な認定があるわけではなく、あくまで主観的な経済的状況に左右される。それに比べて日本の制度は、とても公平です」(谷本さん)

 その一方で、イギリスでは支援団体による精神的なサポートや交流の場の提供が、日本よりも断然多いという。

他国の人材で介護問題をカバーするのは現実的ではない

「おそらく、キリスト教の“友愛”の精神が根づいているからでしょう。介護する家族が抱えるメンタル面をケアしたり、必要なアドバイスを提供する民間の支援団体が数多く存在し、資金も寄付金などによって集められています。

 例えば、認知症の方(とその家族)が集うカフェでは同じ境遇の人たちが情報共有したり、大手の映画館が認知症の方を優先する映画上映会を実施したり、認知症であっても楽しめるような工夫や配慮が施されたイベントが定期的に多数開催されています」(谷本さん)

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 オープンに語り合える場があることで、イギリスでは認知症=ネガティブとはあまり捉えられていないそうだ。確かに、日本では認知症を含めた介護へのイメージに対して、過度に悲観する傾向があるかもしれない。

 では、アジアはどうだろう? 上海出身の中国語講師であるAさんに話を聞くと、中国ならではの介護事情が広がっていた。

国に貢献した人─公務員や共産党員で立場がある人は、最後まで国が面倒を見てくれます。私の両親は共産党員だったため、医療費から住居費まですべて国が払ってくれました」(Aさん)

 また、介護保険制度についても、2016年から北京、上海、青島といった15都市を皮切りに、試行段階を経て開始されている。働いている人は、介護保険料に相当する支払いが生じるという。

「日本でいうデイサービスのような介護保険サービスを提供する施設も増えています。ただ、中国の方針では高齢者の7割ほどは、自宅で老後を過ごすことが望ましいとされています。昔の人は特にそうですが、中国人の感覚では、親を老人ホームに入居させるのはいいことだと思えないんです。

 そのため、住み込みで働くお手伝いさんを雇うなど、家で介護をするという人が少なくありません」(Aさん)

 実は、こうした形で在宅介護をヘルプするケースは珍しくない。前出の結城さんが説明する。

「ドイツでは現金給付があると先述しましたが、そのお金でハウスキーパーを雇っているケースが多い。主に、東欧圏や北アフリカ圏の人材です。決して賃金がいいというわけではありませんが、彼らにとっては自国の通貨よりユーロのほうが強く、よい出稼ぎ先になる。

 しかし、日本ではこのようなことは起きないでしょう。他国と地続きでつながっていないことに加え、円が弱すぎるため、働き先として選ばれなくなっている。他国の人材で介護問題をカバーするというのは、現実的ではない」(結城さん)

 現在、日本の介護業界は、深刻な人手不足に直面している。2025年には約32万人もの介護職員が不足するとも予測されている。先の上海出身のAさんは、こんなことを漏らす。

介護を産業化すれば介護職員の給料も上がる

中国では、介護サービスは増えているけど、介護をする人の能力が十分ではない。かつては介護士の資格が存在しましたが、廃止され、今も基準が曖昧なんです。その点、日本は介護士の資格が明確だし、お風呂の入れ方一つとっても本当に丁寧だと思う。中国からすれば、すごくうらやましい(笑)

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 日本の介護制度による給付金は、開始された2000年度の約3.6兆円から、2016年度には約10兆円に達し、年々、介護保険料も上昇し続けている。

 しかし、介護職員の給与水準は、他業種と比較して低い傾向にある。「せっかく優れた制度をつくったのに、このままでは活用できなくなる」。そう結城さんは警鐘を鳴らす。

「G7全体にいえることですが、どの国も介護職員の給与水準は高くない。しかし、安い労働力によって、何とか維持できています。一方、日本はそうならないわけですから、日本独自の構造をつくっていかないといけない。

 日本は、いまだに年間6兆円もの公共事業費を投じている。メンテナンスの公共事業だけにして、新しいインフラを造らなければ年間3兆円ほどになる。浮いた3兆円を介護業界に投じて、介護を産業化し、内需を拡大できれば、介護職員の給料も上がります」(結城さん)

 介護は、もはやインフラである。道路を造るよりも、人道をつくったほうが建設的だ。

ロボットやICT(情報通信技術)で解決できるのではないかという声もありますが、あくまでサポートに過ぎません。例えば、“眠りスキャン”という技術は、高齢者が寝ているか寝ていないかの判別ができるため、徘徊していることがわかる。

 しかし、徘徊している高齢者を捜しに行くのは、最終的に人間です。介護の現場は、人材なしでは成立しないのです」

 特別養護老人ホームの入所待機者は、依然として全国で25万人を超える。希望しても入所できない「介護難民」は増え続けている。日本は世界に誇る介護制度を有しているが、このまま何かしらの対策をしないと崩壊は免れないだろう。

取材・文/我妻弘崇

結城康博 淑徳大学総合福祉学部教授。著書に『介護格差』『日本の介護システム 政策決定過程と現場ニーズの分析』(共に岩波書店)などがある。

谷本真由美 1975年、神奈川県生まれ。元国連職員。著書に『世界のニュースを日本人は何も知らない』シリーズ(ワニブックス【PLUS】新書)など著書多数。