朝ドラ『あんぱん』より 写真提供/NHK

NHK連続テレビ小説『あんぱん』は、ついに最終週に─。『アンパンマン』の生みの親、やなせたかしと暢夫妻がモデルとなった物語は、どんな結末を迎えるのだろうか。脚本を手がけた中園ミホさんに、これまでの裏話やラストまでの見どころを聞いた。

『あんぱん』で今田美桜演じるヒロイン・のぶは、元気でハツラツとした女性だが、後半では「私は何者にもなれなかった」と吐露する印象的な場面がある。

「やなせさんの奥さんである暢さんも、かなりキャラクターが変わっているんです。子どものころはハチキン(男勝りの女性という意味の高知の言葉)と呼ばれていたし、高知新聞のころは、広告費を払わない店主にバッグを投げつけたり、逆プロポーズしたり、『私が食べさせてあげる』と宣言したり、強い女性を感じさせるエピソードばかりです。高知新聞で女性初の新聞記者になったのも、政治家にスカウトされて上京したのも本当です。でも、どれも数年で辞めてしまっています。調べてみると、当時はほとんどの企業で、女性社員は25歳が定年だったと知りました。そうなると、女性が30歳過ぎて働くのはかなり居心地が悪かっただろうと想像がつきます」(中園さん、以下同)

 朝ドラでは異例の「何者にもなれなかった」ヒロインになったが、中園さんは最初からそう描こうと決めていたという。

「のぶは、私そのもの」との共感の声

「執筆中、高校の同窓会に出席したときに、元気のよかった同級生が、『世の中から忘れられたような、置き去りにされたような気持ちになるけど、みんな頑張ろうね』といった発言をしたんです。ひょっとしたら、中年以降の暢さんもこういう気持ちだったんじゃないかな、と思いました」

 中園さんのもとには、「のぶは、私そのもの」という共感の声が多く届き、NHKにも反響があったという。

「実際の暢さんが見たら全然違う、って言われてしまうかもしれませんが、私なりののぶ像を描きました」

朝ドラ『あんぱん』より 写真提供/NHK

 演じた今田美桜についても聞いてみた。

本当に素晴らしい座長でした。朝ドラのヒロインは、ものすごい量のセリフを覚えなくてはならなくて、きっと楽屋で休みたいはずなのに、スタッフやキャストが待機している前室にずっといました。気持ちも身体もすごくタフで、気分が優れない様子なんて見たこともありませんでした。陰では悩んだり泣いたりしたこともあったと聞きましたが、そんなのは一切見せず、みんなを気遣っていました」

 特に戦時中のシーンでは、苦しい表情も見せていた。

完全にヒール役というか、嫌われ者ですよね。豪ちゃんの戦死は立派なことだと言うわけですから。当時は当たり前でも、あの精神を現代の若い人が何週間も持ち続けるのは苦しかったと思います。河合優実さん演じる蘭子の涙はもちろん素晴らしかったけれど、あのシーンの今田さんは本当に頑張ったと思う。もう勲章あげたいくらいです!

母親の演技が光った松嶋菜々子

 そして、最も印象的なキャラの一人が、松嶋菜々子演じる嵩(北村匠海)の母・登美子だ。

「私、『やまとなでしこ』のときに、松嶋さんに身もふたもないひどいセリフを言わせたんです。『借金まみれのハンサム男と裕福な豚男、どっちが女を幸せにしてくれると思いますか』とか。それをあんなにかわいらしく上品に演じてくださった。松嶋さんには絶大な信頼があります。今回も、よい母親でいようと取り繕わない女性の役をお引き受けくださいました」

 息子の嵩が出征するシーンで、登美子は「生きて帰ってらっしゃい」と人目をはばからずに言い放ち、視聴者の涙を誘った。

「『ひどいお母さんだと思っていたけど、やっぱりお母さんですね』と、あそこで皆さん許してくれたようでした。ただ、戦後になるとまた、就職に口を出したり、百貨店を辞めるときはブチギレたり、漫画家になるなら御殿を建てろと言ってみたり。だけど、母親って誰でも、息子には安定した仕事についてほしいはずだし、自分の息子が医者になってくれたら、誇らしいはず。そういう母親のエゴを言わせてみたら、『正直でいい』と、大人気に。やっぱりみんなそう思ってるんじゃない!って。でも、これも松嶋さんあってのことですね」

朝ドラ『あんぱん』より 写真提供/NHK

 実は中園さん、スタッフに「こんな母親は見たくないのでは?」と心配された時期もあったそう。

「私も、もう少しよいお母さんにしようかなんて思ったのですが、演出家の方を通して松嶋さんに確認してもらったら、『私にはお気遣いなく。この路線でいってください』というふうに言ってくださったので、そのままでいきました」

出番終了後にに召集された津田健次郎

 SNSなどでは、嵩の養母である千代子への応援の声も聞かれた。

「戸田菜穂さんの演技が素晴らしかったですね。あの時代に子どもがいないというのは大変なことだったと思うんです。だから、自分を責めていただろうなと思い、そういうシーンを書いたのですが、ラブシーンになりました。長年の夫婦の間にも情愛というものはあると思うし、夫役は竹野内豊さんですから、美しく素敵に演じてくれました」

 前半のヒーローは、確かに竹野内さん演じる寛伯父さんだった。

寛伯父さんが亡くなったときには、私自身、寛ロスになってしまいました。寛のセリフには、やなせさんの詩の言葉をできるだけたくさんちりばめています。子どものときに伯父さんから受けた愛情とか言葉とか、そういうものがたぶん、作家・やなせたかしをつくり上げていったものだと思うので」

 嵩の子ども時代といえば、ヤムおんちゃんも外すことはできない。

「ヤムさんは妖精なんです。もう最後のほうは100歳近くになってるはずですが、阿部サダヲさん自身がちょっと年齢不詳ですし。ヤムさんを書くのはテンション上がりましたね」

『アンパンマン』誕生を巡る場面では、津田健次郎さんが演じる東海林編集長の再登場も話題になった。

「のぶの面接シーンを画面でチェックしていたら、のぶの話を聞く津田さんの目がみるみる潤んでいくんです。セリフはないのに、すごく気持ちが入っているのが伝わりました。それで、アンパンマンがあの形になるときに、東海林編集長の力を借りることに。本当のところはわからないのですが、何か大きなことが起きないと顔があんぱんにはならないぞ、と思ったので」

 一度クランクアップした津田さんを招聘したという。

朝ドラ『あんぱん』より 写真提供/NHK

クランクアップで号泣したのは

 さて、視聴者がいちばん気になるのは、蘭子と八木(妻夫木聡)の結末かもしれない。

結婚するとかパートナーとして生きていくとか、いろんな案が出ました。けっこうな年なので『もういいんじゃないですか?』と言うスタッフもいたのですが、中年でも恋はするよという話もして。なので、2人にある変化が訪れます。濃厚というか、とても2人らしい、深い関わりがありますから期待してください

 もちろん、のぶと嵩の物語も続いていく。

「やなせさんは69歳でブレイクします。そこから超売れっ子になるので、そこは見届けてほしいですね。それから、登美子と羽多子のおもしろい関係もぜひ楽しみにしてほしいですね。江口のりこさんがノリノリで演じてくださっています」

 クランクアップを迎えた日には、中園さん自身も立ち会ったという。

主演の今田さん、北村さんはもちろん感極まっていましたが、いちばん号泣していたのは、メイコ役の原菜乃華さん。鼻が真っ赤になるくらい泣いていて、大丈夫かしらと、こちらが心配になってしまうほどでした(笑)

 視聴者の目にも涙があふれる日が近い─。

中園ミホ 脚本家。日本大学芸術学部卒業後、'88年に脚本家としてデビュー。2007年に『ハケンの品格』が放送文化基金賞と橋田賞を、2013年には『はつ恋』『Doctor-X外科医・大門未知子』で向田邦子賞と橋田賞を受賞。
中園ミホ 脚本家。日本大学芸術学部卒業後、'88年に脚本家としてデビュー。2007年に『ハケンの品格』が放送文化基金賞と橋田賞を、2013年には『はつ恋』『Doctor-X 外科医・大門未知子』で向田邦子賞と橋田賞を受賞。

取材・文/尾崎真佐子