
「終活を進める本人が、その内容を周囲に全く相談せず、自身の判断だけで進めてしまったり、度を越した物の整理を行ってしまったり、あるいは、後々家族間で争いの火種となるような遺言書を作成してしまったり。その結果、遺された人たちに負担や混乱を引き起こしてしまうことはよくあり、これを“ブラック終活”と呼んでいます」
“迷惑をかけない”が落とし穴

そう話すのは葬儀業界に長年身を置く、尾上正幸さん。
「自分の人生の締めくくりなのだから、自分の好きなように決めたい」
「家族には迷惑をかけたくない」
このような、自身の人生に対する自立した考えや周囲への配慮が、なぜ残念な結果につながってしまうのだろうか。
大きな要因として挙げられるのが、「家族との情報共有の不足」。本人がどんなに周到な準備をしたとしても、その内容を家族が全く知らなければ、いざという時に家族は何から手をつけて良いのかわからず、途方に暮れてしまう。
「本人の独りよがりな判断も問題になります。長年培ってきた自身の価値観や生活スタイルを大切にすることは素晴らしいこと。でもそれが時に、家族の気持ちや現実的な状況を顧みない結果につながってしまうのです。例えば、家族にとって大切な思い出の品まで本人の判断だけですべて処分してしまうなどです」(尾上さん、以下同)
遺された人の、亡くなった人への感情は想像以上にさまざまなものがある、と尾上さん。
「担当したお客様のケースです。自分の死後、遺体を大学などに提供する献体を勝手に決めてしまった男性の例がありました。ご本人は最後、世の中のために何かしたいという思いで手続きされたようですが、ご家族としては複雑な思いがあったようで、生前になぜひとこと言ってくれなかったのか、と悔いを残した葬儀となってしまいました」
そこで尾上さんが提案するのが「終活宣言」。お正月や家族旅行など一同が集まる機会に「そろそろ終活を始める」と宣言することで、家族全体が未来について話しやすい雰囲気をつくることができる。
しかしいきなり“私の終活についてなんだけど……”と切り出すのは、家族も身構えてしまうかもしれない。“最近、友人から終活の話を聞いてね”、“雑誌で終活の特集をやっていたから、少し考えてみようかと思って”など軽い話題から始めてみよう。そして自身の希望を一方的に伝えるだけでなく、家族が何を望んでいるのか、何を心配しているのかをリサーチする姿勢も大切。「希望はこうだけど、どう思う?」と確認することで周囲が安心して自身の意見や気持ちを話せるだろう。
「もしエンディングノートを作成している場合はその存在と保管場所、誰が見るべきかを伝えておきましょう。これらの情報をわかりやすい形で整理して周囲に伝えておくことが、もしもの時の家族の負担を大きく減らすことになります」
周囲に相談しないで陥る“罠”
尾上さんが指摘するのが「終活詐欺」の存在だ。終活への関心の高まりを悪用し、シニア世代から財産をだまし取ろうとする悪質な業者がいるという。
「“貴重な財産を安全に管理サポートします”、“不要になった物を高額で買い取ります”などいかにも親身になっている風を装い甘い言葉で近づいてくる業者には、注意が必要。安易に個人情報を提供したり、契約書の内容をよく確認せずにサインしたり、その場で即決したりすることは絶対に避けるべきです」
少しでも疑問に思ったり、不安を感じたりした場合はいったんその場を離れ、周囲や地域の消費者センターなどに相談しよう。
「不安そうな表情でひとり行動をしているシニアは業者にとって“カモ”。金銭トラブルに巻き込まれないためにも普段から家族や友人など、周りとのコミュニケーションが大切なのです」
終活しないという選択肢も
そもそも終活とは残りの人生を充実させるための活動だ。
「あの人はどうしているだろう、など会いたい人に会い、行きたかった場所を訪れる。好きなものの写真を撮ったり、その写真を誰かと共有する。周囲を巻き込みながら楽しく進めていきたいものです」
終活を大きな宿題ではなく、小さな安心の積み重ねとして取り組むことをおすすめするという。
「もし死を意識しすぎて精神的に不安になったり、あれをやらねばこれをやらねばと負担になってしまうようであれば、終活をあえて“しない”選択肢があることもお忘れなく。心がぐっと軽くなるかもしれません」
ブラック終活に陥らないためのポイント
自分らしい最後を探求し、終活の本来の目的を常に意識する
ひとりだけで進めず、終活を家族や周囲と共有する
断捨離のしすぎに注意。財産や物を処分しすぎない
信頼できる機関のサポートを活用する
ひとりで進めないで!業者が斡旋したブラック終活事例
事例1. 顧客情報を収集する終活セミナー
神奈川県下の某市で、過去に高齢者を集めてエンディングノートの書き方を教えるセミナーが開催された。
「参加者がノートを書き終えると主催者がノートを回収し、『家族には私があなたの希望を伝えるから、何かあったら私に連絡するよう言ってください』と指導しました。本来ならエンディングノートは自分で管理して、数年単位で書き換えていくもの。セミナー主催者がノートを管理するなど、これは明らかに業者が顧客獲得を目的としたものです」
事例2. すすめられるままに投資
相談者の不安を煽りつつも、実は業者の都合のよいように話を進める。それがブラック終活業者の特徴だ。それによって、財産を失ってしまうような話も。
「『損をしますよ』『やらないと後悔しますよ』という言葉に煽られ、自分の葬儀を高額で生前契約してしまったり、自身の葬儀や墓を用意するために資金を増やそうと、ファイナンシャル・プランナーのすすめるままに投資を始めて、老後資金を失ってしまうケースもありました」
教えてくれたのは尾上正幸さん

株式会社ニチリョク取締役。葬儀業界で30年以上の経験を持ち、個人葬から企業葬、著名人の葬儀まで多様な案件に携わりながら、葬送儀礼の変化に向き合い、遺族や関係者の心理的サポートにも継続して取り組んでいる。書籍『きっと大切な人と話したくなる わたしと家族の人生行路 令和7年版』(ラーニングス)
<取材・文/諸橋久美子>