有吉弘行
 世の中には「ヤバい女=ヤバ女(ヤバジョ)」だけでなく、「ヤバい男=ヤバ男(ヤバダン)」も存在する。問題は「よいヤバさ」か「悪いヤバさ」か。この連載では、芸能人や有名人の言動を鋭くぶった斬るライターの仁科友里さんが、さまざまなタイプの「ヤバ男」を分析していきます。

第46回 有吉弘行

 お笑いタレントの有吉弘行さんが9月21日放送のJFM系ラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』で、「がっかりした飲食店」の話を披露しました。

芸能人だと態度を変える店員にがっかり

 そのお店はプライベートでも通うほど好きな行きつけのお店で、今回は奥さまとお子さんを連れていったと言います。開店時間を調べて行ったそうですが、ネットの情報が間違っていたようで、早めについてしまい、「何時からですか?」とお店の人に直接聞いたところ、「ああん?」と感じ悪い態度をとられたといいます。オープンの17時になるまで時間をつぶし、再度お店に行ってみたものの、ようやくお店が開いたのが17時5分。「お待たせしました」などの言葉はなかったといいます。

 店内では、有吉さんがトングを倒してしまったら、「おい! それ、倒さないで!」と注意され、有吉さんの奥さんも接客のありえなさに引いていたそう。お店の人とのやりとりも含めた楽しい食事をあきらめた有吉さんはさっさと食べて帰ろうと思ったそうですが、店員さんが有吉さんに気づき、「あれ? 失礼しました! 有吉さん? すいません、すいません、なんか」と態度を豹変させて、急にペコペコしてきたそうです。

 人気芸能人には愛想よく接客するけれども、一般の人にはぞんざいな態度で接する姿勢に、有吉さんはがっかり。お店には有吉さんの写真とサインが貼ってあるそうですが、「低姿勢で帰ってきたけど、ひとこと言ってやればよかった、写真とサイン燃やしてくれって。たぶん二度と行かないと思う。本当に外してほしい、写真とサイン」と結んでいました。

 有吉さんは『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日系)のMCですが、同番組を見ていると、有吉さんが飲食店や商品を悪く言わないことに気づきます。テレビはより多くの人に見てもらいたいわけですから、老若男女、どの層にも嫌悪感を抱かせず、かつスポンサーにも迷惑をかけないという“ソツのなさ”が求められます。有吉さんが冗談で「マズい」と言ったら、「本当にマズいんだ」と思い込んでしまう視聴者がいないとも限りませんから、気を遣っているのでしょう。

 一方、テレビと違って、ラジオ番組というのは有吉さんのファンが集う空間と言えます。テレビでは話せないようなディープな毒舌ネタを楽しむのもラジオの醍醐味でしょう。がっかりした飲食店の話もその一つではないでしょうか。もっとも、お店を責めるような口調では決してなく、「こういうことがあった」と淡々と語っていましたから、いつもの楽しいおしゃべりの一環として、ファンを楽しませたことでしょう。

 でも、思うのです。有吉さん、この話をしたら、何が起きるのか考えなかったのでしょうか。テレビ番組やラジオでの発言はネットニュースになり、それにSNSが反応することは、今や当たり前となっています。話題になること自体はプラスだと思いますが、ネット民の厄介なところは、悪者を見つけて罰しないと気が済まない人がいるということ。有吉さんは気をつけてお店が特定されないように話をしたと思いますが、ささいな情報からお店を探し当てようとする人が出てくるはずです(実際、ネットではこの店ではないかと具体的な店名をあげている人はいます)。

有吉とビートたけしには共通点がある

 有吉さんが「もう行かない」といったお店そのものが特定されるのもよろしくないですし(お店の接客が気に入らないのは有吉さんの問題なので、他人が制裁を加える権利はありません)、無関係なお店が「あそこではないか」と決めつけられて被害を受けるのはもっとよろしくない。有吉さんは「お店の二番手の人が接客してくれた」と言っていましたから、そうなると間違った正義感の持ち主は有吉さんの敵とったると、個人攻撃をしてしまうかもしれません。お店が経営的な打撃を受ける可能性だってあります。

 もしこういうことが起きたとしても、もちろん、それは有吉さんのせいではありません。けれど、自分の発言がもとでこういうトラブルが起きうるかもしれないと予測しなかったのでしょうか。今の有吉さんならお店をつぶすことは不可能ではないのです。

 有吉さんは飲食店での特別扱いが嫌なタイプだそうです。芸人の大先輩・ビートたけしさんは『バカ論』(新潮社)で、「おいらには昔から癖のようなものがあって、それは、どんな店に飯を食いに行っても偉そうにできないこと」と書いています。お店の人に特別扱いをしてほしくない有吉さんと、お店の人に威張りたくないビートたけしさんは「人気芸能人だからといって偉そうにしない」という共通点があると言えます。

ビートたけし

 でも、違う点もあります。たけしさんがお店に来ると、お店側はサービスとして高級なお料理や高いワインを出してくるそう。たいていはおいしいけれど、ときには「そうでもない」と思うこともあると言います。しかし、口には出さず、「ダメだったり気に入らなければ、二度と行かなければいいだけのこと」とそっと離れると明かしています。

 お店側はたけしさんに常連になってほしいでしょうから、こういうふうにしてほしいと改善を求めればかなりの確率で聞き入れてもらえるはず。しかし、たけしさんがそれをしない理由は「客商売をやっているところに行って、ケチつけたりするのが大嫌いなの。それはメシ屋でもソープでもどこでも同じ」と説明しています。これは、その店を嫌うのは自分の自由だけれど、だからといってその店を否定しない、ビジネスを邪魔したくないというたけしさんの“思いやり”だと思います。

 お金を払う相手のことも尊重するというのは、たけしさんの師匠、深見千三郎さんに叩きこまれたそうです。深見さんは食事代とは別に、板前さんに祝儀を渡すことを欠かさなかったそうですが、「店を出てからご祝儀を渡すこと」と教わったそう。なぜなら、お店の中で渡せば、板前さんたちは気を使って挨拶に来なければいけないから。みんなが見ているところで、板前さんに「ありがとうございます」と頭を下げられたら、悪い気はしないでしょう。

 しかし、板前さんの立場になってみると、仕事を中断して、人前で頭を下げなくてはいけないわけですから、そのあたりを配慮したのでしょう。資本主義社会ではお金を払う側がどうしても立場は強くなりがちですが、「立場が強いからといって、相手への思いやりを欠くようなことはしない」というのが深見さんの教えで、それをたけしさんは守り続けているのかもしれません。

たけしにあって有吉にないもの

 弱い立場の人を責めない、追い込まないことを思いやりとするのなら、たけしさんと比べて有吉さんは思いやりが足りない気がするのです。不愉快な目にあわされたんだから当然だと思う人もいるかもしれませんが「やられたら、やり返す」に終わりはありません。ご家族もいるわけですから、恨みを買うような行為は避けたほうがいいのではないでしょうか。

 有吉さんは9月6日放送の『有吉の夏休み2025 密着77時間in Hawaii』(フジテレビ系)において、事務所の後輩でもある野呂佳代さんへの体型いじりがハラスメントではないかと話題になりました。テレビ局がコンプライアンスを強化し、視聴者の意識も変わっていますから、毒舌というジャンルの芸人さんには難しい時代と言えるでしょう。

結婚したことを報告する野呂佳代(本人のインスタグラムより)

 でも、こんなとき、やはりヒントになると思われるのが、たけしさんなのです。みなさんご存じのとおり、たけしさんは映画監督として、世界的に高い評価を得ています。バイオレンス色の強い作品『HANA-BI』でベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞したたけしさんですが、『私は世界で嫌われる』(新潮文庫)内において、映画作りの哲学を“振り子理論”という言葉で説明しています。次回作は『HANA-BI』とは打って変わって、バイオレンスの影がまったくない、マザーテレサのようなキャラクターが出てくる愛をテーマにしたものを作りたいと展望を語っていたたけしさん。

 なぜ作風をがらっと変えるかというと、同じものを作っていると飽きてしまうことと、清らかな愛を描いたあとに再度暴力的な作品を撮ればもっともっと過激なものが作れるから。ギャップや振れ幅が大きいことで、暴力や純愛がそれぞれ引き立て合い、より魅力的に感じられる効果を“振り子理論”と名付けたわけです。

 有吉さんも同じことではないでしょうか。有吉さんが女性の見た目いじりを「これは芸だ、これが面白いんだ」という信念を持って続けるなら、それはそれでかまわないと思います。ただし、反対側に振り子がふれること、つまり、いい人エピソードも必要となります。振り子が左右に触れる、つまり、時代に逆行するような毒舌も吐くけれど、それと同じくらい、いい人であることを印象付けられると「毒舌だけど、いい人」になるわけで、いい人エピソードがないまま毒舌を続けるなら、有吉さんは視聴者に「意地悪な成功者」とみなされて、そっぽをむかれてしまうのではないでしょうか。

『徒然草』の作者、吉田兼好は「少しのことにも、先達はあらまほしきことなり」と書いていますが、先の見えない時代、毒舌芸人さんたちが頼りにすべきは、たけしさん一択なのかもしれません。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」